閑話#36ー1 例の彼の相談的な:上
私の現実逃避!
椎菜たちが殺戮兵器をした日の次の日もしくは、大晦日配信というある意味大事故になった配信の日の裏、美月市では……。
「えー……あー……うん。なんと言うか……うん。なんというか、何があったの?」
「…………色々、あったんだよ……」
麗奈と黒髪の美少女が喫茶店で顔を突き合わせていた。
なぜこうなったのか、少し遡る……。
◇
椎菜たちが旅行配信をした翌日、俺はなぜか新型のTS病を発症させた。
朝起きたら女に、などという創作物の中だけであろう出来事を俺は経験する羽目になったし、翌日には男に戻っているという、お前の体は一体どうなってんだと言わんばかりのこともあった。
正直、なぜこうなった、としか思えなかったが……。
しかし、なってしまったことは仕方ない、と無理矢理に思うことにしたものの、やはり不安は多いと言うもの。
女になって男に戻った日、椎菜たちはコミケ会場に行っており、俺は現実逃避気味に部屋で無心になって宿題を進め、大晦日になったのだが……。
「なんで、こうなるかなぁっ……!」
またしても俺は女になっていた。
あれか? 俺は一日置きに女になる体質になったというのか!?
勘弁してくれ……。
「……しかし、どうする、これ……」
さすがに二度目ともなると、初めてなったあの日よりかはマシに思えてくるのだから、人間慣れというものは怖い。
その内、女になっても、
『あーはいはい、またこのパターンな』
とか言って、ナチュラルに女性服を着ていそうな気さえする……。
いや、違うな……着ていそう、ではなく、実際にそうなりそうだな……こう、俺じゃない誰かにコーディネートをされるというか、それでなぁなぁで流されてたら抵抗がなくなる、みたいなそんな感じが……。
「とはいえ……この体だと男の服が着にくいんだよな……いや、着にくいっていうか、そもそもズボンとかパンツがずり落ちて、露出狂みたいになりかねない……」
実際、立ち上がった瞬間、ズボンとパンツがずり落ちて、ぱさ、という軽い音と共に床に落ちたしな……。
「……個人的に、椎菜には今は知られたくないというのが本音だな……」
ある種、俺の先輩とも言うべき椎菜に、今知られると余計な心配をかける……というか、間違いなくおかんになる予感しかしない。
あれこれを世話を焼こうとするのは明白……。
「知られるにしても、冬休み中はできる限り避けたい……」
単純に、未来の自分に向かって面倒ごとをぶん投げるだけではあるが、学園であれば逃げ場など皆無になる……なら、そこで覚悟を決めるしかないだろう。
背水の陣とも言うが。
「しかし、そうなるとこの状態用の服はあったほうがいい……よな?」
さすがに男物だけでどうにかするにしても、色々問題がある気がする……いや、問題しかないはずだ。
ズボンを毎回ベルトでどうにかしようと思っても、穴を開けなければいけないし、何よりこう……身だしなみ的な問題もあるだろうし、面倒な人たちに絡まれないとも限らない。
自分で言うのもなんだが、女の姿は普通に美少女だと思う。
自分だからその感覚が薄くなるが、客観視した場合には素直にそう思えるし、下手なモデルよりも容姿は整っているし、スタイルもいい気がする。
これが椎菜だったら……
『ちょっとは可愛い、かな?』
とかしか思わないし、美少女だとは思わないことだろう。
まあ、椎菜はかなりの美少女ではあるが……。
知らぬは本人のみということだな。
「だが、しかし……こう、あれだな……俺も男だし、そう言う物を見たことがないわけじゃないから、こう……」
変にドキドキするな……。
むしろ、健全な男子高校生であれば、まあ、その、なんだ……エロ系に関する物を見たことがないわけがないと思うんだ。
椎菜は例外中の例外というか、あれは最早天然記念物だし、そもそも男かどうかも色々怪しい所があったので除外する。
一応自分の裸ではあるが、見た目的には元の自分からはかけ離れたものである以上、そこにあるのは他人の裸と同義だろう。
