閑話#38 主神の里帰り
閑話で申し訳ねぇ!
「里帰りに来ました」
「おう阿呆主神。今までどこほっつき歩いとった?」
時間は少し戻り、らいばーほーむの面々が温泉旅行へ行った翌日のこと。
その日、神界に例の阿呆こと、天照大御神が帰ってきた。
それを真っ先に出迎えるなり、ジト目+小言でもって出迎えたのは、宇迦之御魂大神である。
大層ご立腹のようなのだが、天照大御神は特に気にしたそぶりはなく、にこっとした笑みとともにその答えを返す。
「地上でばかんすですね。あぁでも、この里帰りも一時的なものですので、少しの間滞在したら現世へ帰りますね」
「殴ってよいか?」
「倍返しにしますよ?」
「くっ、無駄に強いから殴れん……」
当然というか、主神である以上、この阿呆はそれはもう強い。
そもそも、誰が加護を上げるか問題でこの阿呆が暴走した際に、一対その他という明らか不利であろう状況であったにもかかわらず、普通に全員をはっ倒している以上、その強さはお墨付きとも言えよう。
というか、一対一で勝てるわけがない、というのが神々の認識である。
「それで、私が地上へばかんすへ赴いている間、こちらではなにかありませんでしたか?」
「おぬし、知ってて聞いとるじゃろ?」
「はて? そのようなことがあったのですか?」
「マジで殴ったろか……いや、いい。まあ、あれじゃ。我が神々の間においてもあいどるとでも言うべき神子が原因で、新たな神が生まれたんじゃよ! この阿呆!」
「あぁ、あの娘もとても愛らしい姿ですよね」
「そりゃあ可愛いわい!」
「ならよいではないですか」
「よくないが!? 少なくとも、今の人の世において、新たな神が生まれるなど、異常じゃからな!? しかも、あの双子自体、神子が人気になればなるほど、知名度が高まれば高まるほど、その信仰を基にして力を増す。なんじゃったら、既に下手な神より力あるからな!」
「まぁ、それはそれは……。ですが、問題は発生していないのでしょう? であれば問題ありません。というか、私は明日のこみけに行こうと思っていたのですが。私のばかんすの邪魔をしないでいただけると嬉しいのですが」
本来であれば、明日のコミケに赴き、シスコンが頒布する同人誌を手に入れつつ、椎菜たちの姿を一目見ようと思っていた天照大御神だったが、その前に神々の方から連絡が入り、とりあえず、帰って来てほしいという嘆願が届いたのである。
場所がわからないのに、なぜ送れたかについては、ある種の最終手段的な方法でどうにかした、とだけ。
「何をぬけぬけと……おぬしのせいで、儂ら神々はてんてこ舞いだったんじゃぞ!? 特に儂! 儂の仕事量が異常! もう休みたいんじゃが!」
「それが普段受けている私の仕事量と苦労ですよ? 私ができたのです、あなたもできます!」
「ぬぐぅっ……! なまじ本当におぬしができておっただけに、言い返しにくい……!」
自身がした抗議を、にっこりと無駄に説得力のあることを上司に言われ、宇迦之御魂大神は歯ぎしりした。
以前はあんなにも真面目だったのに、なぜ今はこんなにも頭が悪くなってしまったのか、宇迦之御魂大神は本気で疑問に思った。
「それのしても、呼び戻したわりには神々が少ないですね?」
「そりゃそうじゃろ。今の時期、神は忙しくなるからのう」
「今の時期……あぁ、年始ですか。初詣ですから、神も忙しくなりますか」
「本当にな! くっ、この時期でなければ、我が身でこみけに赴いたものを……」
「私、ばかんす中に呼び戻されたのですが?」
「知らん。おぬしは仕事しろ」
