一周年記念特別編#椎菜(♀)→椎菜(♂)に戻るだけのIF:4
お昼休みが終わった後の授業では、これと言ったことが起こることはなく、平穏に時間が過ぎて、下校となりました。
柊君とおしゃべりをしながら、家までの道を歩く。
「それにしても……なんだか、懐かしい感じがするな、その姿で一緒に帰るのは」
「五ヶ月女の子だったからねぇ……」
「そうだな。……しかし、本当に急に戻ったな……椎菜的には心当たりはないんだよな?」
「うん。なんにも。朝起きたらこうなってたから……」
「そうだよなぁ……」
本当、なんで元に戻ることができたんだろう?
戻らないなんて言われてたのに、なぜか戻っちゃってたわけだし……。
「とはいえ、戻れてよかったな。普段から元に戻りたいとか思っていたんだろうし」
「本当だよぉ……。女の子の体って、本当に大変だったんだから」
「だろうな。実際、月に一回、実際に死んでたしな」
「あ、あははは……元々男だったからあれだけど、アレって本当に辛かったよ……本当に……初めてなった日なんて、すごく辛かったし……」
思い出すだけでも、怠さとか、頭痛とか、いっぱいの血とか、下腹部の痛みとか……そういった、苦しいと思ったことが鮮明によみがえって来るよね……。
「椎菜も辛かったんだろうが、愛菜さんも本当に死にかけたらしいけどな」
「あれは本当に悪いと思ってます……」
「いいんじゃないか? 椎菜で死ぬなら本望だろう、あの人」
「……個人的には、そうあってほしくない、んだけど……お姉ちゃんだからなぁ……」
正直、柊君の言うことも否定できない……。
お姉ちゃん、そう言うところあるもん。
「はは、まあ、愛菜さんだからな」
「困ったお姉ちゃんです」
なんて言い合いながら、二人で笑い合う。
女の子の時も変わらずにこうして一緒にいてくれたけど、やっぱり男同士でこうしてお話してるのが一番楽しいなぁ……。
「だが、あれだな。これでまた女子の体に戻ったら大変だな?」
「それはできれば勘弁してほしいかなぁ……」
「ははっ、だろうな。実際、女子の方が苦労するんだろう?」
「そうだねぇ……。今よりも背は縮んじゃうし、下駄箱は届かないし、アレになっちゃうし、他にも色々。あと、こういうところで言うのもすごくあれなんだけど……その、トイレ、我慢するのが難しいんだよね……」
「あぁ……創作物ではよく見るが、実際そうなのか?」
「うん……すごく」
「そうか……そう言うのを聞いてると、TS病にはなりたくないと思わされるな。まあ、実際はなりたいと思ってるような男は多いだろうがな」
「どうして? 女の子って大変だよ? なってもあんまりいいことないよ?」
「椎菜の場合は、色々と純粋だからな。だが、世の中純粋な奴ばかりじゃないってことだよ」
「???」
「わからなくてもいいさ」
こてんと首を傾げる僕に、柊君は苦笑い交じりにそう言いました。
どういうことなんだろう?
「そう言えば、男に戻ったはいいが……千鶴さんは大丈夫なのか? 色々と」
「んっと、大丈夫って?」
「ほら、あの人はロリコンだろ? ロリじゃなくなった椎菜を知ったら……ある意味死ぬんじゃないか?」
「さ、さすがにないと思う、よ……?」
「まあ、配信すればわかるか。……しかし、その配信もいつできるかわからないな」
「そうだね。少なくとも、小夜お姉ちゃんにデザインをしてもらって、それを配信用に加工してもらわないといけないから」
「らいばーほーむでも、さすがに二週間くらいはないとダメそうだな」
「でも、小夜お姉ちゃんって神薙みたまのデザインって、一日で完成させたみたいだよ?」
「おかしくないか? それ……」
「そうだね……」
あんなにすごいデザインなのに、一日で、だもんね……。
結構装飾品も多かったし、巫女服の柄なんかもしっかり描き込まれていたのに、あれだもんなぁ……。
小夜お姉ちゃんって本当にすごいと思います。
「そう言えば、柊君の方は配信はどう?」
「どう、と言われても……俺はまだ、数回しかしてないからな……だが、まあ、楽しいぞ」
「そっか。それならよかったよ。最初は戸惑うと思うけど、頑張ろうね、お互いに」
「そうだな。……俺の場合は、最初どころか、今も戸惑っているんだが、な……はは」
あれ、なんだか柊君がすごく遠い目を……。
配信中に何かあったのかなぁ……。
「でも、仮に配信をするとして、大丈夫かなぁ……」
「ん、何がだ?」
「んっと、ほら、僕男に戻っちゃったから……ファンの人たち、離れちゃうかも……って。らいばーほーむではないけど、女の人のVTuberさんって、彼氏さんがいるのがバレちゃうとファンが減っちゃうって聞くし……」
「あ、あぁ、そういう心配かぁ……」
別に僕に彼氏さんとか彼女さんができたわけじゃないけど、やっぱり今まで女の子の声だったVTuberさんから、急に男の人の声が聞こえて来たらファンの人たちが離れちゃうかもしれないし……。
※そもそも100人が聞いても100人がロリボイスと答えます。
だからこそ、男の体用のガワが必要になるわけで。
※普段のガワでやっても基本的にバレません。
それに、いつもの神薙みたまでやっちゃったら、すごく嫌な反応をされちゃうかもしれないもんね。
※嫌な反応どころか、性癖をぶっ壊される人たちが続出します。
「まあ、椎菜なら問題ないだろうけどな。むしろ人気になりそうだし」
「そ、そうかな……?」
「世の中、変な人が多いんだ。というか……日本人は変態しかいないからなぁ……」
「さすがにそれは熱い風評被害じゃないかなぁ」
「案外そんなもんだよ。しかし……そうか。ガワができるまでは、椎菜は配信を休むのか」
「うん。本当なら今日やろうかなぁって思ってたんだけど……」
「ま、仕方ないさ。さすがに、一日どころか数時間で出来るわけがな――」
~~~♪
~~♪
「あれ、電話だ。ちょっと出るね」
「あぁ」
不意に電話がかかって来たので、柊君に一言断ってから僕は通話に出ました。
「もしもし?」
『あ、もしもし、椎菜ちゃん? うちですぜ!』
「小夜お姉ちゃん? 何かあったの?」
『いやぁ、あの後やる気が出過ぎちゃって、一時間でデザインが終わっちゃってね』
「……へ!?」
『完成次第速攻でらいばーほーむの方に送ったんだけど、そっちも本気で頑張っちゃったそうで、ガワができちゃったぜ!』
「……ふぇぇぇぇぇぇ!?」
『あ、うちちょっと力使い過ぎたので、椎菜ちゃんの配信まで寝てるね! じゃ!』
ブツッ――……。
言いたい事だけを言って小夜お姉ちゃんは通話を切りました。
まさかの事態に、僕はすっごく混乱しました。
え、あれ? ガワをお願いしたのってお昼休みだよね? まだ3時間くらいしか経ってないよね? あれ? VTuberのモデルってそんなに早くできたっけ……?
