#62 噂と、調理実習
配信を終えて翌日。
同じ学年の人たちが修学旅行のお話で盛り上がるのをよく見かけるようになって、修学旅行が近いんだなぁと実感。
僕自身も楽しみだし、どんなことがあるかなぁ、なんて思いながら学園に到着。
「おはよー」
「おはよう、椎菜」
「おっはよー!」
挨拶しながら教室に入ると、柊君と麗奈ちゃんが真っ先に挨拶を返してくれます。
その後から他のみんなから挨拶を返される。
「もうすぐ修学旅行だが、準備はどうだ?」
「うん、バッチリだよ~。必要な物も買ったしね」
「そうか。で、朝霧はどうだ?」
「あたしも問題なーし! 椎菜ちゃんと一緒に回れるし、何よりお泊まり! すっごく楽しみなんだよね!」
「あ、あはは……僕はその、行動班はいいんだけど、お部屋の方がちょっと……」
同い年の女の子と一緒のお部屋で寝泊まりするのは、罪悪感があります……。
「大丈夫大丈夫! そもそも、椎菜ちゃんがいて困る人はいないし!」
「うぅ、申し訳なさがあるよぉ……あ、でも、温泉は楽しみだよ!」
「温泉? あぁ、たしか肩凝りにいいんだったか」
「そうそう! この体になってからその、肩凝りが酷くて……なので、温泉は堪能したいなーって」
「あ、うん、それはいいと思うけど……」
「言うな、朝霧。多分今言ったら、本番当日、間違いなく行かなくなるぞ。正直、椎菜の楽しみを奪うのはちょっとな……」
「あ、うん。たしかに」
「二人とも、どうしたの?」
「いや、なんでもない。あ、そうだ。椎菜に一つ訊きたいことがあるんだが……ちょっと、顔を寄せてくれ。あぁ、朝霧もな」
「うん、いいけど……」
「了解!」
そう言うと、僕たち三人は少しだけ顔を近づけて小声で話し始めました。
「椎菜、お前、土曜日に例の姿になって商店街に行ってないか?」
「……ふぇ? それって、あの、その、神薙みたまの……?」
「あぁ。それだ」
「……」
柊君の質問に神薙みたまのことかどうか聞き返すと、肯定が帰ってきました。
それ受けた僕はスッ――と視線を逸らしました。
「その反応……やっぱりか」
僕の反応を見た柊君は、納得しつつ、どこか呆れた様な反応を見せました。
「あ、あの、柊君はどうして知ってるの……?」
「いや、今美月市内でかなり噂になっててな」
「なんでっ!?」
「あ、それあたしも知ってる! なんでも、商店街にリアルみたまちゃんが現れたーって話だよね?」
「え、もしかして、結構話題になってる……?」
「なってるな」
「なってるねぇ」
「ほ、ほんとに……?」
「うん、ほんとほんと。んー……あ、美咲ー、瑠璃ー」
と、きょろきょろと麗奈ちゃんが辺りを見回すと、二人の女の人を呼びました。
麗奈ちゃんと仲のいい、松永美咲さんと鳥羽瑠璃さん。
修学旅行のお部屋が一緒の二人でもあります。
「どしたーん? 麗奈ちー」
「何か聞きたい事でもあるのかしら?」
二人は突然呼ばれたことを不思議がりつつこっちに来ました。
「そうそう。あのさ、最近美月市で噂になってることってわかる?」
「「噂?」」
「うん、噂」
「噂……あ、もしかしてあれー? VTuberの神薙みたまちゃんにそっくりというか、リアルみたまちゃんとか言われてる女の子が現れたーって奴?」
「あ、それなら私も聞いたわ」
え、本当に噂になっちゃってるの……?
「なんだ? 神薙みたまの話しか?」
「おっ、面白そうな話してんじゃん」
と、神薙みたまのお話が出始めると、周囲にいた人たちが集まってきました。
あ、あれ、やっぱりすごく人気になってるの……?
た、たしかに100万人行ったけど、クラスでもすごく有名になるくらいって……あ、元々かなり見られてた気が……。
「なんか、麗奈ちーが噂ないかーって訊いてきて」
「美咲、それじゃ伝わらないわよ。補足すると、最近美月市で噂になってる情報がないかどうかだって。で、神薙みたまにそっくりな女の子が商店街に現れたっていううわさ話をね」
「あぁ! それ俺も知ってる! ってか、学内でもメッチャ噂になってね?」
「なってるなってる。部活の先輩とか、見たかったー、ってすんげぇ悔しがってんの」
「あ、それ目の前で見たけどさ、話しかけようとしたらものすごい跳躍力で跳んで、その後すごい勢いで飛んでったんだよ」
「あぁ、それも噂にあったけど、マジなん? ってか、声かけようとしたの?」
「した。まあ、逃げられた感じにはなったけどな!」
あっはっは、と笑っているけど……やっぱり、見られてたっ……!
