イベント1日目#1 会場前の三人
実にらいばーほーむらしい音頭で行われた円陣から、らいばーほーむメンバーたちは差し迫るイベント開始までに、最後の確認を行う。
1日目のイベントである、おしゃべりコーナーは開場からすぐ始まるわけではなく、2時間後から開始だ。
イベント開始が9時からなので、11時からとなる。
おしゃべりコーナー自体に台本など存在せず、その場のアドリブで行うのでそう言う意味では確認は不要なのだが、機材チェックなどは必要なので、全員その確認を行っている。
そして、只今の時刻は午前8時半。
開場30分前だ。
会場前では、数多のらいばーほーむファンたちが今か今かとイベント開始を待っており、そわそわする者たちが多い。
その中には、当然……
「いやー、人が多いねぇ」
「まあ、そうだな」
椎菜の大事な親友である、麗奈もおり、あとなぜか柊の姿があった。
「それにしても、髙宮君、チケット持ってたんだね?」
「あー……まあ、なんと言うか、いろんな事情があってな」
諸事情で応募していないと言っていたはずの柊が、なぜかチケットを持っていることに疑問を覚えた麗奈は、そのことを指摘すると、柊は何とも言えない曖昧な表情を浮かべた。
「へぇ~? その事情ってもしかして、トップシークレットなあれ? まだ、あたしと椎菜ちゃんしか知らない奴」
「……それ、俺はどう返答すればいんだ? 何を言っても肯定ととられるんだが?」
ニマニマとした笑みを浮かべながら放った麗奈のドストレートなキラーパスを受け、柊の表情が苦い顔に変化。
「その時点で肯定と同じでは?」
「それもそうだな。まあ、その通りだ。とはいえ、これは秘密にな。椎菜にも」
「それはもちろん。でも、どうやって誤魔化すの?」
「あー……なんて言えばいいか……とりあえず、俺の両親が代わりに応募してた、とでもしておいた方がいいか?」
「んまあ、かなり苦しい言い訳だけど、いいと思うよ? 苦しいけど。あとそれ、田中君と佐々木さん、あと先生にバレたらクラスに広まるよ?」
「……それは勘弁してほしい、が……いや、先生にならバレてもいい、か?」
「田崎先生、超が付くほどの人格者だもんねー。案外近くにいたりしてー」
「さすがに、そんな偶然はないだろう。と言うより、俺と鉢合わせたこと自体が偶然――」
冗談めかして言う麗奈のセリフに、柊が苦笑しながらその言葉を否定すると……
「――ほう、プライベートだからと声はかけずにおいたが……まさか、お前たちがそんなことを思っていたとはな。うん、素直に照れるし、嬉しいぞ」
「「へ?」」
ちょんちょんとそれぞれの肩を突かれると共に、普段から聞いている声が聞こえて来たので、どこか呆けた声を零しながら裏を振り返ると、そこには見知った顔の人物が少しだけ顔を赤くしながら笑顔で立っていた。
「おはよう、朝霧に高宮」
「あ、あれ!? 先生!?」
「ど、どうしてここに?」
「決まってるだろう? 私もチケットが当たってるからな。というか、その言葉は私のセリフだよ、高宮?」
「うっ……」
「確かお前は、諸事情で応募していない、とか言っていたな? それがどうして、ここに?」
話の内容が内容だけに、星歌は周囲には聞こえないように、小声で柊に問いかけていた。
その表情は、どこか楽しそうなあくどい笑みだったが。
「……色々、ありまして」
「ほーう? ……いやまあ、生徒のプライベートなことだし、私が根掘り葉掘り聞くわけにはいかないんだがな」
あくどかった笑みが一転して、微笑みに変わり、苦い顔をする柊の言葉にそう返した。
「あれ、先生無理に聞き出そうとしないの?」
「そんなこと、教師の私がするわけないだろう? ましてや、担任を受け持ってるクラスの。それに、高宮はただでさえ、普段から苦労人だと言うのに、それをこの私が余計に苦労させるわけにはいかないさ」
「……ありがとうございます。その、本気でアレな感じなので」
「そうか。まあ、いいさ。ところでお前たちは二人で会場内を見て歩くのか?」
「そうです!」
「はい。せっかく鉢合わせしたので、どうせなら二人で、となりまして」
「なるほど。なら、私も一緒していいか?」
二人で一緒に行くと返って来たので、星歌は自分も一緒にしていいかと二人に尋ねた。
「もちろんです! でも、先生は一人じゃなくていいんですか?」
「プライベートで生徒と一緒って、教師的に……」