……いやいやいやいや!? さすがにないよぉ!? 絶対ないよぉ!?
なんでそんなことに!?
「どうした、椎菜? 随分と驚いていたみたいだが……」
「……なんか、その、配信、出来るみたいです……」
「えぇぇぇぇ……」
「その、一時間でデザインして、残った時間で加工の方もしたって……」
「……らいばーほーむって、性格以外もらいばーほーむしてないか? というか、何をどうしたら、VTuberのモデルが3時間程度で出来るんだ……」
「僕もわからないけど……でも、今日何とか配信ができそうでよかった……かな?」
「それはそうだが……なんか、らいばーほーむに関わりのあるクリエイターは全員違う時間で生きてるんじゃないか、なんて思うよ、俺」
「あ、あははは……そうだね……」
たまに、なんでもありだなぁ、なんて僕も思っちゃうもん。
「だがまあ、結果オーライか。配信ができるわけだしな」
「うん、そうだね。ちょっとだけ怖いけど、やっぱり配信ができるのは嬉しいからね。なんだかんだ、もう生活の一部だもん」
「すっかり椎菜も配信者だな?」
「えへへ、もう五ヶ月もやってるので!」
「そうだな。ま、俺も頼りにさせてもらうよ、先輩」
ニッ、と笑って柊君は僕に先輩と言って来ました。
「え、えへへ……なんだか、柊君に先輩って呼ばれるのはすごく照れちゃうな」
「だろうなぁ。だが、配信楽しみにしてるよ」
「見るの?」
「そりゃあな。というか……なんか、らいばーほーむメンバーは基本的に神薙みたまに対してコメントを残さなきゃいけない、みたいな謎の暗黙の了解があってな……」
「そ、そう言えば、いつもほぼ全員いる気が……」
思い返してみても、俊道お兄ちゃんと冬夜お兄ちゃんの二人以外は大体いる気が……。
「まあ、神薙みたまの配信時間に配信をVTuberは三流、とか言われ始めてるからな……」
「それ初耳なんだけどぉ!?」
僕、そんなことになってたの!?
なんで!?
普通のVTuberだよ!?
「神薙みたまの配信以外の配信を見ようとなる気持ちが出なくなるらしい」
「え、えぇぇぇ……」
何をどうしたらそんなことになるんだろう……。
普通に雑談してるだけ、なんだけど……。
「ちなみに、本当にYoutube内には、配信してる時間に他のVTuberはいないぞ。いたとしても、個人勢の新人くらいか?」
「そ、そう、なんだ」
「まあ、結果的に誰も来なくてそのままフェードアウトするパターンもあるらしいが」
「なんでぇ!?」
「競合相手の戦闘力が高すぎたんだろう。始まる前は第一形態だと思ってたら、実は第四形態だった、くらいのあれだな」
「どういう例え……?」
「すまん。俺も何を言ってるんだと思った……」
「そ、そっか」
なんて、驚きしかないお話をしながら、僕たちはお家に帰りました。
◇
それから家に帰宅して、PCを立ち上げると……
「ほ、本当にできてる……」
僕のディスコードアカウントにらいばーほーむの方から、男用の神薙みたまのガワが送られてきていました。
確認のために、少し動かしてみても、いつもと遜色なくて余計にびっくりしたというか……人って、一日でVTuberのモデルが作れるんだって、思わず遠い目になっちゃったよね……。
「で、でも、これで何とか配信もできるし……うん。配信の準備をしよう! 男に戻っても、いつも通りの配信でいいよね!」
僕はそう言いながら、いそいそと配信の準備を始めるのでした。
椎菜本人は、自分のことを普通のVTuberと思ってますが、傍から見たらとんでもねぇ可愛さのバケモンです。
ちなみに、新人がSNS上で、この日のこの時間に初配信しますっ! って言った際、どこぞのお狐ロリと配信が被っていたら親切な人が、やめろ! その時間は絶対やめろ! 引退する羽目になるぞ!? と忠告してくれます。それが可愛い系のキャラだった場合尚更に。これは酷い。
誰が勝てるんだろうか、あのロリに。




