#167 幼馴染だからこその空気感、これはこれで兵器
柊君が女の子になった……というより、特異なTS病を発症させたことで、今日一日はかなり注目されていました。クラスでも、かなり話しかけられてたからね、柊君。
とはいえ、今日は三学期の初登校なので、全校集会と学年集会だけなので、半日で終わるんだけどね。
それで、今はそれらも終わって帰りのHRも終わったので、これから帰るところです。
「椎菜、少しいいか?」
「どうしたの?」
「あー、早速椎菜に頼みたいことがあってな……」
「もちろんいいよ!」
「あー、まだ何を頼むか言ってないのに、いいのか?」
「うん。だって、柊君のお願いだもん。断る理由がないよ~」
「……そうか。助かるよ」
「それで、何をお願いしたいの?」
「あぁ、それなんだが……ちょっと耳を貸してくれるか?」
「うん」
柊君に言われて、こくりと頷くと柊君が僕の耳に口元を寄せて、僕に頼みたいことの内容を言いました。
「あー、実はその……俺、この体用の下着を少ししか買ってなくてな……」
「あ、あー……な、なるほどね……」
「それで、先に色々と経験してるであろう椎菜に一緒に来てもらいたくて、な……」
たしかにそう、だよね……。
僕だって、恥ずかしさで行く気にはならなかったけど、三期生のみんなに連れてかれたなぁ……。
まあでも、あれから少しずつ慣れたことで、なんとか下着売り場には特に恥ずかしがることなくいけるようにはなったしね、僕も。
……そもそも僕の場合、ちょっと胸がおっきいからね……。
下着はあって困るものじゃないからね……特に胸。
「うん、いいよ。一緒に行こ」
「ありがとう。……さすがに俺一人で行くのも気分的にな……かといって、朝霧に頼んでも、な」
「柊君、どっちにもなれるんだもんね。それに、麗奈ちゃんと本格的にかかわるようになったのも9月だし、さすがに恥ずかしいよね」
「あぁ……というか、朝霧がいると、なんというか……暴走する。前回がそうだったからな……」
「な、なるほど……」
既に麗奈ちゃんは一緒に行ってたんだね……。
「じゃあ、ショッピングモールかな?」
「そうだと助かる」
「うん。となると、麗奈ちゃんは誘わない方がいい、のかな?」
「あー……できればそうしてくれると助かるな……朝霧には申し訳ないが……」
「あはは、さすがに仕方ないよ。僕だって逆の立場だったらそうしたもん」
「朝霧には後日、普通に遊びに行くか」
「そうだね」
というわけで、僕と柊君は放課後にショッピングモールへ行くことになりました。
◇
学園を出た僕たちは道中でなんてことのないことをお話ししながら電車に乗ってショッピングモールへ。
「……なんというか、視線がすごいんだが……」
「柊君、美人さんだからじゃないかな?」
「それもあるとは思うんだが……好奇の視線というか……」
そう零す柊君の表情は困惑したような、戸惑ったような、そんな表情でした。
たしかに柊君への視線は多いかも。
実際のところ、柊君ってすごく美人さんになってるし、それに男子制服を着てるからね。
そういう意味ではかなり目立っちゃってるし、見られるのも仕方ない、のかも?
