閑話#32 可変式体質になったかもしれない例の彼
私が我慢できなかった。反省もしなければ後悔もしてない。
時間は本編から少し進み、温泉配信があった日の翌日。
「……は?」
その日、普段とは違う違和感で柊は目を覚ました。
具体的には、普段は感じない箇所にある重さだとか、妙に首とか顔がむずむずするとか、そんな違和感。
基本的に優等生な柊は、土日のような普通の休日でも惰眠を貪ることはしない。
だが、冬休みや夏休みの様な長期の休みはまた別である。
土日において、柊が惰眠を貪らないのは、平日の学園に支障が出ないようにするためだ。
だが、冬休みや夏休みのような場合であれば、途中までは惰眠を貪っても問題がないのである。
故に、冬休みに入って、一週間が経過しようとしていた今日という日も、惰眠を貪ろうと考えていたのだが……。
「……え、は? ちょっと待ってくれ……え? いや、はぁぁぁ……?」
そんなことを考える余裕がないくらいの出来事が、朝から柊を襲った。
違和感で目を覚ました柊が、もぞもぞ、と上体を起こして自分の体を確認すると、そこには側頭部から垂れ下がる明るい茶髪に、不自然に膨らむ胸部。
どこかだぼつくパジャマ。
手を目の前に持って来れば、白い肌といつもより一回り小さい手が視界に飛び込んでくる。
これがどういう状況なのか、柊は思考が停止したことで頭が働かず、状況の理解ができなかったが、ふと頭の中に自分にとって最も仲が良く、そして無駄に可愛い幼馴染の顔が浮かんできた。
「……まさか、俺…………お、女になってるぅぅぅぅぅぅ!?」
まあ、そう言うことだった。
◇
お、おかしい、おかしいぞ……!?
一体全体、これはどういうことだ!?
「な、なんで俺が女になってるんだ!? 俺は椎菜じゃないぞ!?」
何をどうしたらこうなるのかわからず、俺は思わずそう叫んだ。
自分でも酷いことを言ってるとは思うが、こういうのは俺ではなく、椎菜の担当だと思うんだが!
なぜ、俺がこんなことに!?
あと、やっぱり声も変わってる!?
椎菜のように、女よりの声ではなく、れっきとした男としての声だったはずの俺の声帯からは、聞いたことがない妙に綺麗な声が発せられる。
「い、いや、落ち着け、俺……。夢かも知れない。そうだ。きっと夢だ……さすがに俺が女になってるわけが……」
むぎゅり、と自分の頬を抓った。
「……い、痛い……」
痛覚は何の問題もなく働いていた。
抓ったところがじんわりと痛むし、抓ったことで熱を感じる。
「……俺、TS病になった、のか……?」
え、えぇぇぇぇぇぇ……?
自分でも色々と受け止めるには難題過ぎる状況に、俺は困惑した。
むしろ、いきなり女になって困惑するな、という方が無理だと思う。
「と、とりあえず、あれだ。まずは自分の状況を認識した方がいい……まずは、どの程度変化しているのか、そこからだ」
冷静になると、俺はベッドから降りて、自分の部屋に置いてある姿見の前に立つ。
「……う、うわぁ……」
そこに映っていた今の姿を見て、俺は何とも言えない気持ちになった。
自分で言うのもなんだが、今の俺は普通に美少女だった。
腰元まで伸びた明るい茶髪に、くりっとした茶色の目。
顔立ちは……あー、可愛いと綺麗の中間だろうか。
普通に整っているし、体の方も普通にスタイルがいい……いやこれ、下手なモデルよりもよくないか……?
胸は、椎菜ほどじゃないが普通に大きい、か……。
どうしてこうなった???
お、おかしい。
一体どこに、俺がこうなる状況があった……?
少なくとも、あの頭のおかしいイベントから数日経過しているが、その間に何か問題になるようなことはなかったはず……。
あったとすれば、それはらいばーほーむ関係しかない。
だが、椎菜曰、TS病はかなり特殊で、どうして発症するか、ということがわかっていないらしい。
である以上、今回の俺のこれも原因不明。
もし、理由付けをするとすれば……運が悪かった、これ以外にないだろう。
……いやあの、なんで?
