バレンタイン特別IF:メイン#1 椎菜×麗奈の場合
2月14日バレンタイン……いやもう、五度目なので、割愛。
とにもかくにも、恋に恋する乙女たちがある意味バーサークする日であり、人によっては日ごろお世話になってる人たちに感謝の品を渡す日でもある。
所謂、友チョコなどだ。
まあ、友チョコは基本的に同性間で渡すような感じなので、ちょっとあれだが、男性へ送るのであれば義理チョコが正しいだろうか。
中には、義務感で送る人もいそうだが。
そんな中、ある意味ではバレンタインにちゃんと参加するのが初な人が一人。
「うーん、初めてバレンタインチョコを作るけど……どんなのがいいかなぁ」
椎菜である。
椎菜は8月の頭頃からロリ巨乳美少女に変化してしまったという、なんとも数奇な状況に出くわしてしまった、元男の娘だ。
当然、元々が男なので、バレンタインは上げる側、ではなく、貰う側、だったのだが、今の椎菜はどこからどう見ても美少女(元の姿も美少女ではあったが)、なので椎菜は思った。
『僕もチョコレートを作ればいいのでは?』
と。
あとはあれだ、この体になってからお世話になっていると言っても過言ではない、柊と麗奈へのお礼も兼ねている。
まあ、それを言ったら、らいばーほーむのメンバー全員へのチョコも作る気ではあるが、それでも日常面を支えてもらってる二人、特に麗奈などは、今の体になってから親密になった人物。
特に、女同士でしか入れない場所では何度も助けられている。
修学旅行時の時もそうだし、学園祭のシャワーの時も。
いきなり男から女になった自分に対して、いきなりではあるのにここまでしてもらえて嬉しい、というのが椎菜の気持ちではあるが、同時に申し訳なさもあった。
なにせ、元男なのだ。
元々美少女みたいなビジュアルをしてはいたものの、れっきとした男性であり、そんな自分に裸を見られるのは嫌じゃないのかな、みたいな。
まあ、元の椎菜を男だと思っていた者はあまりにも少ないので、考え過ぎではあるが。
「ん~、麗奈ちゃんには何がいいかな~」
なんて、椎菜は頭を悩ませる。
お世話になった人にはいいものを作ってあげたい、それが椎菜の偽らざる本心だ。
まあ、料理好きでお菓子も作る椎菜としては、あまり妥協したくない、というのも本心ではあるが。
「うん、ガトーショコラにしよう」
色々悩んだ末、ガトーショコラになった。
それから椎菜は、頑張って大量のチョコレートを作るのであった。
◇
「うぅむむむぅ……」
そして別の場所では、一人の美少女が台所で唸っていた。
麗奈である。
「うーむぅ、椎菜ちゃんへのチョコ、何がいいかな……」
そう、麗奈も麗奈で椎菜にチョコレートを渡そうとしていたのだ。
普段の日常において、椎菜は麗奈に助けられてる、と思ってはいるが、それは麗奈も同じであった。
基本的に、癒し系な椎菜は、それはもう一緒にいるだけで癒されるような、そんな存在だ。
麗奈は椎菜と一緒にいるようになる前は、何かと気苦労するタイプでもあった。
まあ、その理由には嫉妬ややっかみなどもあるのだが。
麗奈は世間一般で言うところの、美少女に分類される容姿をしている。
そのためか、昔から普通に異性にモテて来た。
