閑話#23 愛菜式護身術教室(笑)
それは椎名が中学一年生の頃のこと。
その日は愛菜も仕事が休みで、なんてことのない休日の昼下がり。
「というわけで椎菜ちゃんには護身術を学んでもらいます」
「お姉ちゃん、護身術ってなんで?」
愛菜は唐突に護身術を学んでもらうと告げると、椎菜はこてんと首を傾げた。
「椎菜ちゃんが心配だからね! ほら、私がいるうちは椎菜ちゃんを全力で守ることはできるけど、いない時は何もできないので。だから! 最低限私が来るまでは身を守れるようになって欲しいと思ったの!」
「そーなの?」
「そうなんです! とはいえ、椎菜ちゃんは運動が得意じゃない上に、体力もあまりないらしいので、最小限の体力で動く方法を教えます」
「うん! お願いします!」
「はぅぁっ! くっ、やはり椎菜ちゃんはカッコいい……!」
花開くような笑顔に、愛菜は思わず胸を抑えた。
この頃はまだ鼻血とか吐血をしていない。
「じゃ、早速講義。いい? 椎菜ちゃん。椎菜ちゃんは体格が小さいです。だからこそ、その小ささを活かして動くことが基本となります」
「ふむふむ」
「相手が自分より大きい場合、不利な面が目立つかもしれないけど、逆に小さいからこそのメリットもあるの」
「そうなの?」
「そうなんです。相手を投げやすくなる感じかな。ほら、私と椎菜ちゃんでも二十センチくらい身長差があるでしょ? で、私くらい差がある人が椎菜ちゃんにストレートなパンチを繰り出すとします」
「うんうん」
「こう、真っ直ぐに拳が飛んで来たら」
そう言いながら、ゆっくりと椎菜の前に腕を伸ばす愛菜。
「で、この時背負い投げの要領で私の腕を掴んで投げる。これが一番手っ取り早いです」
「なるほど!」
「じゃあ、一回実演しよっか。椎菜ちゃん、私相手だから遠慮しないで思いっきりやっていいからね! わからなくても都度私が修正するから安心してね!」
「え、で、でも、怪我しない……?」
「大丈夫大丈夫。椎菜ちゃんを心配にさせたくないので、怪我なんてないない!」
などと言っているがマジである。
というか、椎菜に怪我を負わされた場合、それは愛菜の場合ただのご褒美になるので、実質怪我じゃないという判定。
まあ、そうでなくとも受け身も取れるし、怪我もしないような動きをしてくるので、問題はないのだが。
「じゃあ、やるよー」
「あ、う、うんっ!」
「ふっ――!」
と、愛菜が合図をしてから愛菜はその細い腕で真っ直ぐに拳を放ってきて……
「んっ!」
椎菜はそれを上手く掴むと、そのまま愛菜の力を上手く利用してそのまま背負い投げを決めた。
尚、愛菜の方は普通に両足を地面に着くことで倒れなかった。
「おー、びっくり。まさか一発で決めちゃうなんて」
「え、えっと、今のでいいの?」
「OKOK! 今の感覚! というか、よく一回で行けたね?」
「え、えっと、よくわからないけどなんとなくで……?」
「なるほどー。ということは、ある意味椎菜ちゃんは天才なのかもね、そっち方面に才能がありそう」
「あんまり嬉しくないかなぁ……」
愛菜の言葉に、椎菜は苦笑いを浮かべた。
まあ、これが一般的な男子中学生ならば、そう言う物を喜ぶのかもしれないが、椎菜は争いごとを好まず、むしろ家事などが好きなタイプなので、そこまで喜ぶことはなかった。
とはいえ、こうして自分のために色々してくれる愛菜のことは大好きなので、褒められるのは普通に嬉しいようである。
「これなら案外あっさり私の護身術をマスターしちゃいそうだなぁ」
「そうなの?」
「そうなんです。じゃあここからは座学的なことでも。椎菜ちゃん、いい? 仮に投げられそうにないくらい差がある人が相手だった場合は逃げることが一番の護身に繋がるのはそうなんだけど、もしも簡単に逃げられない! ってなった時は……目を潰す、もしくは鳩尾を撃ち抜く、あとは蹴り上げて潰す。この三つが一番手っ取り早く相手の動きを遅くすることが出来ます」
「あの、お姉ちゃん? 何を言ってるの……? 特に三つ目」
「相手が男性だったらそれで一撃」
「怖いよ!? あとっ、僕もちゃんと男だからね!?」
「それはそれ。でも実際、この辺は結構急所だからね。覚えておくといいよ。まあ、相手が激高する可能性もあるけど、椎菜ちゃんが逃げる時間を作ってくれれば、あとは私が全力で駆け付け、椎菜ちゃんを助けるだけだから」
「お姉ちゃん……!」
にこっと微笑みながら助けると言われて、椎菜は思わずドキッとした。
明らかにヤバいことを言ってるが、椎菜は純粋だし、それ以上に自分のことをここまで好きでいてくれる愛菜のことが大好きだったので、気にならなかったのだろう。
これが後に、あんな化け物になるとは想像もつくまい。
「さっ! このまま色々教えていくから、頑張って覚えてね!」
「うんっ!」
愛菜による護身術レッスンは、和気藹々と進んだ。
◇
「はい、というわけで椎菜ちゃんの幼馴染であり、親友の柊君には強くなってもらいます」
「あの、愛菜さん。突然拉致られた挙句、俺はなぜそんなことを言われてるんでしょうか」
「え? そんなの可愛い可愛い椎菜ちゃんを護ってもらうために決まってるよね? だって、普段は私以上に柊君の方が椎菜ちゃんと一緒にいるし?」
「それはそうですけど……」