「私、100年近く有給を使うと言いましたが? というか、海外の神々には有給があるのですがら、私も取得しても問題はないでしょう?」
「よそはよそ、うちはうち」
「あなたは私の母親ですか」
「日ノ本は仕事大国じゃ」
「人の子もそうですが、我々神々も仕事改革をするべきでは?」
「それはそう」
日本の神々、普通に遅れていた模様。
「ですがまあ、唯一神を主とする宗教ではありませんから、我々も分担できるわけですが。しかし、仕事を一手に引き受けている方もおりますからね」
「あれは例外じゃろ。あと、一人ということはつまり、仕事の自由度が高い、ということもである」
「つまり、私も仕事を適当にしても良いのでは?」
「主神がそれ言う?」
明らかにトップが言ってはいけないようなことを平然と言ってくる天照大御神に、宇迦之御魂大神は頭が痛くなってきた。
少し前まではこんなに不真面目ではなかったのに。
まあ、仕事人間だった人が何か娯楽にドハマりするとこうなる、という見本なのだろう。
「しかし……はぁ、あなた方のせいで、あの者の同人誌が手に入らなかったではありませんか。私、楽しみにしていたのですが? 滅ぼしていいですか? 神々」
「それをしたら、おぬしへのしわ寄せがすごいぞ?」
「えぇ、わかっていますよ。冗談です」
「しかし、儂とてバカではない。既に、美月を現世に遣わせておる」
「あら、気が利きますね?」
「……呼び戻すだけをした場合、十中八九おぬしが暴れそうじゃからな。んなことをしようものならば、日ノ本の人の子らに問題が起こりかねん」
「安心してください。そこまではしません」
「そこまでは、なのが怖いんじゃが?」
「少なくとも、半殺しにした後に再生させますので♪」
「うちの主神、いつから危険神物になったんじゃろうか……」
「抑圧からの開放された日、でしょうか」
「……否定できねぇ……」
仕事させ過ぎたなぁ……と宇迦之御魂大神は後悔した。
とはいえ、今は生き生きとしているので、ある意味ではよかったのかもしれない。
仕事が忙しいとは言えども、明らかに不味い事態には発生していないので。
「ところで、美月に行かせるのはわかりますが、あの者は問題ないのですか? 領域、持っていますよね?」
「まあ、ほれ。あやつの領域に訪れる者など、神子くらいじゃからのう……」
「あぁ、そういえば……。たしか、美月の地にはもう一つ、別の領域がありましたね。あちらはの担当は?」
「それならば、他の神々からフルボッコにされとる」
「何故!?」
「ちなみに、その者があそこに」
くいっと親指で指し示した先には、他の神々から殴る蹴るの暴行を受けている女神がいた。
「ちょっ、痛い痛い!? いや私が悪かったって!」
「テメェ! 俺たちみたいななぁ! 神子ちゃんがいる地から遠い位置に領域を持つ神は絶望を味わってんだぞ!?」
「聞けばお前、昔から神子ちゃんが初詣に来てたんだるぉ!? ぶっ殺すぞおらぁ!」
「そこまではいい! だが、自慢するのはいただげないコロス!」
「イヤァァァァァァァ!?」
「……いつから現代の人の子のようになったのですか?」
「らいばぁほぉむが原因じゃな」
「あ、あー……そうですか」
頭がおかしくなった原因を聞いて、天照大御神は少しだけ口ごもった。
ついでに言えば、ちょっとドキッとした。
「ところで、一つ訊きたいのじゃが……」
「はい、なんでしょうか?」
「おぬし……まさからいばぁほぉむに入ったりはしとらんよな?」
ド直球な火の玉ストレートが炸裂!
突然の質問に、天照大御神の心臓が跳ねる!
表面上は柔和で穏やか~な笑みを浮かべているが、その心の内はそれはもう滝の様な冷や汗が流れている!