「気にするな。というか……まあ、あれだ。私ももうアラサーだからな。まだ29だが、3月で30になる。正直……一人でこういうイベントを回るのって、辛くないか?」
「「あ、あー……」」
星歌の遠い目と共に放たれた理由を訊いた麗奈と柊の二人は、色々と察してなんとも言えない表情になった。
星歌、生まれてこの方一度も恋人が出来たことがない。
もちろん、容姿が整っていないなどはなく、むしろ美人であると言えよう。
しかし、しかしだ。
どうにも星歌には男運がなかった。
性格はいいし、顔もスタイルもいいのに、一度足りとて彼氏が出来たことがない……。
それなりに彼氏が欲しいとは思っているのだが……。
「というわけで、アラサー独身女一人で回るのも少し寂しくもあるので、若いお前たち二人と一緒にいた方が、楽しいと思ってな」
「先生、聞いてて悲しくなります……」
「前々から思うんですが……先生は恋人がいそうなのにいないですよね……」
「余計なお世話だが? いやまあ、その理由もなんとなくわかってはいるんだがな……」
「そうなんですか?」
「あぁ。仲のいい同僚と話している時に言われたんだよ。星歌さんって、下手な男よりカッコいいから、女性にモテるタイプの人ですよね、って」
ちなみに、それを言って来たのは、同じ学園にいる愛澤由愛(28歳現国彼氏持ち)である。
地味に彼氏持ちなのが腹立つ、とは星歌の談。
「まあでも、結構わかるかも?」
「朝霧……」
「いや、いいよ、高宮。正直、私も思うところがないわけじゃない。私は担当しなかったが、昔やたら同性にモテる生徒がいてな。私はその生徒と同じタイプだな」
「へぇ~! ちなみにその人って今は何してるんです?」
「ん? たしか、モデルをやってるとか言ってたな。生憎と、私はそんなに接点が――ってどうした? すごい顔してるぞ?」
星歌が口にした特徴に、麗奈と柊の二人は、玉虫色な表情を浮かべていた。
笑顔のような苦い顔のような、焦った顔のような、そんな顔だ。
特に柊。
(それ、城ケ崎さんだろ……)
(絶対城ケ崎さんのことだよねぇ……)
「うちの学園はなかなかにぶっとんだ方へ進路を進める奴が多いから、ある意味特色通りとも言えるけどな。あぁ、進路で思い出した。お前たちももうすぐ三年生になるんだし、本格的に進路は考えておけよ? こういうのは早め早めの方がいい」
「先生! さすがにこんな楽しいイベントの前に言わないでくださいよぉ!」
「安心してください。俺はもう、進路は決めてるので」
「さすが優等生だな、高宮。とはいえ、朝霧の言い分ももっともだ。悪かったな。あぁ、宿題はやれよ?」
「思い出させないでくださいよぉ~~~~~~~~!」
「はははは! いやしかし、こうして誰かと一緒にこういうイベントに参加できるのはありがたい限りだ」
麗奈の悲痛な叫びに、星歌はからからと笑ってから、そう呟く。
その表情は本当に楽しそうであり、普段の星歌とはまた違った笑顔だ。
「先生は先生同士で行こうとは思わなかったんですか?」
「あー……生憎と、教師で当たったのは私だけでな」
「あっ……」
「おかげで阿鼻叫喚だ。一応言わなかったが、今日明日と有休を取得してるから、バレてるとは思うがな」
「そうなんですね。でも先生、よく有給が取れましたね?」
「うちは有休が取得しやすい職場でな。おかげで助かってる。お前たちも、将来は有給取得が簡単にできる会社にしろ? 大変だから」
「もちろん! ブラック企業に当たらないようにします!」
「それでいいのか? 朝霧……まあ、俺もそう思うが」
「いやむしろ、髙宮君は実質ブラック環境に行こうとしてるよね?」
「それを言わないでくれ……俺も、胃が少し痛いんだ……」
麗奈の指摘に、柊は苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべながら、胃が痛そうに腹部をさすっていた。
らいばーほーむに入ることが決まっている柊は、参考として自信を引き入れた張本人である、春風たつなの配信をここの所よく見ていた。
その中には、ツッコミで苦労している場面が圧倒的に多く、ここ数ヶ月の間は特にそれが顕著だった。
原因は、どこかの親友兼幼馴染のお狐ロリ(子持ち)が、二期生の常識人を過去の者としたことである。
それを見た柊は、今から自分がそこに入ると思うと、胃が痛い、と最近は思っている。
「なんだ、髙宮? バイトでも始めたのか?」
「……まあ、似たようなものを少し」
「そうか。まあ、お前は優等生だしな。成績が落ちる、なんてこともないだろう」
