イベント1日目#6 クソデカ溜息を吐くモデルと、(?)ホテルでの気まずい(?)一幕
一日目の出し物が全て終わり、ちらほらと会場を後にする者たちもぽつぽつと出始める。
あと一時間は会場内にいることはできるのだが、シスコンショックがあまりにも強すぎたので、それで退場する者が多かったので。
「何度も言うが……別に送って行ってもいいんだぞ?」
「いえ、大丈夫ですよ。そんなに遠いわけじゃないので」
「そうか。……ま、お前がいいって言うならいいんだろう。それじゃあ、朝霧、私たちはホテルに行くか」
「はーい! 高宮君、また明日ね!」
「あぁ。星歌さんもまた明日」
「また明日な。気を付けてホテルに戻るんだぞ」
「わかってますって」
やや心配性気味な星歌の言葉に、柊は苦笑い交じりにそう返すと、星歌もふっと笑ってそのまま麗奈と共に去って行った。
「さて……俺もそろそろホテルに戻るか……あまり気乗りしないが……」
一人になったところで、柊もホテルに戻ろうとするが、どうにも気乗りしない様子である。
表情はどことなく苦めだ。
荷物を持って会場を出て、なるべく人が少ない場所を通るべく、イベント会場の裏口付近の道を通ると……
「はぁぁ~~~~~~………………」
そこには、ベンチに座ってクソデカ溜息を吐く女性の姿があった。
その女性はどこか見覚えがあった……というか、どう見ても知り合いだ。
「……しんどい……でも楽しい……ふ、ふふ、ふふふふっ……これがあと、一日……一日も続く……いや、大丈夫だ、皐月……あと少しで、柊君が入って来てくれる……そ、そうすれば、一人で地獄を進まずに済む……ふ、ふふふふ……」
両腕を太腿に載せ、下を見ながら、仄暗い表情と声でぶつぶつと呟く女性の姿は……なんというか、色々と悲惨であった。
柊は一瞬見なかったことにしようかとも思ったが、相手はいずれ自分がいろんな意味でお世話になるであろう人物。
そんな相手があそこまで哀愁漂う感じになっているのを見て何もしない、というのは罪悪感が……と思った柊は苦笑いを浮かべると、皐月に近づくことにした。
「あー、城ケ崎さん?」
「ん……? ハッ! 柊君じゃないか! なんでここに?」
突然声をかけられたので、そちらに視線を向ければ、そこには皐月自身がいろんな意味で焦がれている人物が苦笑いを浮かべながら立っていた。
「あーいえ、宿泊しているホテルに戻ろうとしたんですが、正面の方は人が多かったので、迂回して行こうと思ってたんですが……」
「そうだったんだね。あー、これはお恥ずかしい所を見せてしまったかな……」
「そうなっても仕方ないですよ、あれじゃ」
「柊君……」
「まあでも、俺が四期生に入ったら少しはマシになるように動くつもりですので……それまで耐えてもらえれば……」
「柊君っ……!」
皐月、柊の言葉に感極まる。
顔だけでなく、心までイケメンなナチュラルイケメンは皐月を堕とそうとしているのだろうか。
「……けど君、大丈夫だよね? 二期生の彼女のように、途中でらいばーほーむったりしないよね……? ね?」
「さすがにないですよ。というか……あの人は幼馴染が原因でなったようなものですし、自分はそんな幼馴染への耐性があるから入ったようなものですしね」
「……いやでもっ、万が一と言うことがあるかもしれないっ……!」
「疲れで色々とおかしくなってません……?」
「らいばーほーむのアホたちを抑えるのはね、並大抵の力じゃできないんだよ……それに、いつかは不明だが、四期生が入って来るだろう……? つまり、地獄が強化されると言う事でもあるわけで……ぶっちゃけ、君がらいばーほーむったら、私がらいばーほーむるよね」
「そうなったらいよいよもってらいばーほーむが本物の魔境になるのでそこは耐えてください!? 俺にできることなら、なんでもしますからっ!」
「え? 今、何でもするって……」
「ハッ!?」
あまりにもストレスか何かでアレになってる皐月に、柊はつい何でもすると言ってしまった。
それにしゅばっ! という音が付きそうなほどに素早い動きで頭を動かし、それを言った柊の顔をガン見する。
「じゃあ、一つだけ約束をしようか、柊君」
「あ、はい。約束?」
「あぁ、約束だよ」
「はぁ……まあ、俺にできることなら……」
「なに、約束とは言っても、そんなに難しいことじゃないから!」