うぅ、やっぱり逃げるためとはいえ、あの逃げ方は問題だったよね……。
もっと考えるべきでした……。
「ってか、飛ぶって何?」
「いやー、空中で水平に飛んでったんだよ。すごいよな! リアルみたまちゃんって魔法使えるんだぜ!」
「何それうけるー!」
あははは! と笑い合うクラスメートのみんな。
あの、すみません……それ、僕です……だけど、魔法じゃないです……あれ、霊術です。
なんて言っても信じてもらえな――くはなさそう……。
そもそもTS病というファンタジーな病気があって、変身するための組み紐も身に付けてるし……見せようと思えばできるけど、絶対に大騒ぎになるからしたくない。
あと、目立ちたくないもん……。
「で? で? どうだったんだ? やっぱ、すっげえ可愛かった?」
「あぁ、すごかったぞ! マジで画面から飛び出して来たんじゃないかー、ってくらい激似でさー。さすがに写真はまずいと思ったから撮ってないけどな!」
「そりゃ正解でしょ」
「だな。勝手に写真撮ってそれをネットに上げるとか、最悪じゃん」
「普通に犯罪だしな! そこはちゃんとするって! あー、でも、あれだな。その時来てたリアルみたまちゃんさ、前にわたもちさんが見せたメイド服着てたんだよなー」
「え、あれってそんなに前じゃなくない? もう出来てたの?」
「うわー、すご。メッチャ器用なんかな、そのリアルみたまちゃん」
……すみませんっ、それもファンタジーで何とかしちゃったものですっ……!
すぐに変身できちゃうだけなんですっ……!
「と、まあ、こんな感じだな。……あとで、事情を聴かせろよ? あと、休んだ理由もな。昨日はなんだかんだ聞けなかったし」
「うんうん、あたしもちょっと聞きたいかも。というか、例のアレで、すごいことになってたのは知ってるし」
「……うん、お昼休みになったら教えるね」
二人には恥ずかしくてもお話しておかないと、だよね……。
◇
「「な、なるほど……」」
それから午前中の授業を終えて、お昼休み。
屋上でお昼ご飯を食べつつ、水曜日から土曜日にあったこと全部を二人にお話ししました。
ちなみに、昨日お話しできなかったのは、その……三日もお休みしちゃったことで、クラスのみんなに心配されて、あまり二人とお話しできなかったからです。
それ以外はいつも通りだったけど……。
「あの配信で何があったかを遠回しに伝えてはいたが、たしかにあれは濁さざるをえないか……」
「だ、だねぇ……というより、変身できることを知ってるのって、あたしと高宮君。あとはらいばーほーむの人たちだよね?」
「うん。事務所の方には伝えてあるよ。あと、みんなにも見せたから」
「まあ、あれを配信中に暴発させたらとんでもないことになるのは目に見えてるしな。……しかし、まさかその……生理中に変身すると、とんでもない状態になるとはな」
「だから襲っちゃったんだ?」
「あぅぅ……本当にあれは今でもすっごく申し訳なくて……みなさん気にしなくていいって言ってくれたけど、僕からするとすっごく恥ずかしくて……」
「だろうなぁ……というか、予想できるわけないし、不可抗力だろう」
「うんうん。とりあえず、気にしないことにしたんだよね?」
「忘れることにしました……」
「それがいいだろうな。精神的にも」
……うん、自分でそう決めたんだから、気にしないようにしよう……今度からは絶対に使わなければいいわけだから。
「あと、土曜日の件は副作用で戻らなかったのか……なのに、服は変えられたんだよな?」
「うん。理由はわからないけど、元々ファンタジーなアイテムだから、気にしたら負けなのかも」
「まあ、TS病なんかがある世の中だもんねー。その方がストレス無く過ごせそうだよね」
「うん。……はぁ」
麗奈ちゃんの言葉に僕は頷いた後、溜息を吐きました。
「どうしたんだ?」
「……なんと言うか、この体になってから二ヶ月半も経ったけど、なんというか、変わり過ぎだなぁって思って……」
「あー……まあ、そりゃそうだろうなぁ」
「なんだか、物語の主人公みたいだよね、椎菜ちゃんって」
「僕は平穏でごくごく普通な生活でいいんだけどなぁ……」
騒がし過ぎず、かといって退屈じゃない、柊君や麗奈ちゃんたちと一緒に、なんてことのないごくごく普通な日常を送って、色々なイベントに参加して……そんな風な生活で良かったんだけどね……。
「そうは言うが、遅かれ早かれ椎菜はらいばーほーむに入っていたと思うがな」
「ふぇ? どうして?」
「いや、考えてもみろ。椎菜の応募用書類を全て完璧に揃えていた愛菜さんだぞ? 間違いなく、椎菜のことはそうするつもりだったろうしな。椎菜が断るのが目に見えてたからあえて断っただけで、最終的には我慢できずに応募してたと思うしな」
「あー、あのお姉さんならありそう」
「……否定しきれないです」
柊君の言う通り、多分だけど、遅かれ早かれでそうなってたのかも……。
だけど、仮に男のままでらいばーほーむに入っていたら、どういう風に活動してたんだろう?
