#174 ボイス収録、一応問題なく進む
そうして、水曜日。
「あ、こんにちは、栞お姉ちゃん!」
「こんにちは。今日も元気そうやなぁ」
今日はゲームのボイス収録日。
最初は学園には遅刻して行こうと思たんだけど、先生が、
『どれくらい時間がかかるかわからないし、念のため一日休め。こっちで話はつけといた』
って言ってくれて、今日は一日休むことになりました。
一日分、授業が遅れちゃうけど、これもお仕事なので……。
それで、今日行くことを一昨日マネージャーさんに伝えたら、栞お姉ちゃんと一緒に収録をしてほしいって言われて、今日は一緒に収録することになりました。
「うん! そう言えば、栞お姉ちゃんって普段は大学生さんだけど、この時期は何もないの?」
「そやな。うちは就職先についての問題もあらへんし、あるとしたら卒業論文くらいやなぁ」
「なるほど。でも、就職するんだね?」
「そらそうや。配信活動をしているとはいえ、何が起こるかわからへんしちゃんとした収入も必要やさかい。当然のことやわぁ」
「そうなんだ! じゃあ、卒業後はどういうお仕事に就くの?」
「就職言うても、今も活動してる方面でな。そやけど、そっちについては人目もあるし、人が少ない所でな」
「うん。どんなお仕事なのかなぁ」
「ま、大したことあらへんよ。……さて、そろそろ行こか」
「あ、そうだね! 時間に遅れちゃう」
お話もそこそこに、僕たちは収録スタジオがある東京へ、電車で向かいました。
◇
それから一時間半くらいで目的地に到着。
「僕、初めて収録スタジオなんて来たよ……」
「そらそうやろなぁ。そないな仕事に就いてへん限りは、関わることのあらへん場所やさかい。当然や」
「だ、だよね……。でも、栞お姉ちゃんはすごく落ち着いてる……というより、なんだか慣れてる感じがあるけど……」
「まぁ、ちょこっとなぁ」
「そっか。えーっと、たしかメールで貰った入館証を見せればいいんだっけ?」
「そうや。一応、うちらの正体については先方の一部が知っとるだけや。とはいえ、受付にちゃんと入館証を見せたらなんも問題はあらへんさかい、身分証の提示やらは心配せんでいけるさかい」
「それならよかったよ……」
色々と手遅れな感じはあるけど、それでも身バレはしないにこしたことはないからね。
栞お姉ちゃんの説明を受けながら、建物の中に入り、受付で入館証を見せると、そのまま収録を行うお部屋に案内されました。
「お疲れ様です、東雲さんに桜木さん。特に、桜木さんは学校を休んだ上で来ていただきありがとうございます」
お部屋に入るなり、僕たちに話しかけて来たのは、三期生のマネージャーさんである廿楽さんでした。
「あ、マネージャーさん。こんにちは」
「なんや、廿楽さんだけなん?」
「社内の方も色々とバタついておりまして。人手不足というものです」
「あ、そうなんですね」
人手不足……四期生も入って来たからかな?
それに、記念配信とか今日みたいなコラボのこととか、他にも色々とあるのかも。
「さて、あまり立ち話をしていても時間がもったいないので、まずは双方で自己紹介をしましょう」
「いやー、廿楽さんがそう言ってくれて助かりましたよ。じゃ、自己紹介を。僕は『アナザー・ファンタジア』を作っている会社、『株式会社幻想館』でシナリオを書いている、天月康太。よろしくね」
「で、俺はプロデューサーの祭田幹人。よろしくお願いします」
そう自己紹介してくれたのは、二人の大人の男性。
天月さんは爽やかな印象を与える人で、カッコいい感じの人。でも、明るい笑顔をしているので、なんだか接しやすそうな人。
祭田さんは眼鏡をかけている人で、クールな感じがあってカッコいい。
でも、近寄りがたいとかはなくて、雰囲気の方が柔らかい感じがあるかな?
