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魅了の魔法が解けたので。  作者: 遠野
嘲弄編

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25 しあわせは何でできている?(1)

「この時期、あの子はもろもろの行事の関係でめっっっちゃくちゃ忙しくて、城下をぶらぶらしてる暇なんて絶対にないもん。ちょっとくらい平気平気!」

「でもまあ……もしそんなに心配なら、風君も王都に来たら?」



 ヴィルが王都へ行くという話を聞いた時、こちらがどれほど肝が潰れる思いをしたのかも知らず、あっけらかんとそう言われた時は正直、軽く殺意が湧いた。


 だが、よくよく考えてみれば王太子にもっとも近い存在であった彼女の方が、俺よりも『王族』や『王太子』という立場の重さを知り尽くしているわけで。

 多少抜けたところがあるとはいえ、ヴィルの中で『平気』と思えるだけの根拠があるのであれば、そちらがきっと正しいはず。


 本当に、本当に忌々しいことに血筋だけは悪くないが、貴族の責務なんて無関係の人生を歩んできた俺がヴィルにとやかく言うのは、お門違いというものなんだろうと思い直した。


 心配なら王都に来たらいい、という言葉も、冷静に考えてみれば確かにその通りだった。

 へらへらして人当たり良くたくさんの人と関わっているわりに、ヴィルはかなり警戒心が高く、自分の中で定めた一線は安心できる材料がない限り絶対に超えようとしない。

 そんな彼女がなんの考えもなく王太子のお膝元に行くとは到底思えないので、王都に行くからには何かしら策や企みがあるんだろう。

 ……少なくとも、最低限、王太子と出会ってしまった際の対策くらいは。


 俺とヴィルは同じギルドの冒険者で、お互いの利害の一致から協力関係を築いているが、言ってしまえばそれだけの淡泊な関係だ。

 これら以外に名前の付いた関係はなく、なのにその実態は、ただの協力関係と言いきるにはもっと気安くて、優しくて、それでいてとてもあたたかいものという矛盾があって……俺には、その矛盾がひどく心地良かった。


 というのも、ラッセルに対する安心とはまた異なる、別の安心がヴィルとの時間には感じられるのだ。

 その安心をどう言い表したらいいのか、適切な言葉が俺には思い浮かばないのだが、強いて言うなら遠い昔、母が生きていた頃に感じていたものとどこか似ているような気がしている。


 だから、もし……もしもいつか、俺が普通に女と接することができるようになっても。

 ヴィルが気兼ねなく男と接することができるようになったとして、こんな協力関係が必要なくなる日が来たとしても。

 俺は、それでこの関係をおしまいにしたくないな、と思う。


 軽い気持ちで始めたこの関係が、たった一ヵ月でこうも手放しがたく感じられるほど大きな存在になったのは、さすがに意外ではあるのだが。

 異国の地で、それも義姉たちと同じ『女』相手にそう思える関係を築くことができたのは、ある意味奇跡みたいなものなんじゃなかろうか? と思うと、驚きの気持ちはあっという間にどこかへ飛んで行ってしまうし、むしろちょっとした感動すらおぼえるくらいだったりする。


 ……いつぞやのヴィルがギルド側の無言の圧? 荒療治? だと、俺たちが二人きりで向かった遠征を例えていたが、改めて考えてみると本当にその通りだな。

 俺も、ヴィルも、お互いにとっての恩人(……で、ヴィルにとってのノラの存在が合っているかはわからないが)以外の存在と強制的に関わることになり、腹を割って話す必要性があったことで、ごく限られた小さな世界が広がった。


 俺なんか、ヴィル以外に見知った顔がいなかった分、不可抗力的にヴィルとたくさん関わることになって、当たり前のように尊重されて、心のどこかでいつも思っていた『俺は虫けら以下なんだ』という卑屈な気持ちが少しずつ、けれど確かにほろほろと崩れていった。

 おかげで今は、遠征前よりもラッセル以外のギルドの男たちと話せるようになったし、ヴィル以外のギルドの女とも、今までよりも少しだけ、会話ができるようになってきたから。


 ……たぶん、あの遠征でヴィルと関わるうちに、自信が付いたんだ。

 自分は虫けらなんかじゃないし、俺が思っていたほど、人は冷たくて嫌なやつばかりじゃないんだって。


 だからきっと、欲が出た。



(……あいつと、ともだちになれたら、って)



 それは実家にいた頃、虫けらのように扱われていた俺には、とても考えられなかった夢。


 友達が欲しい、と一度も思わなかったわけじゃない。

 でも、周りはいつだって敵だらけだったし、虫けら以下の俺なんかと友達になってくれるやつがいるはずもない、と諦めていたから。


 友達が欲しい、友達になりたいと、諦めていたはずの夢を考えられる余裕ができたのは、間違いなく、ラッセルが与えてくれた今の生活のおかげで。

 諦めていた夢にもう一度手を伸ばそうと、そう思えるだけの自信が生まれたのは、ヴィルと過ごした時間のおかげだ。


 ……どちらにしても、たまたまその時の巡り合わせがあいつらだっただけで、別の誰かだった可能性もあるのはわかってる。


 だけど、今の俺に手を差し伸べてくれたのは、ほかならぬあの二人だから。

 巡り合わせがあの二人以外の誰かだった『もしも』の未来で、今の俺のようになれる未来を思い描けないから。

 だから俺は、あいつらが俺に与えてくれただけのものを返していきたいし、あいつらが誰かの助けを求めている時には()()力になりたいと思っている。



(……そうすれば、きっと)



 俺はラッセルの弟分であり、ヴィルの友達なんだって、胸を張って言えるようになるはずなんだ。

一週間ぶり?です。

またのんびり更新していくので、どうぞよろしくお願いします!

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