それは高校に上がっても変わらず、学内でも有名なイケメン男子から告白をされたことがあったし、それ以外にも普通に告白されることも多かった。
だからか、麗奈の人となりを知らない人からすれば面白くないと思うもので、たまーに陰口などを見かけては、少なからずダメージを受けていた。
とはいえ、基本的に明るい性格をしている麗奈なので、それをおくびにも出さないが。
だがしかし、当然ストレスは溜まるわけで。
色々と辛いなぁ、などと思っていたそんな折、椎菜と関わるようになった。
元々、男の頃から椎菜とはそれなりの接点を持っていたのだが、あのプールの時以降から仲良くなり、いろんな秘密を共有したり、ファンタジーなことに遭遇したりなどなど。
もちろん、そこにいつも一緒にいる柊のことも麗奈は気に入っている。
恋愛面としてはそうでもないのだが。
普段の椎菜はふんわり柔らかく、いつも周りを癒してくれるような、そんな存在故に、麗奈も大層癒されていた。
本人に言っても、そんなことないよ~、とか言うのだろうが、そんなことは麗奈には関係ない。
「うーん、椎菜ちゃんはあんまり甘いものが得意じゃないって言ってたし……あ、でも、チョコは大丈夫なんだっけ? まあでも、甘さ控えめの方がいいよね? うーん、そうなると何がいいかなぁ」
うむむ、と頭を悩ませる。
麗奈自身、あまり料理はしないし、お菓子作りも学校の調理実習か、妹に振舞うための簡単なクッキーくらいしか作ったことがない。
当然、どういう種類があるのか、という知識も少ないわけだ。
「うぅぅん、うぅぅぅぅぅん…………あ、これ……」
何かいいレシピはないか、と唸りながら手に持ったタブレットをスクロールさせていくと、一つのレシピが目についた。
「チョコムース……なるほど、これならいいかも……中に果物を入れてもいいかもしれないし……たしか椎菜ちゃんは酸っぱい物が好きだったはず……うん、これにしよう! これ作ろう!」
というわけで、麗奈のチョコムース作りが始まった。
◇
それから時間は過ぎて、バレンタイン当日。
ここまで読んでいる以上、学園のバレンタインパーティーについては知っていると思うので説明は割愛。
椎菜はたくさんのチョコレートを手提げ袋(実は手作り)に入れて学園に登校。
柊や麗奈、らいばーほーむメンバーへの贈り物は別の袋に入れている。
麗奈の方は、頑張って作った椎菜へ送るためのチョコムースが入った小箱を大事にしまいながら登校。
尚、柊へのプレゼントも同時に作ってある。
「おはよ~」
「おっはよー!」
と、偶然椎菜と麗奈はほぼ同じタイミングで教室に着いた。
一応、別々の場所から来たのだが。
「あ、椎菜ちゃん、おはよう!」
「うん、おはよう、麗奈ちゃん」
二人はお互いに挨拶をしながら教室内に入った。
教室内では、そわそわとしている男女がそれなりにいる。
まあ、そわそわとしているのはほとんど男子なのだが。
チョコ、貰えるかな~、欲しいな~、と興味なさげにしながらも、そんな考えが透けて見えるくらい、そわそわしている。
中には、意中の相手でもいるのか、その女子にチラチラっと期待の籠った視線を向ける者もいる。
女子にも同じような感じの生徒はいるが。
「おはよう」
ほどなくして柊も教室に入って来た。
すると、男子たちの視線が鋭いものに変わり、それらが柊に降り注ぐ!