でも、らいばーほーむは女の人の方が多いし、もしあのままだったら……ひぅっ!? 絶対にあわあわしちゃって、配信どころじゃなかったよね!?
「椎菜ちゃん、表情がころころ変わってるけど、どうしたの?」
「あ、え、えっと、その、もしも女の子にならないで、らいばーほーむに入ってたらどうなってたのかなぁ、って……」
少し恥ずかしがりながら、そう言うと、二人は顔を見合わせて少しだけ唸った後。
「……正直言って、かなり危なかったと思うな」
「ふぇ?」
「うん。危ないね。具体的に言うのは避けるけど、多分……とんでもない状況にはなってたんじゃないかなぁ」
「そうだな。おそらく、男性の二人とのコラボ回数が激増し、他のライバーとはあまりやらなかった可能性があるな。それも、椎菜の希望で」
「ど、どうして?」
「「どうしてって……((椎菜(ちゃん)可愛いからなぁ……多分、食べられてたな(よね)))」」
「???」
何か変なことを考えていたような気がするけど……うん、気のせい。
きっと気のせい……。
「ともあれ、だ。あまりあの姿で市内を歩かない方がいい。あの状態で歩くにしても……そうだな、まあ、コミケとか東京くらいか?」
「だねー。まあ、東京って言っても、一部の地域だけだと思うけど。少なくとも、美月市みたいな街ではやらない方がいいかも」
「そう、だね。だけど、今回のことはその、色々と不運が重なっちゃった結果なので……本当にどうしようもない時以外は使いたくない、かなぁ……あ、でも、すっごく便利な面もあるんだよ?」
「便利?」
「うん! えっとね、あの状態でお水を出して、それでお掃除ができるの! すごいんだよ! 血がいっぱいついた床とか壁をそれで包むとね、すぐに落ちるのっ! それでお皿を洗うと汚れもすぐに取れるし、ピカピカになるから実はお家では使ってるの」
にぱっ! と笑顔を浮かべながらそう言うと、二人は何とも言えない顔をしました。
あれ?
「どうしたの?」
「いや、なんというか……」
「うん、だね……」
(そういうファンタジーを主婦的な方面で活用するとはなぁ……さすが椎菜というべきか)
(そう言う力を持ったら、物語の主人公みたいに目立つような行動を取るんじゃなくて、家事に活用するのがすごいよね……椎菜ちゃんらしい)
「???」
こてんと首を傾げる僕だったけど、この後は色々とお話ししたり、麗奈ちゃんにあの日のことを教えてもらったり、あとは修学旅行中も一応気を付けた方がいいよー、ということを教えてもらいました。
その間、柊君はすごく居心地悪そうにしてたけど……その、ごめんね?
◇
「というわけで、今日はクッキーを作ります」
午後。
今日は調理実習があって、クッキーを作ります。
姫月学園の調理実習は、基本的に男女で分かれていて、今日は女の子の方が調理実習になります。
調理実習じゃない方は、座学の授業となってます。
今までは向こうに参加していたんだけど、女の子になっちゃったので、この授業も女の子側で参加することに。
だけど、体育の授業とは違って着替える必要もないし、やることはお料理なので全然大丈夫です!