「……やっぱり、男子制服もだよな、これ」
「多分」
「とはいえ、俺は椎菜とは違って男にも戻れる関係上、あまりスカートを穿きたくないんだがなぁ……」
「柊君……それって僕に対する当てつけかな?」
「そういう意味じゃないが!?」
「むぅ~~~~……やっぱり柊君が羨ましいし、ずるい……」
「そうは言うが、これはこれで大変だと思うぞ?」
「どの辺りが?」
「男にも戻れるのにスカートを女の時に穿いていたらそのことを男の時にからかわれるだろうな」
「あ、あー……」
「仮に椎菜が俺みたいなタイプのTS病だったとしても………………いや、椎菜は普通にスカートが似合う見た目だったからなぁ。からかわれるよりも、逆に男女どっちかわからないとか言われそうだな」
「もぉ~~~! 柊君ひどいっ!」
「ははっ、悪い悪い」
ぷくぅ、と頬を膨らませて、軽く柊君を叩きながら抗議の声を上げる。
柊君ってすごく優しいしカッコいいんだけど、たまにこうやってからかってくることがあります。
……それにしても、叩いたときの感触がいつもより圧倒的に柔らかいのが、なんだか不思議というか、違和感……。
『『『ごふっ……!』』』
「あれ? ねぇ、柊君、今おかしな音……声? が聞こえなかった?」
「……あー、気のせいじゃないか?」
「うぅん……それもそっか」
柊君の言う通り気のせいだよね。
なんだか、吐血したときみたいな音だった気がするけど。
何はともあれ、歩いているうちにショッピングモールに到着。
今日はどこも始業式ということもあって、学生さんがかなり多いみたいで、制服姿の人がたくさん歩いていました。
よく見れば、姫月学園の生徒さんもいるなぁ。
「それで、柊君。最初に買いに行っちゃう? それとも、お昼を食べてからにする?」
「そうだな……ま、時間もあるしな。そうするか。……って、そういえばナチュラルに二人で来たが、みまちゃんとみおちゃんのことは大丈夫なのか? あの二人、椎菜のことが大好きだし、今日は二人も早いんだろう?」
「あ、うん、そこは大丈夫。なんでも、今日はお友達の家に遊びに行くんだって。お昼についてもお母さんが食べさせておくから大丈夫って」
そういうお話を聞くと、二人にちゃんとお友達ができたんだなってお母さんとしてすごく安心します。
できれば、大人になってもお友達の関係でいられる存在になってくれるといいなぁ。
僕と柊君みたいに。
「それならいいか。いや、俺が椎菜を取ったようなものだからな。少し心配になった」
「あはは、大丈夫だよ。一緒の時はずっとべったりだから」
「それはそれで大変そうだなぁ……まぁ、あの二人は本当にいい子だからな。子育て、という意味ではあまり手がかからなそうだしな」
「本当にね」
少なくとも、手がかかるなぁ、なんてことは思ったことがないです。
けど、世の中のお母さんの人たちは、赤ちゃんの時からのお世話だし、ある意味で一番大変な時期って生まれてか幼稚園・保育園に入るまでだと思うもん。
僕の場合は、自分の子供ではありつつも、二人は神様だし、0歳でも実際には7歳くらいの知能だからね。
「ふと思ったんだが……椎菜は二人の授業参観には行こうって思ってるのか?」
「それはもちろん。たしか、来週の土曜日がそうだったはずだし、その日は行くつもり」
「……その見た目で母親って思う人はいったい何人いるんだろうな」
「戸籍上では妹なんだけどね……」
「実際には母娘なんだけどな。……っと、椎菜、今日の昼はどこで食べるんだ? 普通にフードコートに来てるが……」
「うん、フードコートでいいよ。僕、おうどん食べたい」
「あぁ、あそこのか。了解。なら、俺もうどんにするかな」
「じゃあ、決まりだね!」
フードコートへやって来た僕たちは、手早く食べるものを決める。
先に席取りをするか迷ったんだけど、見たところあまり人がいるわけじゃないみたいだったので、先におうどんを買うことにして、早速列に並びました。
「柊君は何にする?」
「そうだなー……んー、きつねうどんにするかな。サイズは……お腹も空いてるし、特でいいか。椎菜は?」
「僕は冷たい方のおろし醤油かな~。大きさは……僕も特にしよ!」
「……椎菜って、見た目のわりに結構食べるよな?」
「うん、食べるのは好きだよ!」
この体になってからはちょっぴり食べる量は減っちゃったけど、それでも平均以上には食べるかな?
「というか、普通に真冬に冷たい方を食べるのもすごいよな……」
「僕、冷たいおうどんの方が好きだから。あと、おろし醤油は冷たい方が美味しいです」
「ははっ。椎菜はそういうこだわりはあるよな」
「えへへ、ここのおうどん美味しいし、昔から食べてるメニューだからね!」
「だな。俺も似たようなものだし」
「いらっしゃいませ! ご注文はお決まりでしょうか?」
「俺はきつねうどんの特。温かいのでお願いします」
「……あ、き、きつねうどん特、温かい方ですね!」
「僕はおろし醬油の特で、冷たいのをお願いします!」
「お、おろしの冷たいのですね!」
あれ? なんだか驚かれた?
……あ、そういえば僕も柊君も一人称が私じゃないからかな?
特に柊君は美人さんなのにいつものしゃべり方だから、不思議に見えるのかも?
