一周年記念特別編#椎菜(♀)→椎菜(♂)に戻るだけのIF:1
冬休みが終わり、ほどなくしたある日の朝。
「…………も、戻ってる……」
僕は朝目を覚ますと、自身の体が女の子の体じゃなくて、16年間過ごしてきた男の体に戻っていたことに気付いて、茫然としていました。
男の体に戻る……それは、僕が女の子になった日からずっと願っていたことで、同時に叶うはずがないとも諦めていたこと……。
だって、TS病って二度と戻らないらしいんだもん……。
もちろん、発生してからそんなに時間が経っているわけじゃないから、確実とは言えないらしいけど、それでも望みは限りなく薄いって言われてたわけで……。
だからこそ、僕も諦めて女の子としての体で生きることを覚悟して、普段も慣れて来ていたら……まさかの男に戻るという事態に!
そうして、色々と理解が追い付いてくると……
「や、や……やったぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~!!!」
僕は寝起きであることを忘れるほどに、歓声を上げつつ大きく両手を上げてバンザイのようなポーズに。
本当に嬉しい!
ずっと戻りたいと願っていた男の姿に戻れた!
どうしようどうしよう! 嬉し過ぎて、ちょっと泣きそう!
「んぅ~……おかーしゃん……」
「……どーした、でしゅ……?」
「あっ、二人ともごめんね!? ちょっと、嬉しいことがあって、つい大きな声を……」
もぞもぞ、と一緒に寝ていたみまちゃんとみおちゃんの二人が僕の大声で起きちゃって、僕は慌てて二人に謝る。
いつもならこんなことはしないんだけど、男に戻れたならこうなっちゃうのもしょうがないと思うんです……それでも、大きな声を出していい理由にはならないけど。
「だいじょ~ぶ~…………んぅ?」
「……おかー、さん?」
「「ん~~ぅ?」」
眼をくしくしと擦っていると、二人は僕の姿を見るなる可愛らしい唸り声を上げながら、こてんと首を傾げました。
あ、そう言えば、二人は男の時の僕の見た目を知らないんだっけ……。
それに、元々僕のことは生まれた時から女の子だと思ってたわけで……。
「あ、え、えーっと、ね? 二人には言ってなかったと思うんだけど、僕、元々は男だったの」
「んぅ~……おかーさんは、おとーさん?」
「……おとーさんで、おかーさん?」
「う、うぅぅん……そ、そうなる……のかなぁ……?」
考えてみれば、僕って男から女の子になって、その後に娘のみまちゃんとみおちゃんができたわけで……それで、今の僕は男……それを考えるとある意味では僕ってお父さんになる、のかな?
「ん~~……んっ! おかーさんは、おとーさん!」
「……もんだいなし、です」
「あ、すぐに納得するんだね」
「いつもとちがうけど、おかーさんはおかーさん!」
「……かわらない、です」
「そっか」
二人はぎゅっと僕に抱き着いて来ました。
女の子の時よりも身長が高くなっているからか、いつもとは違う位置に二人が抱き着いてくるのは不思議な気分……。
でも、可愛いので頭を撫でてあげます。
「「えへぇ~」」
うん、やっぱり可愛い。
なんて、僕が二人の頭を撫でていると、部屋の外からドタドタドタ! と大きな足音が聞こえて来ました。
なんだろう、そう思っていたらバンッ! と勢いよくドアが開いて……。
「椎菜ちゃん! なんかさっき、椎菜ちゃんの大きな声が聞こえ…………うえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
お姉ちゃんが入って来て、その直後に驚きの声を上げていました。
だ、だよね……。
「し、しし、椎菜ちゃんが、椎菜ちゃんがっ……!」
「え、えーっと、おはよう、お姉ちゃん」
「……椎菜ちゃんが男装趣味に目覚めちゃったァァァァァァァァ!? あと、髪の毛がすっごい短くなっちゃってるゥゥゥゥゥゥゥゥ!?」
「僕は元々男だよぉ!?」
朝から騒がしいことになりました。
◇
「なるほど、朝起きたら男の娘に戻っていた、と」
「うん。すっごくびっくりしちゃったけどね」
