23 月になんて返さない(5)
「……対策?」
「うん」
私の言葉に一転、険しい表情をきょとんとさせた風君に軽く笑いながら、服の中に隠すように身につけていた安物のペンダントを取り出して。
「これ、洗脳系の魔法に対して強力な抵抗ができるお守り。念のためにこっちに来る前に作っておいたんだよね」
「……………いろいろ突っ込みどころはあるが、それ、どう見てもただのボロのペンダントだろう? その辺で投げ売りされているようなレベルのものじゃないか」
「だからいいんでしょ。風君だって、まさかこれにそんな効果があるとは思わないじゃない?」
「まあ、確かに」
このペンダント、風君が言う通り、元はというとコボルト退治に向かった遠征先で投げ売りされていたものだ。
安物は安物だし、確かにちょっとボロいけど、綺麗な石がペンダントヘッドについているのが気に入って思わず買ってしまったもの。
最初についていた紐は今にも千切れそうなくらいボロッボロだったので、それだけ綺麗なものに取り換えたけど、その時点まではなんの変哲もないただのペンダントだった。
その後、王都に来ることが決まった時に真っ先に警戒したのは、私が王太子に見つかって再び魅了の魔法をかけられてしまうこと。
じゃあどうする? と考えて、そこでふと思い浮かんだのはRPGでよくある状態異常を防止してくれる装備アイテムの存在だった。
幸い、既存のアイテムに魔法で付与効果を付ける、というこの世界の人にとっては反則技ともいえることをやったことがあるので(言わずもがな四次元ポーチのことだ)、そんな感じで魅了を弾くアイテムをつくればいいじゃん! となったわけだ。
肌身離さず身につけられるもので、かつ、連日身に着けていたところで違和感のないもの。
衣服は着替えるからなし、ブーツは寝ている間に外しちゃうからなし、ポーチも同様の理由と、あとは既にいくつか……拡張と重さ軽減のほか、私とウィロウ以外には中身を取り出せないように設定をかけてしまったので、これ以上の重ね掛けは危なそうだからなし。
そうして、案外持ち物に良さげな物がないなぁと考えながら、ほかに何かなかったっけ? とポーチの中を整理していた時に、ちょうどよく見つけたのが例の安物のペンダントだった。
武器で攻撃力が上がり、服や防具で防御力が上がり、アイテムの装備で何かしらの特殊な効果が付与される。
RPGではありがちだからイメージがしやすいし、アクセサリーなら肌身離さず身に着けていても問題ない。
最悪、ペンダントに特別な力が宿っていることが第三者……特に、お城の関係者にバレてしまっても、投げ売りされていたものをそうとは知らずに買いました! と誤魔化すこともできる。
そうして、我ながらいい買い物といいひらめきをしたものだなぁと思いながらマジックアイテムをちょちょいっと作成し、こうして忘れずに身につけてきたってわけだ。
……マ、最悪忘れてきたとしても、その気になれば簡単に作れるから問題はないんだけどね。
「そうか」
「そうだよ」
「……改めて突っ込んでいいか」
「どうぞ」
「婚約者相手に洗脳してくるとか、この国の王太子って頭おかしくないか?」
「本人的にはどこまでも正気なんだよなぁ」
「そんなヤツがいずれ国王になる……? 本当に……?」
「ははは」
「笑えないが??」
それな、ほんとそれ。
乾いた笑いを漏らす私に風君はドン引きした様子で表情を引きつらせているけれど、正直、当事者的にはもうどうしようもなさすぎて笑うしかないんだよな~って感じです、はい。
救いがあるとすれば、そう遠くない未来、アレクシス殿下とイルゼちゃんが結託してあの子を無理やりにでも次期国王の座から引きずり降ろしてくれることだけど……。
(引きずり降ろしたあとはどうするつもりなんだろう)
うーん……。殿下に送った手紙には『どこかに幽閉して人と接触させない生活をさせるのが穏便なんじゃない?』って書いておいたけど、今はどういうつもりで算段してるのかな。
今までの功績を踏まえて温情をかけ、真実を伏せつつもそれっぽい理由をつけて幽閉で済ませてあげるのか。
それともすべてを明らかにして、国家転覆を目論んだ国賊として王太子を極刑に持ち込むのか。
少なくとも、今の時点で既にどちらかに方針を定めた上で、アレクシス殿下たちは動いているはず。
……現実的なのは、やっぱり前者かなって気もするけどね。
たとえすべてを明らかにしたって、それまでのウィロウと王太子の関係を知る人ほど真実を受け入れ切れず、『アレクシス殿下が王位を狙って兄王子を陥れたに違いない!』なーんて言い出す人が絶対いるだろうし。
それがめぐりめぐってクーデターだなんだって話になっても困るから、表向きには王太子が不治の病にかかってしまいました! とでも言って幽閉して、世継ぎをアレクシス殿下に挿げ替えて、王家からイグレシアス侯爵家に対してなんらかの償いをする……というのがやっぱり穏便な気がする。
いつぞやにも話したけど、その上でアレクシス殿下のお嫁さんにイルゼちゃんがいれば、真実を知る人たちにとっても多少は安心できるだろうし。
私やウィロウからすれば、二度と王太子と顔を合わせずに済むのなら、相手が生きていようが死んでいようが別に変わりはないからね。
そのあたりは王族の皆さんと、あの子を王太子の座から引きずり降ろす件に関与した関係者の皆さんで良きように話し合ってもらえばいいと思いますよ、ウン。