なぜこうなのかは……まあ、クラスで一番異性にモテるのが柊なので。
あと、去年はすごいことになっていたから。
「……はぁ、今年も大変そうだな」
「おはよう、柊君」
「おっはよう!」
「あぁ、二人ともおはよう」
「高宮君は大変そうだねぇ」
「……本当にな。去年も鬼ごっこになったから大変だった記憶だ」
麗奈に言われて、柊は辟易とした表情を浮かべた。
「柊君、毎年そうなってるよね」
「本当に厄介だし、面倒だがな……」
とはいえ、そうなる気持ちもわからないでもないので、柊としては何とも言えない。
毎年恒例ではあるので、もう慣れた物だ。
「おーし、お前ら席に着けー。出席取るぞー」
三人が話している途中で、担任の田崎星歌が入って来た。
そこで立ち話などをしている生徒たちは自分の席に戻る。
「よし、席に着いたな。知っての通り、今日はバレンタインデー当日。お前らも去年参加したから知ってると思うが、今日は学園側主催でバレンタインパーティーだ。学内でも学園側が用意したチョコレートや、菓子類なんかが用意されてるので、食べたい人は好き放題食べてくれ。それから、家から持ってきたチョコレートを渡そうとする奴らや、貰う奴らもいるだろうが、まああまり羽目を外し過ぎないようにな。あと、貰えないからって当たるなよー。特に、高宮相手にな」
『『『ぐっ……』』』
教師に釘を刺されたことで、実行しようと考えていた男たちは悔しそうな顔になる。
尚、女子は冷えた目で見ていた。
「というか、今年に限ってはお前ら全員、追われる側だと思うがなー」
『『『え?』』』
「そんじゃ、以上でHRは終わりだ。さっさと帰りたい奴はこのまま帰っていいからな。下校時間は18時。それまでは、制服であれば学園内に出入り自由なんで、まあ、楽しむように。以上だ。解散」
そう言って、星歌は教室を出て行こうとして……
「あ、先生、ちょっと待ってもらってもいいですか?」
椎菜に止められた。
「ん、なんだ? 桜木」
「えっと、これ、どうぞ!」
星歌の足を止めると、椎菜はやたらと箱が入った(けれども、綺麗に入れられているが)袋から、一つ箱を取り出すと、星歌に手渡した。
「これは……バレンタインか?」
「はい! 先生には、お世話になってますし、お姉ちゃんもすごくお世話になってますから! できればまた、お姉ちゃんとお酒を飲みに行ったりしてくれると、お姉ちゃんすっごく喜ぶので」
「ははっ! そうか、ありがとう、桜木。なら、あいつに連絡でもして、また飲みにでも行くかな」
「是非! お姉ちゃん、絶対に喜びます!」
「あぁ。それじゃ、今度こそ私は職員室に戻るよ。チョコ、大事に食べさせてもらうぞ」
「いえいえ!」
ナチュラルに教師にチョコを渡すと言う椎菜の姿に、女子たちは思った、
『女子より女子してる……』
と。
今の姿ならなんら問題も無ければ、違和感もないのだが、そこはそれ。
「あ、そうだった。クラスのみんなにもチョコレート上げるね!」
『『『え!?』』』
まさかの椎菜の発言に、クラスメート全員(柊は除く)が驚きの声を上げる。
昨年椎菜と一緒のクラスだった者でも驚きのことである。
まあ、昨年の椎菜は普通に男だったので作らなかっただけなので、無理もない。
ある意味、椎菜はみんなにチョコを渡せる、とちょっと嬉しそうにしていたりする。
驚き呆けるクラスメートたちをよそに、椎菜は大量の箱が入った袋を持って、クラスメートのたちに配って回る。
「どうぞ!」
「あ、ありがとな」
「どうぞ!」
「ありがとう、椎菜ちゃん!」
「どうぞどうぞ!」
「やべぇ、すっげえ嬉しい……」
「嬉しすぎる……」
反応は様々ではあるが、基本的には嬉しそうだし、中には泣きそうになってる者もいる。ほぼ男子だが。
「えーっと、柊君にはこれ!」
「ん、ありがとな」
「それで、麗奈ちゃんにはこれ上げるね!」
「ありがとうっ! 椎菜ちゃん! でも、あたしと高宮君だけ取り出した袋が違ったね? 何か違いがあるの?」
「あ、えっと、あんまりこういうのも良くないんだけど……二人は普段からいっぱいお世話になってるから、中身が違うの。柊君にはトリュフチョコレートで、麗奈ちゃんにはガトーショコラが入ってます!」
「なるほどな。概ね、折角女の子になったんだし、今まで作ったことがないお菓子に挑戦しよう! とか思ったんだろう」
「えへへぇ、バレちゃった?」
「そりゃな。しかし、そうか。……椎菜、ちなみになんだが、クラスメートにはどんなのを?」
はにかむ椎菜に、柊は何かに思い当たったようで、少しだけ頭を痛そうにしながら、椎菜にそう尋ねていた。
「ふぇ? んーと、いろんな形に作ったチョコレートかな? 猫さんだったり、うさぎさんだったり、あとは狼さんや鳥さんとか!」
「なるほどな。で、俺と朝霧はある意味特別、と」
「そうなる、のかな?」
その瞬間、男子たちの嫉妬心が吹きあがる!