「あの、すっごいいい笑顔ですね?」
「それはそうだとも。念願の常識人が追加されるんだからね。まあ、一人減ったから前に戻って、そこから苦労が増えるからプラスにはなってないけどね……」
はは、と乾いた笑いを零す皐月に、柊は何とも言えない気持ちになった。
考えてみれば、自身以外の三人もらいばーほーむに選ばれし者なわけなので、当然相当大変なことは予想されているわけで。
あと、もう一人の内定枠は既に知られていると言うか……まあ、わたもちママなんじゃね? とは噂されていたりはするが。
「それで、約束とは?」
「あぁ、うん。この先、何があっても私から決して離れないでほしい、ということかな」
「…………んんっ!?」
真剣な表情で繰り出された約束の内容に、柊は驚きの表情を浮かべた。
「ん? どうしたんだい?」
「あ、いえ、城ケ崎さんは自分で何を言ったのか理解しているのかなぁ、と」
「うん? いやだって、これから私たちは運命共同体だろう?」
「重くないですか!?」
柊の問いに、皐月はそれ以外にある? とでも言いたげな顔で、なかなか重いことを言って来た。
「重い? ははっ! 何を言うんだい? 柊君。私は君と言う希望を見つけてしまったんだ。そんな希望が私の前からいなくなるとしたら……私は何をするかわからない。間違って、犯罪に手を染めてしまうかも知れない」
そう話す皐月の目は、どこかハイライトが無いように見えた……気がした。
「ちょっと待ってください!? とんでもないこと言ってません!?」
「あぁ、安心してほしい! 仮に犯罪方面に行ってしまった時は、私が君を養うから!」
「その犯罪方面って俺を監禁する方向に言ってませんか!?」
「監禁なんて物騒なことはしないよ。常識的に考えて」
「常識的に考える人は、犯罪に手を染めてしまうかも知れないとか言わないと思うんですが……」
「うん、とてもいいツッコミだね! 実にいい! これなら問題はなさそうだね!」
「はい?」
「あぁ、今までの一連の流れは、君を試しただけさ。……まあ、6割くらい本気だったけど」
「あの、今さらっとヤバいこと言ってませんでした……?」
「気のせいだよ。まあでも、本当に君のような人が入って来てくれるようで、私は嬉しいよ」
「そ、そうですか。まあでも、ご期待に応えられるように頑張りますよ」
「うん、期待しているよ」
『皐月ちゃーん! どこー!』
と、そんな風に話していると、どこからかシスコンの声が聞こえて来た。
「おっと、愛菜が呼んでるみたいだ。じゃあ、私はこれで失礼するよ。君のおかげで、かなり気が楽になったよ。ありがとう」
「俺としては色々と心臓に悪かったんですが……まあでも、気が楽になったらよかったですよ。明日も、頑張ってくださいね」
「……あぁ、頑張るとも。それじゃあ、気を付けて帰るんだよ」
「ありがとうございます。では」
そう言って、柊は皐月との会話を切り上げて宿泊しているホテルへ帰って行った。
「……ふふふ、絶対に逃がさないからね……柊君?」
尚、後ろでちょっとヤバめな感じになっている皐月に、柊が気付くことはなかった。
◇
皐月との会話を切り上げた柊は、途中でハンバーガーチェーン店に寄って、テリヤキバーガーのセットを買ってからホテルへ。
「……なんだって、こんな高いホテルなんだろうなぁ……」
柊は現在宿泊しているホテルのやたら高級感がありまくる内装に微妙な気分になっていた。
服装としては、普通のTシャツに内側がふわふわの温かいパーカーとスキニーパンツというごくごく普通の男子高校生と言った出で立ちなので、それはもう浮いている。
さすがに場違いだろう……というのが、柊の率直な気持ちである。
あと、手にハンバーガーチェーンの袋を持っているのも余計に浮いている要因である。
さっさと部屋に戻ろうと思い、エレベーターに乗り込んだ直後、三人の女性が楽しそうに会話をしながらエレベーターに乗り込んできた。
「やー、まさか双葉さんたちも同じホテルだったとはねぇ」
「わたくしも驚きました。それにしても、美鈴さんも同じだったとは思いませんでしたわ」
「うふふ、そうですね。不思議な縁でもあるのでしょう」
三人とも違った魅力のある女性だったので、柊としてはどこか居心地が悪くなる。
(ん? あの女性……体育祭の時にいなかったか……?)