だからこそ、こう……なんと言うか……色々と目のやり場に困って、顔が熱くなるわけで……。
……正直、よく同級生などから、
『高宮って性欲薄そうだよな。ってか、枯れてそう』
とか言われることがあるんだが……無いわけがないだろ……。
俺だって健全な思春期男子高校生だ。
人並みに女性に興味もあるし、そう言うことにも興味はある。
だが……だがなぁ……俺の場合、椎菜カミングアウト事件による傷が深かったというか、なんというか……初恋の相手がまさかの同性だった、というあれが残した爪痕は大きかったのだ。
そして、それが理由というわけでもない……と思いたいが、なんやかんやあって、俺の好みは年上ということになった。
できれば5歳以上上だと尚よし、という感じだろうか。
だからだろうなぁ……なんか、同い年や年下に対して恋愛感情を抱かない。
どちらかと言えば、友人、もしくは妹とか、そう言う風に思うだけでそれ以上の気持ちを抱かないのだ。
結果、男から見ればかなり魅力的とも言える椎菜や朝霧と普段から一緒にいても何も思わないわけで。
反対に、らいばーほーむの常識人のあの人と会った時なんて、かなりドキドキしたからなぁ……ぶっちゃけると、かなり理想だったわけだしな。
うん、まあ、個人的にはああいう人と恋人になれれば、と思わなくもないが、さすがに歳も結構離れてるし、さすがにないだろうと思っている。
ま、最悪一生独身でもいいかなとも思ってるし、できたらいいな、程度である。
……なんか、思考があらぬ方向に脱線して行ったが、思考を元に戻して……いくら年上趣味で、同級生や年下に対しての恋愛的興味が限りなく薄い、とは言っても異性の裸というのはやはり慣れないのだ。
映像や写真で見るのとは全然違う。
だからこそ……
「早くなんとかしないと、だよなぁ……」
この状況を打破する必要があるわけだな。
だが、さすがに母さんに頼むのも気恥ずかしさがあるしな……こういう時、相談に乗ってくれる相手はいないだろうか……。
「………………あ。そうだ、朝霧なら……」
誰に相談をしたものか、そう思った時、俺の頭の中には朝霧の顔が浮かんだ。
考えてみれば、朝霧は椎菜が今の姿になってから、色々と手助けしていた存在……それなら、迷惑をかけるのを承知で相談するのもあり、だな……。
「善は急げだ。早速連絡を取るか……」
もっとも、初手通話はさすがに混乱を招くし、何より説明が難しくもあるので、LINNのメッセージになるがな……。
というわけで、早速LINNを送る。
『悪い、朝霧。今って時間あるか?』
『あれ、どしたの?』
『高宮君があたしにメッセするなんて珍しいね?』
メッセージを送ってから一分も経たずに返信が来た。
この速さから察するに、スマホを丁度見ていたのだろうか。
だが、それなら丁度良かった。
『少し相談があってな……これから会うことってできるか?』
『大丈夫だよー』
『どこかで待ち合わせでいい?』
『あぁ、大丈夫だ。駅前の喫茶店でいいか?』
『おっけー 時間は?』
『急を要するから、30分後でどうだ?』
『了解! じゃ、喫茶店で!』
『あぁ、ありがとう』
やり取り終了。
「ふぅ……朝霧が暇で助かったな……」
ともあれ、早速準備して喫茶店に行くとするかな……。
◇
着る物自体は、まあ、シンプルなシャツにジーパン。その上にコートというシンプルな格好になった。
ズボンはずり落ちないようにベルトを付けているから、多分落ちないはずだ。
パンツは…………まあ、ボクサーパンツが一番マシだったので、それを穿いている。
あと、髪の毛が邪魔だったので、母さんが持ってるヘアゴムを借りて、後頭部辺りで結んで、ポニーテールにしているが……結構楽。
女の体でいる時はこれにしようか考えるくらいには楽。
「10分前に着いてしまった……」
よほど焦っていたのか、それとも朝霧に会いたかったのかは自分でもわからないが、10分前に待ち合わせ場所の喫茶店に到着した。