「あー、悪い、二人とも。今日の俺は、一緒に回れなくなった」
「どうしたの?」
「なるほど。高宮君も大変だねぇ」
「本当にな……」
「そんな高宮君に、あたしからもチョコを上げよう!」
「ここでチョコを渡すとか鬼か!?」
「野郎、やっぱいい思いしてやがる……」
「許せねぇ……」
「俺たちも手作りチョコを貰えたから全然いいが、クソッ、やはり特別扱いなのかッ!」
「やるか?」
『『『やろう』』』
「というわけだ、俺は逃げる!」
『『『待てや高宮ァァ!』
殺気が放たれた瞬間、柊は縮地でその場から逃走を始めた!
ロリ巨乳美少女からチョコレートを貰ってはいても、結局は鬼ごっこをする羽目になる柊であった。
「あっ、柊君!?」
「行っちゃったねぇ。大丈夫なのかな?」
「う、うーーん、毎年ああしてるし、いつも無事に次の日も登校してくるから大丈夫だと思う、よ? それに、僕が止めても、逆効果だー、って柊君に言われると思うし……」
「それは確かに。というか絶対言うよね。経験談?」
「……うん」
「そっかー。じゃあ、二人で回らない? あたし、椎菜ちゃんと一緒に回りたい!」
「あ、うん、それはもちろん! じゃあ、一緒に行こ!」
「やった!」
そんなわけで、二人は一緒に学内を回ることにした。
◇
「今年で二度目だけど、すっごく賑わってるねぇ~」
「そうだね~」
「あ、見て見て椎菜ちゃん! あそこでも告白が!」
「わ、わわっ、す、すごいなぁ……」
「しかも成功してるみたい! うわぁ~、青春だねぇ~、いいねぇ~」
なんて、そんな話をしながら学内を歩いている二人。
学園内はまさにバレンタイン一色。
そこかしこで甘い香りが漂っているし、甘ったるい雰囲気なんかも漂っている。
元々カップルだった者たちがいちゃついたり、今日からカップルになった者たちが初々しさをまき散らしながらいちゃつく。
椎菜と麗奈の二人も、告白現場を何度か見かけてるほどだ。
何気に、恋愛に積極的な生徒が多いようである。
「椎菜ちゃんは、やっぱり恋人を作らないの?」
甘ったるい周囲の雰囲気に当てられたのか、麗奈がそんな質問を椎菜に投げていた。
「僕? うーん、欲しくない、といえば嘘になるけど……今は女の子だからね。多分、僕が恋人さんを作るのは難しいと思うなぁ」
なんて、苦笑い交じりに質問に答える椎菜だが、麗奈は思った。
(椎菜ちゃんが告白するだけでOKしそうな人、いっぱいいるんだけどなぁ……)
みたいな。
ちなみに、頭の中に浮かぶのは、いつも妹優先のシスコン、とんでもないロリコン、おぎゃってるツンデレの人、のじゃロリ魔王、他にも四期生のアレとアレとか。
まあ、色々と頭の中に浮かぶが、椎菜はさすがに女の子の僕を恋愛で好きになってくれる人はいないよねぇ、みたいに考えているのだが。
(そ、それに……あたしだって、椎菜ちゃんに好きー、って言われたら、絶対OKするし……)
そう、麗奈は椎菜のことが好きだった。
最初から恋愛面で好きだったわけではないが、普段の何気ない優しさというのが、麗奈的にすごくよかったのだ。
結果として、好きだなぁ、付き合いたいなぁ、と思うくらいには惚れている。
「麗奈ちゃん? どうしたの? 顔が赤いよ?」
「あ、う、ううんっ! なんでもないよ!」
「そう? 無理しないでね?」
「もちろん! あ、あっちも行ってみよ!」
「うん!」
顔が赤いことを指摘されて、麗奈は思わず勢いで誤魔化す。
確かに好きではあるが、そもそもそう言う意味で好かれてる自信はないので、今は目の前のイベントを楽しんだ方がいいという思考に戻す。
「はむ、あ、これ美味しい」
「え、どれどれー? ……あ、ほんとだ美味しい」
「色々あって、目移りしちゃうね」
「だねぇ。まあ、食べるのがメインな人って、ほとんど女の子な気がするけどねー」
「そうかな? 男子の人も食べてるよ?」