それに、お料理は好きなので、実は調理実習の授業が楽しみだったり……。
今日はクッキーで、基本的な材料は学園の方で用意してくれるけど、お家から別の材料を持ってくるのはありです。
チョコチップとか紅茶とか、そういうのです。
オリジナルを作ってもいいよー、ということになっているので、実は女の子の方ではかなり好評な調理実習と聞いてます。
なんでも、意中の男の子に手作りのクッキーを渡してアピールできるからだとか。
僕はあまり考えたことはないけど……とりあえず、柊君と麗奈ちゃん、あとお姉ちゃんに作るつもりです。
VTuberのことで色々と助けてもらってるし、相談もさせてもらってるしね。
すごく助かってます。
お姉ちゃんは喜んで貰えるし、いっぱい助けてもらってるので!
というわけで、早速実習開始。
「クッキーって最初が一番大変だよね……」
「わかる。バターをこねるのが大変」
「椎菜ちゃん、やりやすい方法とか知らない?」
「んっとね、色々あるけど……やり方に合わせる感じかなぁ。常温でやるなら、ある程度時間をおいてから練り始めるといいかな。他だと、湯煎しながらだったり、サイコロ状に切って電子レンジで様子を見ながらちょっとずつ加熱していくとか。ヘラが刺さりやすくなったら大丈夫かな。それ以外だと、ドライヤーを使う方法もあるみたいだけど、僕は電子レンジをよく使うね」
「ほへ~、よく知ってるねぇ」
「椎菜ちゃんってほんと女子力が高いよね……たしか、お菓子作りもするんだよね?」
「うん。するよ~」
やってみると結構楽しいんです。
個人的にグミとか好きかなぁ。
自分好みに酸味を調整できるし!
「私、ホワイトデーにお返しを貰ったけど、すっごい美味しかった」
「え、いいなー! ちなみに何貰ったの?」
「たしか、ロールケーキだったかな?」
「え、すごっ」
「待って? それを男の娘の時からやってたの? えー……すっごい負けた気分……」
「あ、え、えと、その、そこまで難しくない、よ?」
ロールケーキとは言っても、レシピ通りに作れば問題ないし……強いて言えば、お菓子作りは材料をしっかり量ることが大事です。
じゃないと、失敗しちゃうからね。
「いやー、なんかもう、椎菜ちゃんは将来すっごくいいお嫁さんになりそうだよね」
「ふぇ!?」
「わかる。というか、私がお嫁に貰いたいくらいだし」
「はぅ!?」
「なんだったら今すぐにでもプロポーズして、一緒に暮らしたいよねー」
「ひゃぅ!? あ、ああ、あのあのあの…………は、恥ずかしいでしゅぅ~~~~~~っ!」
「「「んぐふっ!」」」
「ふぁ!? ど、どうしたの!?」
突然、胸を抑えた班のみんなに慌てて声をかける。
「だ、大丈夫……不意打ちくらっただけ、だから……」
「うん、へ、へーきへーき……」
「むしろご褒美だった……」
「ふぇ?」
(((やっぱ可愛すぎでしょ……)))
大丈夫ならいいけど……。
「それにしても……椎菜ちゃん、やたらエプロンが似合うね?」
「そうかな?」
「うん、似合う。というかぴったりすぎない? やっぱり、普段からしてるの?」
「もちろん! たまにお着替えするのがちょっとだけ面倒くさくなっちゃって、制服のままやる時もあるもん。あ、基本的には私服に着替えてるよ? もちろん、エプロンはします!」
「ちなみにそれって、家事全般で?」
「うん! お料理もそうだけど、お掃除をする時もするかなぁ……あ、お洗濯の時はしないよ? むしろ、一緒に回しちゃうし」
こまめに洗わないといけないので、エプロンは何着か持ってます。
実はエプロンが好きだったりします……なんだかいいよね。
「新妻……」
「いや、この場合、幼妻じゃない……?」
「だとしても似合い過ぎて、なんかもう、萌え死にしそう……」
「「わかるわー」」
「~~~♪ ~~♪」
(((鼻歌交じりにお菓子作りはもう……やっぱり嫁では?)))
お菓子作りは楽しいです!