「初めまして。らいばーほーむで魔乃闇リリスをしています。東雲栞です。今日はよろしくお願いします」
「あ、は、初めまして! らいばーほーむ三期生で神薙みたまをしてます! 桜木椎菜です! よろしくお願いします!」
「ふむふむ。配信で知ってはいたけど、まさか本当にその、小さいとは……」
「天月、失礼だぞ」
「あっと、すみません。びっくりしたもので……」
「お気になさらず。うちも慣れてますから」
「あ、あはは、僕もです」
天月さんの言葉に僕たちは苦笑い交じりにそう返す。
実際の所、僕たちが小さいのは事実だしね……。
「天月が申し訳ない。……っと、今日のことについて説明をしましょう。その前に、本日は学生の身でありながら、こちらの無理を言って来てもらい、ありがとうございます。本来であれば、土曜日か日曜日にする予定だったのですが、なかなかスケジュールが合わず……。特に、桜木さんは高校生ということで」
「大丈夫です。休んだ分の授業はお友達に見せてもらいますから。それに、一日くらいだったら予習復習でカバーできるので!」
「そう言っていただけると助かります。では、説明を……と、その前にお二人は『アナザー・ファンタジア』のプレイをしたことはありますか?」
「うちはちまちまっとですね」
「僕はあんまりゲームをやらないんですけど、コラボをするって告知された時に少しだけ調べました。あとはその、コラボが始まったらやろうかなって……」
「なるほど。その時はぜひ。……それで、アナザー・ファンタジアのストーリーは基本的にフルボイスとなります」
「あー、そう言えばそんな感じだったような……」
「それで、お二人に今日収録していただくのは、ゲームのストーリー部分、それからプレイアブル、サポーターの戦闘時のボイス、それからマイルームという場所でキャラクターをタッチした際に流れるセリフ。あとは、絆ストーリーという一定の親密度を上げた際に見られるストーリーのボイスとなります」
「け、結構多いんですね……?」
てっきり、操作時の声とか、ストーリーでの声だけかなって思ってたんだけど……。
「たしかに、他のゲームに比べるとかなりすごいですね。あっても、ストーリーはボイス無しでも、戦闘、マイルームのような場所でボイスを入れるゲームはありますけど……」
「うちのゲームはボイスの豊富さを売りにしていますから」
「あ、ちなみに今回のストーリーについては、そちらさんのデレーナさんに協力してもらってるんで、変なセリフはないはずだから、そこは安心していいから!」
「そう言えば、ラノベ作家さんだったっけ」
「納得やなぁ」
一応、ラノベ作家さんの誰か、というのは公表していないけど、それでも本当の作家さんであることには違いないわけで。
「あと……まあ、うん。納得したと言うか……天空ひかりさんも協力してくれててね。まあ、強制的に、だけど」
「待ってください? え? お姉ちゃん? お姉ちゃんも協力してたんですか!?」
一切知らなかった情報が飛び出して、思わず驚きと共に聞き返す。
お姉ちゃん、また何かしてたの!?
「そうですね。簡潔に言えば……『みたまちゃんのセリフを完全エミュできるのは私のみィ! 故に、ストーリー協力しますね! あ、これ、ポートフォリオ。同人活動の』といった具合に、自身が作って来た同人誌と共に売り込みに来ましてね。ですが、こちらとしても実際に存在している人物である以上、キャラクターの齟齬が無いようにしたかったので、渡りに船でした。あとは……お礼というにはあまりに大きなものも受け取ってしまいましたしね」
「あの、お姉ちゃん何したんですか……?」
「パイプ、でしょうか」
「???」
「「あー……」」
祭田さんの回答に、僕はこてんと首を傾げたけど、栞お姉ちゃんとマネージャーさんはなにかを察したようで、苦笑いを浮かべていました。
本当に何をしたんだろう?
「おっと、話が脱線してしまいましたね。まずは台本の方を渡しましょうか。天月」
「台本はこれ! いやぁ、なかなか楽しい仕事をさせてもらったよ。あ、企業勢のVTuberをやっているから理解していると思うけど、決してこの情報を出さないようにね!」
「もちろんです」
「大丈夫です!」
情報漏洩になっちゃうからね。
絶対に出さないようにしないとです。
「早速始めたいところですが……まずは台本を読む時間にしましょうか。一応、こういう演技をしてほしい、というような支持は台本内に記載されていますが、それでもお二方は初めてだと思いますので。とりあえず……そうですね。一時間ほどで大丈夫でしょうか?」
「椎菜さん、どう?」
「んっと……うん、これくらいなら? それに、ふゆりお姉ちゃんと一緒にASMR配信をしたことがあるし、あの時もほとんど即興だったのでなんとかなる、かな?」
「それは頼もしい。では、一時間後に収録を行いましょう。いきなり来てもらった挙句、短い時間で申し訳ない限りですが……」
「気にしなくて大丈夫です。よくあることですから」
「僕も大丈夫です! 頑張りますね!」
「ありがとうございます。では、我々は少し席を外します。一時間後に戻ってきますね」
「わかりました。では、後ほど」
ここで天月さんと祭田さんは退室。
お部屋の中は僕と栞お姉ちゃん、あとはマネージャーさんだけに。
「えーっと、一つ気になったんですけど、お姉ちゃんとミレーネお姉ちゃんもコラボを知ったのは大晦日だったと思うんですけど、この二週間の間に協力をしたんですか?」
「そうみたいですね。手伝ったとは言っても、キャラクターに齟齬がないかとか、あとはここのセリフの言い回しはこうした方がいい、みたいな感じですね。あと、展開についても一部指摘をしたりなどです」
「ほんまに何しとるんやろなぁ、愛菜」
「え、えっと、迷惑はかけてない、んですよね?」
「むしろ感謝されました。シナリオや演出などについてもかなり良くなったと。というより、らいばーほーむメンバーは全員一癖も二癖もあるので、書くのが難しかったそうですよ。実際に、シナリオライターの天月さんは、一期生から三期生までの配信を視聴しまくってようやく書けたそうですから。ただ、やっぱり何人かは難しかったらしいです。それで、ラノベ作家をしていることを公言しているデレーナさんに声がかかって、さらにひかりさんが便乗して、今に至るとか」
「「な、なるほど……」」
何をどうしたらそうなるんだろう、って言いたくなるけど……お姉ちゃんって、いろんな知り合いの人がいるみたいだし、関係は良好って言ってたし……うん。
一緒に住んでる僕ですら、お姉ちゃんのことはよくわかってないところもあるし、少なくとも悪いことはしてないみたいだからいい、よね?