「中には恋愛より食い気、っていう人もいるからねー」
「麗奈ちゃんはどっちなの?」
「あたしはぁ……両方、かなぁ」
「え、麗奈ちゃん好きな人いるの?」
麗奈の回答に、椎菜は驚いたような表情でそう尋ねる。
すると、麗奈はしまった、という顔を浮かべた。
「あ、あー……ひ、秘密、ということにしてもらえると……」
「もちろん。無理矢理聞き出すー、なんてことはしないよ~」
「ならよかった! というわけで、椎菜ちゃん、はいこれ、あーん」
「ふぇっ」
「椎菜ちゃんの好きそうな奴だなー、って思って。あーん」
「あ、え、えと、じゃ、じゃあ、あーん………あ、美味しいっ」
「でしょー? これ、中にイチゴのソースが入ってるみたいでね、こっちはブルーベリー」
「へぇ~~! これなら食べやすいかも!」
と、気に入った味の物を食べて、椎菜はとても楽しそうだ。
その表情は大変可愛らしく、そして魅力的である。
麗奈、思わずドキッとする。
「じゃあ、僕からも! はい、あーん!」
「えっ」
「してもらったんだから、麗奈ちゃんも!」
そして、あーんをされたらお返しを! となるのが椎菜である。
やられたらやり返す、ではないが、してもらったことは返したくなるのである。
それも、にこにこ顔ですごく楽しそうな笑顔を浮かべているので、かなり魅力的だ。
「じゃ、じゃあ、あーん……あ、本当だ、美味しい」
「だよね! えへへぇ、これならいっぱい食べられるなぁ」
「椎菜ちゃんって、結構食べるよねぇ」
「そうかな? でも……そうかも? 食べることは好きだからね~」
「その割には太らないけど……」
「昔から、食べてもお肉が付きにくい体でして……」
「うわぁ、世の女性たちが羨みそうな体質だねぇ」
「麗奈ちゃんも羨ましく思うの?」
「ん~、あたしは常日頃から軽い運動はしてるので特には。健康維持、大事!」
「そっか~」
他愛のない話で盛り上がる二人。
その空気感は、とても穏やかで、二人にとってとても心地よく感じた。
一緒に学園内にある菓子類などを食べて、告白現場に遭遇した際は椎菜は顔を真っ赤にしながら見て、麗奈は楽しそうにその光景を見る。
二人と同じように、告白現場を目撃した生徒たちは、ハラハラしながらその成り行きを見つめている者も多い。
というか、野次馬根性丸出しだし、そもそもこの学園のバレンタインパーティーには暗黙の了解がある。
それは……
『告白するのなら、周囲に見られる覚悟をしろ』
というもの。
まあ、ようするに、好きに告白していいぜ、俺らはそれを見るけどな! みたいな感じ。
なので、学園内で告白する=最高のネタ、というわけだ。
それがわかっていて告白をする者が多いのだから、それくらい恋愛に全力なのだろう。
「え、えっと、こちらこそ、よろしく」
「~~~~っ! 嬉しいっ!」
『『『お~~~!』』』
と、どうやら椎菜たちが見ていた告白現場は見事成功したようだ。
告白された男子は、照れくさそうにしながらも、告白を受け入れ、告白した女子の方は感極まって抱き着いた。
そんな光景を見ていた周囲の野次馬たちは、祝福するかのように拍手を送る。
なかには、幸せになれよこの野郎! みたいな言葉も聞こえるが。
告白を見届けたら、再び移動開始。
しかし、行く先々で告白現場が繰り広げられており、椎菜と麗奈はお腹いっぱいです、みたいな反応。
それでも野次馬は多い辺り、刺激に飢えているのかもしれない。
そうして、楽しい時間は過ぎて行き、気が付くと午後三時に。
この行動の間、麗奈はあることを考えていた。
椎菜へのバレンタインプレゼント、どう渡せばいいのだろうか、と。
普通に私も喜んでくれるとは思ってはいる。
しかし、それだけでいいのだろうか? そうも思うのだ。
(そ、それに、せっかくのバレンタインパーティーなんだし……いっそのこと、もう、想いを伝えちゃうのもあり……?)