「うふふ、そのようなこと、あるわけがないでしょう? 私はばかんす中なのですから。仕事はしませんよ」
「他の事務所とやらは知らぬが、らいばぁほぉむに関しては仕事で臨んでないじゃろ、あれ。少なくとも趣味の延長のような形でやっていそうなんじゃが」
「だとしても、金銭を得る以上、仕事でしょう」
「……ふむ。ところで、儂は美月と共に祭りに参加したのじゃが、どうもどこかで聴いたような声があってのう。知っとる? 弩めいという名前のらいばぁなんじゃが」
「え、えぇ。たしか、四期生の方ですよね?」
「うむ。なんじゃ知っとるのか」
「それはもう。ふぁんですので」
天照大御神、全力で何かを隠蔽中。
表面上は上手いこと取り繕っている天照大御神に対し、それを見た宇迦之御魂大神はと言えば……
(いやこれ、どう見ても本人じゃろ)
とか思った。
長い付き合いであるため、嘘を吐く時の癖を理解しているのだ。
その結果、宇迦之御魂大神は目の前にいる阿呆な主神が、四期生の弩めい本人であると確信した。
「はぁ……まあ、人の子の生ほどの時間程度、問題はない、ということかのう」
「どうかしたのですか?」
「いやなに。主神様は、なかなかに下界を堪能しているな、と」
「それはもう。楽しい毎日ですよ。とはいえ、睦月の頭から少々忙しくはなりますが」
「ほう。何かあるのか?」
「少々配信を……あ」
「……おぬし、バカじゃろ」
天照大御神、痛恨のアホ!
ぽろっとどころか、ガッツリ忙しくなる理由を言ってしまったっ!
宇迦之御魂大神はあまりにも間抜けすぎるうっかりミスに、クソデカ溜息を吐きながら額に手を当てていた。
「あ、あー、いえ、これは……はい、個人です。個人」
「そう言えば、弩めいは春風たつなとコラボする約束をしてはおらんかったか?」
「しておりません。コラボの約束をしたのは私ではなく、かざり様です。それから、約束をしたのはたつな様ではなく、ひかり様とふゆり様の二名です。私ではありません」
「おぬし、隠す気ある?」
「……ハッ!?」
「おぬし、気が抜けすぎじゃろ……」
「……あ、あー、えー……こ、このことは内密に」
「……まあ、ええじゃろ。どのみち、人の一生程度じゃろう? 下界にいるのは」
「当然です。さすがに、人の子の一生以上下界に留まるのは問題ですからね。あと、100年単位の仕事の放棄は少し……」
「おぬしにまだまともな感性が合って安心したわい
「主神ですので」
その主神が置手紙を残して地上にバカンスしに行った挙句、なぜか推しが所属する事務所に入っているのだが、宇迦之御魂大神はツッコまなかった。
「あぁ、そう言えば、神子が発症させた、例の病を発症させたものが二名出たんじゃが」
「あら、そうなのですか?」
「うむ。まぁ、片方は神子の幼馴染じゃがな」
「あ、そうなのですね……え、本当に?」
「本当じゃ。なんじゃったら、かなり特殊じゃな。どうやら、男女両方を行き来できるらしい」
「それはまた……向こうで何かあったのでしょうか?」
「さぁのう。生憎と、儂らは向こうの管轄ではない。向こうは、向こうの神の管轄じゃろう。たまに飲みに行くけど」
「あぁ、向こうの神はこちらの……とりわけ、日ノ本の食事を気に入っていますからね」
「そうじゃな」
その時の光景を思い出して、二柱は何とも言えない笑みを零した。
「ところで、もう一人の方は?」
それはそれとして、先ほど聞いた限りでは、二人いるようだったので、もう一人について尋ねることに。
「そちらは神子関係ではない。しかし、狼神いくまとでれぇな・つぁんすとらの両名と関りがあるようじゃな」
「あら、そうなのですね」
「ま、今のところらいばぁほぉむとは関係ないのでな。……おぬし、間違っても加護を与えるでないぞ?」
「こらぼしたら付与します」
「自重せんかい!?」
「自重など、置手紙と一緒に捨てました」
「えぇぇぇ……」
なんでこんなのが主神なのか、宇迦之御魂大神は本気で困惑した。
天照大御神は大晦日まで神界に滞在し、新年と同時に下界へ戻っていった。
◇
尚、後の1月1日の神界では、
「ちょぉっ!? 神子と双子が参拝したせいで、なんか神社がとんでもないことになっとるんじゃがぁ!?」
母娘が神社に訪れたことで、そこの神がエキサイトしたため、神界が騒動になった。
本編の方へ進む前にこっちの方を書いた方がいいなとか思って、書きました。
決して書くのが楽だったからではないです。ないったらないです。