とりあえず、先に入っていると朝霧にメッセージを飛ばす。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
「今は俺一人ですが、あとでもう一人来ます」
「かしこまりました。では、奥の席へどうぞ」
俺、と言った瞬間、女性の店員さんが驚いたような表情をしたが、すぐに営業スマイルに戻った。
一人称の問題があったか……。
考えてみれば、椎菜は僕だから、僕っ娘というもので納得させられるが、俺の場合は僕ではなく、俺だからな……。
その辺りも色々考える必要があるなぁ……。
「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」
「あ、ホットコーヒーをお願いします」
「かしこまりました」
先にコーヒーを注文。
さすがに冬真っただ中で寒かったからな。温かい飲み物が欲しくなる。
注文してからほどなくしてコーヒーが来たところで、砂糖を一つ、ミルクを入れて、軽く混ぜてから一口。
うん、美味い。
「ふぅ……」
さて、コーヒーをちびちびと飲みつつ、朝霧が来るまで待つか……。
なんて思っていたら、ちりんちりん、という入り口の扉に着けられたベルが鳴り、一人の女子が入って来た。
まあ、朝霧だな。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
「あ、多分先に来てると思うんですけど」
「それでしたら、奥の席となります」
「ありがとうございます」
そんなやり取りをする朝霧を見つつ、俺は自分の心臓がうるさいくらいに鳴っているのを感じた。
心なしか、コーヒーカップを持つ手が震えているが……まあ、仕方ないだろう……。
「えーっと……あれ? 店員さん、奥の席って言ったよね? ん~、高宮君いないけどなぁ……」
一瞬朝霧が俺を見たが、すぐに首をかしげてそんな独り言を零す。
「とりあえず、メッセージしてみよ」
そう言うと、朝霧はスマホを取り出してトトト、と画面を操作し、メッセージを飛ばしたらしい。
『高宮君。待ち合わせ場所の喫茶店に来たんだけどどこ?』
まあ……すぐ目の前にいる女性が俺だとは思わないよな……。
指が震えつつもメッセージを書き込む。
『俺は今、朝霧の目の前にいる』
簡潔にそんなメッセージを飛ばすと、朝霧がきょろきょろと辺りを見回して……俺に視線を固定した。
『いないよ? いるのは、モデルさんみたいに綺麗で可愛い女の子だよ?』
『……その女の子が、俺、なんだ……』
「エッ!?」
俺が飛ばしたメッセージを見た瞬間、朝霧は驚きの声を上げた。
目を見開いて、俺をじっと見つめ……。
『ちなみに、その女の子の髪色と目の色は?』
『明るい茶髪でポニーテール。目の色も茶色』
「……うそぉ……」
うん、俺もそう思う。
朝霧は腕を組んでうーんと唸った後……。
「あー、その、えーっと……高宮君……なのかな?」
「……あぁ、来てくれてありがとう、朝霧」
「……おおぅ……」
「まあ、座ってくれ……」
「あ、う、うん」
座るように促すと、朝霧は素直に座り……俺たちの間に沈黙が訪れた。
俺はコーヒーを一口。
かちゃり、というコーヒーカップを置く音が鳴り、何度か口を開いたり閉じたりしていた朝霧だったが、意を決したように口を開いた。
「えー……あー……うん。なんと言うか……うん。とりあえず……何があったの?」
「…………色々、あったんだよ……」
朝霧の質問に、俺は苦々しい顔でそう答えるのだった。
現実逃避などと言いましたが、単純に二話連続で殺戮兵器な話しはどうなんだ? ということで、息抜き的な意味での柊ちゃんの視点です。
本当は、椎菜と麗奈は学園で発覚! という感じにしようと思っていたんですが、麗奈という、TS病のサポートをするような人がいたので、丁度いいやと言うことで動いてもらうことにしました。
あと、柊の体は別に一日置きに変化するわけじゃないです。その日次第ですね。
それと、長くなりそうなので次回は下となります。本編はその後にやるんで、許してくだせぇ。