「……と、とりあえず、あれか。国に連絡する必要がある、んだったか……?」
たしか椎菜は……『朝起きたら女の子に』って打って出たんだったか。
じゃあ、俺も……うわ、本当に出て来たな……。
とりあえず、ここに連絡するかぁ……。
突拍子のない出来事が起こり、俺の頭はそれはもうびっくりするほどに混乱しまくりだったが、先達がいたことで最初にやるべきことを知っていたのが大きい。
俺は、国の方に電話をかけた。
◇
「えーと、高宮柊君、だったね」
「は、はい」
あれから最寄りの医療機関を紹介され、俺はこの体でも問題なく着られる服に着替え、早速検査をしに向かった。
検査内容は至ってシンプルであり、したことと言えば、ほとんど健康診断と変わらなかった。
そうして、検査を終え、診察室にて結果を聞かされることとなり、目の前の女性の医師に名前を呼ばれたので、俺は少し緊張気味に返事をする。
「君は多分、TS病だね」
「え、多分? あの、多分なんてあるんですか? 俺の幼馴染、普通に断定されたって聞いてるんですが」
「ん? 君にはTS病の幼馴染がいるのかな?」
「あ、はい。今年の八月に……」
「八月と言うと……あぁ、桜木椎菜君か。なるほど、君はあの子の……しかし、そうならば話は早い。君は、TS病の判断方法は知っているかな?」
「いえ……何か、わかる方法とかあるんですか? これ、結構ファンタジーですが……」
少なくとも、身体能力がバカみたいに高くなるような病気だ。
科学で解明することは無理なのではないか? と思ってるんだが……。
「うんまあ、そうなんだけど。まあ、それはいいとして。検査中、とある紙にあることをするように言われたね?」
「あ、あー……はい、まぁ……」
あること、ということを思い出し、俺は顔を赤く染めながら、困惑気味に肯定する。
その検査は、正直、つい昨日まで男子高校生だった自分からすれば、かなり刺激の強い行為だった。
というか椎菜、よくあれできたな……。
……いや、あれか? 知識が保健体育で止まってるから、よくわかってなかった、のか?
……ありえる。あの幼馴染なら間違いなく。
いやまあ、ある意味トイレの延長と考えればそうでもない、か。
「あの紙はね、特定の箇所の体液を付着させると、色が変わるんだ。TS病発症者であれば、青く変色し、何もなければそもそも色は変化しない」
「じゃあ、俺も青色だったんじゃ……?」
というか、体液とか生々しいな……。
「いや、君は赤色だった」
「赤色?」
「うん、赤色。これは初めてのことでね。発症した初日に生理が来るなんて聞いたことがないから、そう言う意味ではありえない。というか、血の色じゃなかったし。じゃあ、この赤色は? となるんだが……」
「原因不明、っていうことですか?」
「そうなるね。だから、多分TS病。少なくとも、DNA鑑定の結果で言えば、間違いなく君は高宮柊君だ。けど、従来のTS病とは違うものを君は発症しているかもしれない」
「え、えぇぇぇ……」
なんか、とんでもないことになってないか……?
女になった、というだけでも驚きだというのに、従来とは違うTS病って……しかも、俺だけ?
そういう主人公属性は椎菜だけでいいんだが。
「というか、DNA鑑定ってすぐにできるものなんですか?」
「科学の進歩さ。元々、TS病発症者用に開発された物も色々あってね。それで確認できるんだよ」
「な、なるほど……」
「それで、君なんだが、現状多分TS病としか言えない。だから、経過観察が必要になる。なので、これ、私の連絡先だ。もし、今後何かあれば、こっちに連絡してほしい」
「あ、ありがとうございます」
電話番号が書かれたメモを財布に仕舞う。
「本来ならば、役所で手続きをする書類を渡すんだが……君の場合、本当によくわからないので、一旦一日~三日ほど様子を見てから書類を送らせてもらうよ」
「わかりました」
「よし、それじゃあ今日はこれで終わりだ。いいかい? 些細なことでも連絡するように。こちらも情報が欲しいからね」
「はい」
「では、もう帰ってもらって大丈夫だよ」
「ありがとうございました」
「お大事に。あぁ、そうだ。いくら美少女になったからと言って、初日からナニをするのは控えるようにね」
「しませんよ!?」
真顔でとんでもないことを言われ、俺はいつもの調子でツッコミを入れた。
◇
それから家に帰宅し、両親に今日のことを伝える。
二人はそれはもう驚いていたが、我が家の両親は基本的に楽観的というか……
「「娘ができたみたいで面白いからヨシ」」
こんな反応だった。
それでも親なのだろうか。
「はぁ……」
それはそれとして、なぜこうなった……。