ふと、三人の内の一人の女性が体育祭に来ていた女性だと言うことに気付く。
ともあれ、女性三人に、男一人という状況はなんだか気まずく感じたので、柊としては早くエレベーターから降りたいと思った。
もしくは、先に三人が降りてくれないだろうか、と思ったのだが……一向に降りる気配がない。
そうこうしている内に、柊が宿泊している階に到着。
ようやく抜け出せると思ったのも束の間。
「あ、ついたみたいだね」
「やはり高いですわ。ここのエレベーターは変な揺れが少ないからマシですけど、場所によっては少し酔いそうになるんですよね」
「私はあまりこのような昇降機に乗る機会が少なかったので、新鮮な気持ちです」
どうやら、三人も同じフロアだったようだ。
しかも、進行方向が同じ。
別にストーキングしているわけではないのに、何か悪いことをしている気分になるのは、小心者だからだろうか、と柊は思う。
幸いなのは、前の三人が柊のことを気にしていないことだろう。
気分的に落ち着かない状況が続きつつ、ようやく宿泊している部屋に到着。
「あら? みなさんお隣さんでしたのね?」
「ほんとだ! やー、すげぇ確率ですねぇ」
「そうですね。しかし、この階層には私たちとそちらの男性の方以外はいないようですが?」
「――っ」
やたら美人で物腰柔らかな女性が柊のことを言うと、他の二人から視線が集まる。
なんでここでこっちに視線を誘導した!? と、柊は心の中で叫んだ。
「言われてみれば。あの、あなたはわたくしたち以外の方を見かけましたか?」
しかも、話しかけて来たので、柊の体が思わずこわばる。
(なぜ話しかけてくる……!?)
「あ、あー、いえ、俺も見てはいない、ですね。たまたまいないだけじゃないんですか……?」
「ん~、でもさ~、こんな高いホテルで客室が埋まってないのは、おかしくねぇですかね?」
「そうですね~。ですが、ここから上二つの階層は貸し切りとのことですが」
「となると……こちらのフロアも貸し切り状態? しかしどうして?」
「あ、あー……すみませんが、俺はこれで……」
うーん? と顔を見合わせている隙を見計らって、柊は苦笑いを浮かべながらそう告げた。
「あ、突然失礼致しましたわ!」
「ごめんねぇ」
「申し訳ありません。どうぞ、お戻りください」
「あ、はい、では」
引き留められるなどということもなく、柊は部屋に戻ることが出来た。
「それにしても、貸し切り…………俺を含めて、この階の人数は四人…………いや、まさかな」
何かに思い当たった柊であったが、さすがに考えすぎかと小さく笑うと、買って来たテリヤキバーガーセットを食べて、シャワーを浴びて適当にくつろぐのであった。
活きのいいカキのみなさんなら、察しが付くかもしれませんね! 何が、とは言わないけど。
それにしても、なんかこう……気が付いたら、たつなにヤンデレ属性が追加されたような気が……気のせいだよね! 常識人がそんなことになるわけないよね! 今更そんな強めの個性を入手するわけないよね! うん! きっと大丈夫!
まあでも、たつなって愛が重そうだよね。なんとなく。