そう麗奈は思った。
それに、失敗しても少しの間気まずくなるだけで、我慢をすればいいわけで。
椎菜の方が後ろめたく思うのならば、しばらく接点を失くせばいい、とか思う。
まあ、そんなことをしたら、椎菜が普通に悲しむが。
(……うん、ならば、当たって砕けろ! 正直、フラグなんて立ってないようにしか見えないけど、どうせなら告白してすっきりしてしまおう!)
よし、と心の中で意気込む麗奈。
「し、椎菜ちゃん、ちょっといい?」
「あ、うん、いいよ~。どうかしたの?」
言おう、意を決して椎菜に話しかけると、椎菜はにこにこ~といつものほんわかとした笑みで反応してくれた。
麗奈の心臓はバクバクとうるさいくらいに早鐘を打ち、それが耳元でなっているかのように感じた。
言葉が上手く出てこず、熱いわけじゃないのに汗も出てくる。
手汗が酷いし、どこか体が震えてすら感じた。
そんな様子の麗奈に、椎菜はこてんと首を傾げる。
「どうしたの?」
「え、えっと、ね? 椎菜ちゃん。その、ね?」
「うん」
「え、えと……きょ、今日は楽しかったね!?」
ズコー! と、周囲にいた野次馬たちがずっこけた。
実は既に野次馬たちが集まって来ていたのだ。
何せ、バレンタインパーティーの間は、そこかしこで告白が行われている。
故に、野次馬たちは鼻が利くようになったし、目敏くもなった。
あ、あいつ告白するな、という雰囲気を感じ取るのだ。
さらに言えば、告白するのが学年でも有名な朝霧麗奈と、学園一有名な桜木椎菜とあって、野次馬たちは興味津々だ。
そんな中、告白するぞ! みたいな雰囲気を醸し出していたのに、突然楽しかったね! なんて言われたら、そりゃずっこける。
「あ、うん、そうだねっ!」
麗奈の真意など知る由もない椎菜は、麗奈の言葉ににぱっ! とした可愛らしい笑顔を浮かべて答えた。
周りで吐血する声が聞こえたが、気にしてはならない。
「すぅー、はぁー……え、えーっと椎菜ちゃん、あの、驚かないでほしい、んだけどね?」
「あ、うん」
「その、えと……し、椎菜ちゃんって、も、もしも、告白されたら……嬉しい?」
「告白? それはもちろん。でも、僕は男から女の子になっちゃったから、無いとは思うけどね~」
あはは、と苦笑する椎菜。
しかし、麗奈の方はと言えば、椎菜の回答を聞いて踏ん切りがついた。
故に、ここで決めるぅ! と、心の中で自分を奮い立たせた。
「……え、えーっと……じゃ、じゃあ、言うよ?」
「うん」
「い、言っちゃうからね!?」
(((早く言えよ!)))