というか、俺だけ従来とは違うTS病ってなんだよ……。
そういう主人公みたいな状況は椎菜だけでいいだろうに……もしくは愛菜さん。
いやでも、愛菜さんがTS病を発症させたら、犯罪臭が半端じゃなくなるから絶対になってほしくないな……。
「ともあれ、しばらくは大人しくしてないと、だなぁ……」
経過を見ると、とは言われたが、まあ何もないだろう。
そんなことを思いながら、TS病発症初日が終わった。
◇
そして翌日。
「……えぇぇぇぇぇ」
俺の体は、元の男の姿に戻っていた。
昨日のあれが嘘だったんじゃないか、そう思ってしまうほどに、見事に元の体に戻っていた。
散々困惑したのに、寝て起きたら元に戻っていた……いや、本当にどういうことなんだこれ。
早々異変は起きないだろうと思っていた矢先にこれだ。
些細なこと所のレベルじゃない問題が起こった以上、電話をしないわけにはいかない。
「……さっそく電話するかぁ……」
というわけで、俺は昨日の女性医師、神さんに電話をかけた。
『もしもし、この電話番号は、高宮柊君かな? 朝早いが、何かあったのかな?』
「なんか、男に戻りました」
『……え、マジ?』
「マジです。聞いての通り、男の声がしてると思いますが」
『……はー、なるほどねぇ……うん。とりあえず、今すぐ病院に来てくれ。検査だ検査』
「わかりました」
昨日の今日で病院に行くことになり、俺は着替えて昨日行った病院へ。
そこで再度検査を行った結果……。
「うん、なるほどね」
「何かわかりましたか?」
「少なくとも、その状態でも反応が出ているね」
「つまり……」
「君のそれ、TS病に似て非なるものだと思う」
「えぇぇぇぇ……」
TS病に似て非なるものだと言われた。
これ、TS病じゃないのか……。
「まだ確証は持てないんだが……おそらく、男女が入れ替わる、そんな症状の新型TS病だと思う」
「ま、マジですか」
「マジだね。それ以外言いようがない。まあ、まだ昨日の今日だし、今後も確認が必要だが……」
「ということは、今後は通院した方がいい、ということですか?」
「そうなる。というか、今のうちにその辺りを調べておかないといけないからね。君の生活が大変なことになる」
「そう、ですね……」
少なくとも、今の仮定が本当だったとた場合、俺の生活は椎菜以上に大変なことになるだろう。
それに、どのタイミングで女になって、どのタイミングで元に戻るのか……そこも知らないといけない。
仮に、一度変化したら長くなる場合も考慮すると、女性服もある意味必要になるだろうしな……。
嫌すぎる……。
「というわけで、だ。そうだね……次また変化したら私に電話してほしい」
「電話した後、また病院に来れば?」
「いや、今度はそうではなく、また男に戻った時に来てほしい。周期を把握したい」
「わかりました」
「頼んだよ。私としても、前代未聞過ぎるから、データが欲しい。今後、君の様なタイプが出ないとも限らないからね」
「なるほど、それはたしかに……」
少なくとも、俺が発症させた時点で、今後出ないとも言い切れない、か。
……本当に、なんでこうなったんだ。
「それに、案外昨日だけで、実は今後異性の体になることはない、なんてこともありえるからね」
「個人的には、そっちの方がありがたいですよ……」
「だろうね。ま、その状態で反応が出てる以上、まず間違いなく今後も女性になると思うけどね」
「……ですよね」
「だが、君の場合はある意味幸運だよ」
「どこがですか……」
「考えても見てほしい。他のTS病発症者とは違い、君の場合は生来の性別に戻れるんだ。言ってしまえば、恋愛的なあれこれの問題が起こりにくいと言える」
「それはまぁ……」
俺としても、普通に女性と恋愛したいからなぁ……。
……まあ、俺の場合、ちょっと食われかけた前例があるというか……本当にギリギリだった例があるんだが。
「というわけだ。幸い、今の君は冬休み。出来る限り、この間でデータを集めよう」
「わかりました」
「じゃ、今日の検査は終わりだ。もう帰っていいよ」
「ありがとうございました。これから、よろしくお願いします」
「あぁ、よろしくね。特殊な付き合いにはなると思うがね」
「ははは……」
できることなら、女にはなりたくないなぁ……。
強く、俺はそう思った。
というわけで、可変式TS体質になった柊君改め、柊ちゃんです。
我慢なんてできるわけがねぇ! まあ、元々やろうと思ってたしね。
体質変化の周期とかは……まだ決まってないけど、まあ、ランダム制でもいいかなとは思ってるけど、その辺りは適当に考えます。
らいばーほーむの男枠は今後、TSっ娘が入らなきゃいけなくなりそう。