「お待たせしました! こちらがきつね特です! それと、こちらがおろし特ですね!」
「ありがとうございます。さて、天麩羅かぁ……俺はまぁ、海老とかき揚げ、レンコンだな。あ、ちくわも食べるか」
「んっと僕は……イカとエビ……かき揚げ、あと半熟卵、おいなりさんかな」
「結構がっつりだな」
「柊君こそ」
「ははっ。ま、俺たちは昔からこんな感じだからな」
「ふふっ、そうだね」
『『『んぐふっ……!』』』
あれ? また何か聞こえたような……。
気のせいかな?
「あ、柊君、今日は僕が奢るよ~」
「いいのか?」
「うん。今日はいろんな意味で疲れたと思うし、ね?」
「……なら、お言葉に甘るよ。ありがとうな、椎菜」
「気にしないでいいよ~。あ、先に席を取ってくれてると嬉しいかな?」
「了解。昼代として働くとしよう」
「あははっ、大袈裟だよ。あ、お会計お願いします」
柊君にお願いして先に席を取ってもらっている間、僕はお会計を済ませて、柊君を探す。
「椎菜、こっちだ」
「あ、いたいた。じゃあ、食べよ」
「あぁ」
「「いただきます」」
柊君は先に食べていることはなく、僕が来るまで待ってくれていたみたい。
僕が座ってから二人そろっていただきますと言って食べ始める。
「ちゅるちゅる……んむ、うん、やっぱり美味しい!」
「そうだな。安定して美味い」
「はむはむ………んっ。ねぇ、柊君」
「むぐむぐ……ん、なんだ?」
「もうすぐ二年生も終わりでしょ?」
「まだ気が早くないか? 今日が始業式だったんだぞ?」
「そうは言うけどね、柊君。僕はもう経験してるからあれだけど、柊君も今後は時間の流れが早いなー、って思うことになるよ?」
「……あー、なるほど、たしかにあれはなぁ……今週の日曜日、四人で集まってやるらしいしな」
「あ、やっぱりやるんだね」
「恒例ネタらしいからな」
そう言いながら、柊君はレンコンの天麩羅を食べる。
反省配信かぁ……すっごく前のように思えるけど、実はまだ半年経ってないんだよね、あの配信。
あの時はなんというか、今よりも噛んでばっかりだったっけ。
まあ、今も噛むときはあるけど、それでも減ってはいるから、僕も成長したんだなって。
「柊君大丈夫? 男一人になっちゃうけど」
「……まあ、大丈夫だろ。なんだかんだ、上の二人も何とかしてたんだしな。俺もまぁ、うん…………ある意味、その日だけはこっちの方がいいのかもなぁ……」
「ランダム、だもんね」
「面倒な体質になったよ、ほんと……」
「ある意味では僕より大変そうだなぁ……」
だって、僕の場合は一生この姿だけど、柊君の場合はどっちでもなれるわけで。
でもそれって、常にその日はなっていない方の性別のことが頭に浮かびそう。
「はむ……んん~~~、やっぱり半熟卵美味し~」
「椎菜は本当に美味しそうに食べるよな」
「だって、美味しいからね!」
「っと、椎菜口の周りに天かすが付いてるぞ」
「え、どこどこ?」
「あー、右の……って、俺が拭いた方が早いか。ちょっとじっとしててくれ」
そう言って柊君がポケットから取り出したティッシュから二枚ほど抜いて、僕の口元を優しく拭ってくれました。
「んむっ……」
「よし、取れたな」
「えへへ、ありがとう、柊君」
『『『んぐふっっ!!!』』』
「なんと言うか……割と俺といる時の椎菜って無防備過ぎないか?」
「無防備? 僕、護身術は使えるよ?」
「いやそういう無防備ではなく……まったく、天然すぎるな」
あれ、なんで柊君はこんなに優しい笑顔を僕に向けてるんだろう。
あと、なぜか周囲の人がテーブルに突っ伏したのはなんでだろう?
「……まあいっか。あ、柊君この後買う物かったらどうしよっか? ゲームセンターで遊んでいく?」
「あぁ、そうだな。どのみち今日は時間もあるし。折角だから遊んで行くか」
「うん!」
うん、やっぱり女の子になってもいつもの柊君で安心です。
……なんと言うか、僕と柊君って最初は男同士だったのに、気付けば女の子同士に……うん、不思議!
この二人の破壊力って下手したらロリピュア並みでは???
とか思いました。やっぱ幼馴染にしか見せないこの気安い関係は強い……!