『ご来場の皆様、大変お待たせいたしました。開場時刻となりました』
「お、話していたらあっという間だな」
「ですね! って、髙宮君、なんでサングラスに帽子?」
「……椎菜たちにバレないように変装をな。あと、クラスメートとかにも」
ふと、隣にいる柊がなぜかサングラスと帽子をかぶり出していた。
普通に似合ってる辺り、イケメンはさすがと言うか……。
「そっか」
「不思議な入り方をしてるからか」
「そうです……」
「まあいいか。そろそろ前に進むだろうし……あ、それと、今はプライベートなんだ。先生呼びはしないでくれ」
そろそろ前に進むだろうと見た星歌は、プライベート中は先生呼びは止めるようにと二人に言い含めた。
さすがに、プライベートで偶然会ったとはいえ、何も知らない人からしたら色々と誤解を招くと思ったからだ。
主に、柊が。
「じゃあ、星歌さん?」
「あぁ、それでいい。高宮もな」
「いえ、俺は田崎さんで……」
「それでいいよ。年下の男子生徒に名前呼びはむずがゆくなる」
「あ、前に進むみたいですよ!」
「いや、本当に楽しみだな」
「そう、ですね……俺はいろんな意味で胃が痛いが……」
楽しそうにする二人とは別に、なぜか胃が痛そうにする柊に、二人は疑問符を浮かべたが、そんな余裕は無くなった。
というのも……
『『『ごぶはぁっ……!』』』
なぜか、先頭の方で吐血するような声が聞こえたからである!
「え、何事!?」
「ちょっ、前からすごい声と音が聞こえて来たぞ!?」
「なになになに!?」
と、突然の出来事に、周囲でも何があったと騒がしくなる。
すると、それを見計らってかアナウンスが入った。
『ご来場の皆様はお知らせします。現在、入り口で流れている館内ボイスによって、多数の失血死が確認されております。多少血で汚れても、専門業者を呼ぶため汚れは解消できますが、それでも限度がありますので、鼻血、もしくは吐血用のエチケット袋をご準備の上、ご入場下さい』
という明らかにVTuberのイベントで絶対に聞かないであろう、わけのわからないアナウンスが流れた。
が、そこはらいばーほーむのファンたちである。
大体の者たちが入り口に何があるのかを概ね察し、カバンの中からエチケット袋を取り出した。
シュールである。
ちなみに、柊と星歌は出していない。
「……俺、色々と察したよ」
「奇遇だな、高宮。私もだ」
「いつでも死寝る準備はできてます!」
「朝霧……」
死ぬ気満々な生徒とかどうなんだ? と星歌は思ったが、原因がアレなら仕方ないだろうと思うことにした。
そうして、先へ進んでいく内に、ようやく三人が入場する番となり……
『おにぃたま、おねぇたまっ! らいばーほーむイベントに来てくれてありがとうっ! いっぱいいっぱい楽しんでもらえるように頑張りゅっ……あぅぅ~~~っ! か、噛んじゃったよぉ~~~~っ! や、やり直し……へ? こ、これでいくんですかぁっ!? ふぇぇぇ~~~~!?』
という館内アナウンス(神薙みたま)が流れた。
しかも、まさかの久々の噛み芸を披露してのボイスだったので……
『『『ごぶはぁっ!!』』』
それはもう、死人が出た。
「へ、へへ……さすが椎菜ちゃん……! 吐血はギリギリしなかったけど、鼻血は出たよ……」
「やっぱりか……」
「……どこへ向かってるんだろうな、本当に」
吐血はしなかったが鼻血はだらだらと流れる麗奈とは対照的に、額に手を当てて頭の痛そうな顔をする柊と、やれやれと肩をすくめる星歌は、周囲のイベント参加者たちから、まるでバケモンを見たかのような反応をされていたのだが……二人は気付かなかった。
時系列通りに進む関係上、今回のイベント編は閑話と本編の区別がありません! あと、やっぱり参加者側の視点も必要だからね! ただ、ステージとおしゃべりコーナーだけは、区別が入ると思います。3人称だけど。
いやぁ、それにしても……なーんで柊がいるんでしょうねぇ!
チケットは応募してなかったはずなんですけどねぇ……。
あ、これは余談ですが、今回のイベントには、神様の参加者もいますし、実はどこかの天使もいたりする。その天使は、溜まりに溜まった仕事を全力で片付け、実に数万年ぶりの有休を一ヶ月取得して下界に来ております。よかったね! 天使! あと、ついでとばかりに愚痴を上司(神々)にぶちまけた上に、ストライキするよ? と匂わせたので、天使さんの労働環境は改善されます。