「だろうねぇ。というか、私もびっくりだよ。思わず、椎菜ちゃんが男装趣味に目覚めた上に、何を血迷ったのか髪の毛をバッサリ切っちゃったの!? って思っちゃったし」
「あのね、お姉ちゃん。元々男なのに、男装趣味に目覚めたはちょっとおかしい気がするの」
「???」
「んっと、理解できてない……?」
何を言ってるのかわからないです、みたいな表情に、僕は苦笑いを浮かべました。
お姉ちゃん……。
「それはそれとして、まさか男の娘に戻るなんてねぇ。何か心当たりは?」
「ない、かなぁ」
少なくとも、思い当たる節は何一つ思い浮かばない。
冬休み中だって特に変わったことはなかったし、そもそもTS病自体、元に戻ることがない病気なわけで……。
「ふむ……まあでも、今はいっか。それよりも、椎菜ちゃん。早く着替えないと学園に遅刻しちゃうよ。みまちゃんとみおちゃんも」
「あっ、そうでした! 着替えないと!」
「きがえるー!」
「……ちこく、だめ」
お姉ちゃんに言われて、僕たちは大急ぎでお着替えに。
……そう言えば、最近の僕ってYシャツにパンツだけで寝てたわけだけど……この体で女の子の下着は問題な気が……。
あと、すごく変な感じがするしね……。
(可愛い男の娘が女の子の可愛いショーツを穿く光景……実に素晴らしいッッッ! というか、椎菜ちゃん、本当にこう……男には見えないよねぇ……。あんなに可愛い容姿なのに、男の娘で、尚且つアレが付いてるわけでね。うん。こんなに可愛い男の娘女の子なわけがないじゃんというセリフが頭の中に思い浮かぶってもんです。こっちの椎菜ちゃんも最高ッッッ!!!)
「んっと、お着替えお着替え~♪」
「お、椎菜ちゃん、嬉しそうだね?」
「うん! だって、久しぶりに男物のお洋服が着られるんだもん! 嬉しくなります!」
「そっかぁ。(いや、反応が完全に女の子のそれ。鼻歌交じりで着替えをする光景は、明らか女の子のそれでは?)」
男のお洋服なんて、八月以来だよぉ……。
長い間、クローゼットにしまわれているだけだったけど、今日はちゃんと着てあげられる!
……とは言っても、今日は平日なので、着るのは下着と制服だけなんだけど。
でも、いつもはブレザーにスカート、リボン。
だけど、今日はブレザーにズボン、ネクタイ!
今でも心は男のつもりだった僕としては、本当に嬉しいし、思わず鼻歌が出ちゃいます。
「うぅ、すっごく久しぶりに着るなぁ……」
「なんだか、椎菜ちゃんがスカートじゃないのは違和感だねぇ」
「そっちの方が違和感じゃないかなぁ!?」
「いやでも、椎菜ちゃんってもともとスカートが似合う存在だったし」
「うっ……」
お姉ちゃんだけじゃなくて、学校のお友達にもそれ、よく言われたなぁ……。
そんなに似合うかなぁ……。
「おかーさん、ズボンしんせん!」
「……ふしぎ、です」
「あはは、二人は普段見たことないんもんね」
女の子になってからというもの、スカートでいることが多くなって、ズボンでいること自体がかなり減った……というか、ほとんど穿かなくなっちゃったからね……主に、お姉ちゃんやお母さんたちが原因で。
可愛い女の子なんだから、スカート一択!
なんて、言われちゃってたからね……。
まあでも、スカートを穿くこと自体はそこまでの抵抗感とかがなくなっちゃってるけどね……。
だって、制服がスカートだもん。
「うん、久しぶりだけど、ネクタイも大丈夫!」
「まあ、女の子になるまではネクタイだったからねぇ。案外一年間ほぼ毎日する行為って覚えてるものだよ」
「そうだね。あ、二人も着替えたみたいだし、下に降りて朝ご飯を食べに行こっか」
「「はーい」」
「すっごい新鮮で、鼻血が出るぜぇ」
「お姉ちゃん、鼻血で出てるよ?」
「男の娘と幼女の母娘っていいよね」
「お姉ちゃんは何を言ってるの……?」
◇
「「……」」
「え、えーっと、男に戻りました」
「「……畜生ッッ……!」」
「二人ともぉ!?」
久しぶりに男子用制服に着替えて下に降りて、僕が男に戻ったことを告げると、二人は一瞬だけ間を開けた後、二人はものすごく悔しそうというか残念そうな表情で、そう叫びました。
なんで!?