「ほな、うちらは読み込みしよか」
「あ、うん。……台本ってこんな感じなんだ」
初めて見る台本を見て、そんな感想が零れた。
表紙には、ゲームのタイトルと、イベントの名前が書かれていて、その中はセリフとそのセリフに対する指示のようなものが書かれていました。
ただ、なんだろう……。
「……なんだか、いつものらいばーほーむって感じがすごいね……」
「そやなぁ。ちなみになんやけど、これどのくらい指摘や習性入ったん?」
「全体の四割です」
「それってつまり……六割は修正されてないってことだよね……?」
「そやな……うちららいばーほーむのメンバーのエミュが上手いちゅうことか」
「だ、だね。……あと僕、本当に神様になってない……?」
「神薙みたまは神様見習い、という設定ですから。あと、今回のストーリーは、みたまさんが異世界……まあ、アナザー・ファンタジアの世界にらいばーほーむメンバーの全員で迷い込んでしまったところから始まります」
「ふむふむ」
コラボではよくある事、って中学生の時にスマホゲームをする人が言ってたっけ。
あと、ファンタジー作品だとやりやすいとかなんとか。
ご都合主義だそうです。
でも、なるほど、異世界に行くお話……。
「そして、アナザー・ファンタジアの主人公たちと一緒に調査していく中で、神薙神社を建てて、信仰を集めることで帰れる、というものになってます。つまり、異世界に来たから帰るためにみたま教を作ろうね! っていう話です」
「あ、あれ? なんだかどこかで聞いたような……」
「まあ、愛菜たちが普段やっとることやなぁ……」
「えぇぇ……」
「ちなみにですが、こちらのストーリーを提案したのは、らいばーほーむ側ではなく、幻想館側の方です。なんでも、社内に大ファンがいたんだとか」
「そういう理由なんですか!?」
「というより、らいばーほーむ……特に、神薙みたまさんは、癒しの面がとても強く、意外とアニメ、ゲーム、ラノベやマンガなどをメインとする出版社などの大企業に分類される企業内で、かなりの人気があるそうですよ。まあ、それはらいばーほーむ全員に言えることですが」
「えぇぇぇ……」
いつの間に僕、そんなことに……?
「って、本当に神社建ててる……!」
「ほんまや」
「あと、なんだろう、お姉ちゃんのセリフとか、千鶴お姉ちゃんや、ミレーネお姉ちゃんのセリフが本当のそのままなんだね……」
「ふむふむ。ノリは普段と変わらへんわけやな。せやったら、えらい演じやすそうやな」
「……たしかに。でも、たまに指示で『核兵器のように可愛く』ってあるんだけど……」
「いつも通りで問題あらへん思うで?」
「……いつも通り、がいまいちわからないけど、うん。頑張ってみる……!」
「その意気や。じゃ、読み合わせと行こか」
「うん!」
「ふむ、私は死にそうですが……耐えましょう……!」
◇
それから一時間二人で台本の読み込みをして、収録が開始。
「じ、神社を建てて、人助けをすればいいんだね! えと、が、頑張りますっ!」
「ふははは! 我の魔法をくらうのじゃーー!」
「うぅ、戦いは苦手だよぉ……。で、でも、みんなのために、頑張るねっ!」
「むっ、我にプレゼントとな? うむうむ! 配下として素晴らしい行為じゃ! じゃが、無理はしてはならんぞ! 我はプレゼントなどなくとも、気持ちだけで十分じゃからな!」
「あ、○○おにぃたま! 今日はどうしたの? ふぇ? クエスト? わたしと? うん、いいよっ! でも、その、足を引っ張っちゃったら……ごめんね……?」
「ほほぅ! これが召喚! 我は魔乃闇リリス! らいばーほーむワールドの魔王じゃ! よろしく頼むっ!」
「きゃぁっ!? あうぅ、痛い~……」
「うむうむっ! 我らの勝利じゃー!」
「えへへっ、今日も一日、頑張ろうねっ!」
「今日はもう遅い。もう休んだ方がいいのじゃ。疲れはしっかりとるのじゃぞ! では、おやすみじゃ!」
と、こんな感じで色々とセリフを収録していく。
途中でこうしてほしいとか、もうちょっとこういう感じがいいという指示をもらったので、その都度演技を修正。