その瞬間、野次馬たちの心が一つになった。
そして……。
「……す、好きだよっ!」
「………………ふぇ?」
「だ、だから、ね? あの、あたし……し、菜ちゃんのことが好きなの!」
「……………………………………………にゃ!?」
最初何を言われてるのかわからず、椎菜の思考が止まったものの、徐々に言葉の意味を理解していき、最終的にぼんっ! という音が聞こえてきそうなほどに、顔を真っ赤にさせた。
それはもう、ゆでだこのように。
「れ、れれっ、れな、ちゃん……!? え、す、すきって、今、あの、僕のこと……」
「そうだよ! あたしは、椎菜ちゃんが好き! いつも浮かべてる柔和な笑みとか、優しい性格とか、もう、大好きなんです! だから、あの……あたしとぉっ、付き合ってくださいっっ!」
混乱する椎菜をよそに、麗奈は全力で告白をした。
本当はまだまだ言いたいことはあったのだが、人生初の告白だったためか、パニクって上手く言葉が出てこなかったのだ。
しかし、それでも十分すぎるくらいの告白ではあろう。
さて、そんな告白を受けた椎菜はと言えば……。
「ぁ、え、ぇと、その……ぁぅ……」
びっくりするくらい顔を真っ赤にしてあわあわしていた。
しばらくあわあわしていた椎菜だったが、控えめに口を開く。
「…………ぁ、ぁの…………よ」
「よ?」
「……よ、よろしく、おねがいひまひゅっ! あぅぅ……大事なところで噛んじゃったよぉ……」
噛み噛みながらも、椎菜はよろしくお願いします、と答えた。
その瞬間、どよどよと周囲がざわつく。
そして、告白をした当人はと言えば……。
「……え、ちょっと待って? え? え? マジで? 本当に? 本当に、OK……?」
「……ぅ、ぅん、そ、その……麗奈ちゃんのことは好きだし、そ、それに……や、やっぱり、告白されて嬉しいから……あ、あっ、ちゃ、ちゃんと、麗奈ちゃんのことは大好きだからね!? え、えと、告白されたから、付き合う、じゃなくて、えと、その……」
「椎菜ちゃんっ!」
「ふわぁ!?」
椎菜がわたわたしながら何かを言っていたのだが、麗奈はその間に状況が飲み込めて来て、ぎゅっ! と椎菜に勢いよく抱き着いた。
「れ、れれ、麗奈ちゃん!?」
「ありがとうっ! あたし、絶対に椎菜ちゃんを幸せにするからねっ!」
「ひにゃ!?」
麗奈の幸せにする発言に、椎菜が猫のような声を上げた。
『『『おぉぉぉぉぉぉ~~~~!』』』
そして、麗奈が抱き着くと同時に、周囲からは歓声が上がる。
特に、男子からの歓声がすごい。
まあ、中身は普通の恋愛ではあるものの、外だけ見れば百合カップルが成立したようにしか見えないからだ。
あとはまあ、やっぱり美少女同士というのもあってか、それはもう素晴らしかったようだ。
「椎菜ちゃん、これからよろしくねっ!」
天真爛漫な笑顔でそう言われて、椎菜は思わず面食らったが、
「……はぃ」
と、恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに小さく返事をするのであった。
……まあ、それが原因で、
『『『ごはぁっ!』』』
周囲にいた野次馬が鼻血を流し、吐血して死んだが……まあ、いつものことなので、そこはもういいだろう。
――そうして、恋人同士になった二人は幸せな学園生活を続けるのでした。
……尚、付き合いだしたことを知ったシスコンが、じゃあ鍛えるね☆ と言って、麗奈を魔改造したのは言うまでもない……。
それから、麗奈が作ったチョコムースを、椎菜は大層気に入ったそうな。
本当はサブみたいな立ち位置にする予定だった『椎菜×麗奈』ですが、気が付いたらメインみたいな話になったので、メインに変更しました! 仕方ないね!
次は、18時!