「娘が息子になってしまった……」
「あの、お父さん? 僕、もともと息子だよ? むしろ、娘の方が後天的なんだけど」
「あぁっ、どうして椎菜が男の娘に戻ってしまったのっ……まあ、こっちも可愛いからいいけど!」
「お母さん、息子に可愛いはちょっとおかしいと思うよ?」
「でも、椎菜は昔から可愛いもの」
「……」
僕、なんで可愛いって言われるんだろうなぁ……。
あと、自分たちの子供が元の性別に戻ったことに対して、残念そうにするのはどうなんだろう……。
二人は残念そうにしてはいたものの、なんだかんだいつも通りに朝ご飯を食べて、学園へ。
「行ってきます」
「「いってきまーす!」」
「行ってらっしゃい。三人とも、気を付けてね」
「うん」
「「はーい」」
お母さんに見送られつつ、僕たちは通学路を歩く。
みまちゃんとみおちゃんは、今年いっぱいは僕と一緒に学校まで登校することになっています。
二年生になったら、近所の登校班に混ざって登校することになっています。
二人は僕が男になっても嬉しそうに手をつないで歩いています。
登校する時間はいつもと同じなので、すれ違う人も大体同じだったりするんだけど、すれ違う人たちがぎょっとしたように僕を見てくる時があります。
あれかな、男に戻ったからかな?
「みまちゃん、みおちゃん、おはよー!」
と、美月小学校に近づくと、二人のお友達のゆなちゃんが二人に元気よくあいさつをしました。
「おはよー、ゆなちゃん」
「……おはよう、です」
「うんっ! あれ? いつものおかーさんじゃないの? んっと、おねー……おにー、さん?」
「ぐふっ……」
疑問形でおにーさん呼びされた瞬間、僕は思わず血を吐きそうになりました。
うぅ、子供だからこそ残酷だよぉ……。
「んっとね、おとーさんはおかーさんなの」
「んーっと?」
「……いつものおかーさん」
「そうなの?」
「「んっ!」」
「そーなんだ!」
子供って素直だなぁ。
すぐに納得するとは思わなかったよ。
「っと、それじゃあ二人とも、今日も学校楽しんできてね」
「「はーいっ!」」
「じゃあ、ゆなちゃん。二人をお願いね?」
「まかせてください!」
僕は二人をゆなちゃんに任せると、僕の方も学園の方へ向かいました。
◇
それからほどなくして、学園に到着したんだけど……。
「……なんだろう、すごく視線が……」
すごく視線を感じていました。
女の子の時ならまだしも、男の時の僕ってそんなに目立つような容姿じゃなかったような気がするんだけど……。
まあでも、女の子になってからはよく視線が来るようになったから、そこまで気にならなくなってきてはいるけど……。
それに、女の子時って、なんでか胸に視線が集まって、そこだけはちょっと嫌だなぁ、なんて思っていたから今の姿で見られても不快感みたいなものはないです。
昇降口に入って、いつもなら足場が必要な位置にある下駄箱にも、今の僕なら全然届くのが、なんだかちょっと感動する……。
女の子の時は足場がないと取れなかったしね。
そうして、靴から上履きに履き替えて、二年一組の教室へ。
「おはよー」
「「「!?」」」
僕が挨拶をしながら教室に入ると、ものすごく驚いた表情でクラスメートのみんなに見られました。
「え、えーっと……あの、なんか男に戻りました」
「「「げはぁっ!」」」
「「「ヒャッハァァァァァァァァァァ!!」」」
「ふぇぇぇぇぇ!?」
僕の男に戻ったという発言に、男子のみんなはなぜか血を吐きながら倒れて、女の子の方はなぜか両手を天に突き上げて、なぜか歓声(?)を上げました。
どういう状況!?
というわけで、男に戻った、というIFストーリーです。
このIFでは、柊はTS病になっていない、という世界線になっております。
柊がどういう立ち位置になるかは本編でやりたいからね!