初めてのことだからちょっとだけ心配だったけど、結構楽しい。
でも、まさか、声優さんのお仕事をするとは思わなかったなぁ。
それと、途中で僕と栞お姉ちゃんの掛け合いや、声を合わせることもあったけど、お互い息ぴったりだったので、全く問題はなかったです。
ただ、初めてだから、雑音のような物が入ったり、言葉がつっかえちゃったり、そんなことがあったけど、それは収録をしていく内に、徐々になくせて、最後の方はほとんどなくなりました。
収録については、ぶっ通しではやらず、途中でお昼ご飯を食べて、収録を再開して、そうして収録が終わったのはなんだかんだで十五時過ぎになりました。
そうして、収録が終わった後……
「「「( ˘ω˘)スヤァ……」」」
なぜか、天月さんと祭田さん、マネージャーさんの三名がすごくいい笑顔で倒れていました。
「配信でも死ぬことは多かったけど、リアルはダメだ……普通に死ぬ……」
「あ、あぁ……俺も、死にそうですよ……。反則と言われるだけあります……!」
「ぐふっ……こ、これ、天国と地獄が襲い掛かって来てる、んですが……」
「あ、あの、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫大丈夫……。っと、さっきのでボイスは最後、だね。うん」
「ふぅ……。さて、収録は一通り終わりました。どのボイスも素晴らしいものにしていただき、ありがとうございました。きっと、お二人のボイスはユーザーから高評価を得られるでしょう。あと、全員鼻血+吐血すると思います」
「さすがにないと思いますよ!?」
なぜか普段の配信でも、鼻血や吐血が多いらしいけど、あれって配信だからだよね?
さすがにゲームで録ったボイスでなったりしないよね? ね!?
「なるほど、本当に無自覚、と。……まあいいでしょう。では。我々はこの後本社の方でやることがありますので、解散としましょう」
「「今日はありがとうございました!」」
「こちらこそ、自分のシナリオに声が入れる所を見るのはすごくよかったよ!」
「お礼を言うのはこちらです。おかげで、今回のコラボイベントはかなりの者に為りそうですから。では、お見送りをさせていただきます」
「ありがとうございます。では、行きましょうか、お二人とも」
「「はい!」」
そんなやり取りをして、僕たちは二人に見送りをしてもらってスタジオを出ました。
その後、マネージャーさんの車で近くの駅まで送ってもらって、その日は帰宅となりました。
ゲームかぁ。
コラボが始まったら、僕もやってみよう。
ちょっぴりむずがゆくはあるけど、自分を当てたいし、出来ればらいばーほーむのみなさん全員を当てたいなぁ。
……あ、丁度いいし、帰りに宝くじの方も受け取りに行っちゃおうかな。
なくさないように肌身離さず持ち歩いてたし、身分証もあるし……それに、時間もあるし、今からだったら夜までには帰れるかな?
でも、お姉ちゃんがいた方がいい、かな? 色々と怖いし……。
たしか、お姉ちゃんはお家にいたはずだし、呼べば来る、よね?
そうして、お姉ちゃんに電話をしたら、住民票と印鑑を持ってすぐに行くと言ってくれて、銀行の前で待ち合わせをして、そのまま手続きをして帰りました。
あと、道中お姉ちゃんが不思議な動きをしていたけど……何かあったのかな?
あ、そう言えば明日は個人配信だし、そっちも頑張らないとなぁ。
どうでもいいことですが、みたまのマイルームボイスは鼻血+吐血ものです。とりあえず、こっちを殺しに来てるセリフ。尚、セリフについては、邪神も関わってます。
あと、アナザー・ファンタジアの主人公は、男女選択式。一応、男女間でセリフが違うキャラもいますが、みたまは違う方。女主人公の方が色々とよかったりします。男の方は……邪神が、ね。
尚、宝くじを受けとる時、めっちゃ驚かれました。銀行の人に。
そりゃ、16歳の幼女が10億円以上を受けとりに来たわけだしね。
ちなみに、その帰り道で愛菜が取っていた不思議な行動というのは、椎菜を狙う不逞の輩を威圧したり、殺気を飛ばして追い返していただけです。なんやねんあの姉。