時と場所が変わって、柊が中学一年生の春のこと。
普通に街中を散歩していると、つい半年ほど前に椎菜の姉になった愛菜が現れ気が付くと柊は山の中に拉致られていた。
そして拉致るなり、突然強くなれとか言われ、柊は困惑した。
「なので、君には私がこの半年間で学びまくった武術やらなんやらの心得やら何やらを君に叩き込みます」
「拒否権は……?」
「あるわけないよね?」
「デスヨネー」
柊に拒否権など存在していなかった。
そんなこんな愛菜による、柊の強化訓練が始まった。
「ほらほら、甘いよ! 常に周囲を意識する! じゃないと、一方的にぶん殴られるだけだよ!」
「ぐはぁ!? ちょっ、なんですかその動き!?」
殴られそうになったので、何とかギリギリで躱して反撃を入れようとすると、ぬるりとした奇妙な動きで避けられ、一瞬のうちに背後に回られ、思いっきり回し蹴りをもらってしまった。
あまりにもおかしな動き方に、柊は思わずツッコミを入れる。
「様々な武術の歩法を混ぜ合わせた、キメラ歩法」
「あなたは天才か何かですか!?」
「いやいや、椎菜ちゃんを護るためならこれくらい当然の技能」
「ハードルが遥か高みにいやがるっ……!」
当たり前だよなぁ? みたいな顔をして言われ、柊は目の前の人の形をした化け物がいかに化け物なのかを悟った。
というか、しれっと混ぜ物しているのが本当に怖い、と恐怖もした。
あと、実はなんどか攻撃を入れてるのだが、なぜか見てないのに思いっきり躱されるし、しかも流れるように反撃を入れられるしで、一向に勝てる気配がない。というか、一撃も入る気がしない。
柊の心境は今そんな感じである。
既に柊はズタボロだし、泥や汗にまみれている。
反対に、愛菜の方は全くと言っていいレベルで汚れ一つないし、汗一つかいていない。
かれこれ柊がボコボコにされはじめてから三時間くらいは経過しているのだが、やはりこのブラコンはおかしい。
「ハァッ……ハァッ……いや、マジで、勝てる気がしない、んですけどっ……!」
「そう簡単に勝てたら、世の中のお弟子さんたちは師匠越えをしまくってるよ?」
「そりゃそうですけど……でも俺、まだ中一なんですが……?」
「椎菜ちゃんの幼馴染であり、親友になってしまったのが運の尽き! そして、私が椎菜ちゃんのお姉ちゃんになっちゃったことも運の尽き! なに? 投げ出す?」
「……いや、さすがに投げ出しませんよ……ってか、椎菜が心配なのはわかりますし。あと、愛菜さん絶対逃がす気ないですよね?」
「椎菜ちゃんの親友で幼馴染な時点で、私が逃すとでも?」
「デスヨネー」
「さ、椎菜ちゃんお手製お弁当を食べたら続きするよ」
「マジっすか……」
「ちなみに、この後するのは体力作り。柊君にはこれから、この山を上り下りしてもらいます」
「えぇぇぇ!?」
「それが終わったら筋トレ」
「オーバーワークって知ってます?」
「オーバーワーク如きに後れを取っているようじゃ、椎菜ちゃんを任せられないが?」
「いやオーバーワークは普通に不味いですよ!?」
「そうかな? 私もなったことあるけど、椎菜ちゃんの笑顔を見たら治ったし」
「それは愛菜さんがおかしい」
やっぱこの人何かおかしくない? と柊は中学一年生ながらに思ったそうな。
尚、一年ほどかけて、ようやくブラコンが合格を出すくらいには成長した。
その途中の座学で、
「いい? かりに銃を持った人が現れた場合は、速攻をかけるのが一番です。相手の視線を見て、どこを撃つかを予測して、懐に潜り込んだら急所を撃ち抜く。これだけで勝ちです」
「いやあの、銃を持った人を相手を想定する時点でおかしいんですが」
「集団戦の場合は同士討ちを狙おうね。あと、環境を利用する。遮蔽物とか。それがない場合は一人を人質に取ればOK。まあ、人質諸共攻撃しようとしてきたら、逆にその人を投げ飛ばして隙を作ってから、落ちてた銃をぶん投げましょう。さすがに、発砲しちゃだめだからね」
「いやそこじゃないですが!? 法治国家日本でそんなこと起こり得ないと思うんですが!?」
「何を言う! 椎菜ちゃんの可愛さは世界トップレベル! つまり! 椎菜ちゃんを狙ったテロリストが現れるかもしれない! なので、起こりうる問題を全て想定するのが一番なのです!」
「えぇぇぇぇ……」
こんな一幕があったそうだが、柊はダメだこの人早く何とかしないと、と本気で思った。
ちなみに、柊は本当に銃撃戦想定の動きができるようになったし、実は無駄に武器の扱いも上手くなってしまった辺り、愛菜の指導力はとても高いもののようだった。命の保証はしないが。
はい、一週間ほどこちらでは動きがなかった本作です。
すまんね! もうぶっちゃけるんですが、カクヨムとなろうで相違点がかなりあります。ある意味完全版は向こうとも言える。なろうよりも、カクヨムの伸びがちょっとおかしく、向こうにしかない話、というのも実はあったりします。申し訳ない。
それからこっちは本編の話。そろそろ、四期生メンバーでもちらほらと出そうかなぁとか思ってます。現状柊だけですからね、確定してるの。わたもちママは3.5期生なので。まあ、最終的には四期生に組み込まれると思うので、実質判明してないのは二人ですね! 誰がなるんだろうねぇ! あ、片方は既に本編に登場済みです。