◇
と、それから特に失敗もなく、気が付けば綺麗なクッキーが出来上がりました。
僕は九枚手に取って、それを小さな袋に詰めていきます。
今のうちに上げる物を分けておかないと。
それが終われば、みんなで作ったクッキーを食べて、授業は終了。
だけど、これからが戦争! らしくて、さっきもお話したように、これから手作りのクッキーを渡しに行く人が多くいます。
中には、お友達同士で上げてる人も。
ちなみにだけど、男子のみんなは貰えるかどうかそわそわしてる、っていうお話を聞いたことがあります。
手作りのクッキーは嬉しいんだとか。
僕は、貰えるなら誰からでも嬉しいかも。
なんてことを考えながら、麗奈ちゃんと一緒に教室に戻ります。
「あ、麗奈ちゃん、これどうぞ」
「いいの!?」
「うん! いつも助けてもらってるから!」
「椎菜ちゃん……! ありがとー! 大事に食べるね!」
「えへへ、喜んで貰えてよかったです!」
「くっ、やはりはにかみ顔の破壊力っ……!」
「麗奈ちゃん?」
「はっ! な、なんでもないよ!? ……っと、椎菜ちゃん、そっちは高宮君に?」
「うん! 柊君はちっちゃい頃からすごく助けてもらってきたから! それに、大事な親友なので!」
「そっかそっか! 二人は本当に仲良しだよねー。なんだか妬けちゃいそう」
「ふぇ?」
「ん、なんでもなーい。さ、早く戻って高宮君に渡そ!」
「うん!」
なんてことをお話しながら教室に戻ると、一喜一憂してる男子のみんなが視界に入ってきました。
中には、その、貰った人が貰えなかった人から小突かれたりしてるけど……ただのじゃれあいに見えるし、その人たちは普段から仲がいいから大丈夫です!
柊君は特に何も気にした風も無くて、淡々と教科書とノートを片付けていました。
「柊君!」
「ん、あぁ、戻ったのか。どうしたんだ?」
「えっとね、柊君にクッキーです!」
「あぁ、ありがとな。なんだ、わざわざ俺宛に渡さなくてもいいんだぞ?」
「ううん、柊君には助けられてるから!」
「そっか。ならありがたく……」
ふっと小さく笑ってから、柊君はクッキーを一枚取り出すと、ひょい、と口の中に放り込みました。
「ん、甘さ控えめだが、相変わらず美味いなー。というか、前よりも美味くないか?」
「えへへー、日に日に上達してるのです! お姉ちゃんも喜んでくれるかな?」
「あの人が喜ばないわけないだろ。椎菜の手作りクッキーってだけで号泣ものだぞ? というか……家宝! とか言って、食べないで真空パックで保存まであり得る」
「……さ、さすがにそこまでは……」
……うん、しないって否定できない。
「さて……あと、椎菜。一つだけ言わせてもらってもいいか?」
「ふぇ? うん、なぁに?」
ふと、すごく真剣というか、苦々しい表情を浮かべる柊君。
どうしたんだろうと思って訊き返すと、
「……今度からは、教室内で渡さないでくれ、針の筵すぎてキツイ」
「ふぇ?」
「あ、あー、なるほど、たしかに椎菜ちゃんからの手作りのクッキーを貰うって、相当羨ましいよねぇ……まあ、あたしも貰ったけど」
「……朝霧。いいか? お前の場合は女子だから許されるが、俺は男だからなぁ……可愛い女子からの手作りのクッキーは、殺意の対象になるんだ……というわけだ。椎菜。俺は今日の帰り、全力で逃げなきゃならないんで、一緒には帰れない。悪いな」
「え、あ、うん。えっと……頑張って、ね?」
「……まあ、なんとか生き延びるさ」
そう言う柊君の表情は、これから戦地へ向かう兵士さんのような、覚悟が決まったような、そんな表情でした。
◇
帰宅後、お姉ちゃんにクッキーを渡したら、
『し、椎菜ちゃんの手作りのクッキィィィィィ!? し、しかも、調理実習だとぅ!? ハッ! とりあえず、写真を100枚撮って……これは、椎菜ちゃん手作りお菓子写真専用フォルダに入れて、こっちは……一枚試食。お、美味しいっ……美味しすぎるっ……! よし、味は憶えた。あとはこれを再現すれば完璧! こっちの二枚は……うん、真空パックで保存し、冷凍庫に保存ッ! これで完璧ィ!』
なんて言ってました。
その……普通に食べてもらえると嬉しいんだけどなぁ……。
あと、柊君の予想は当たってました。
HR終了後、椎菜が先に帰ったところを見計らってから男子たちは、柊に襲い掛かりました。
その後、校内でリアル鬼ごっこが開催され、柊は椎菜のクッキーを全力で死守しつつ、なんやかんやあって無事に家に帰宅しました。
尚、このことは今後恒例になるため……頑張れ! 柊! 君なら生き延びられるさ!
あと、モテないのはそう言うところだと思うぞ、襲い掛かった男子たちよ。




