09
結局私達は安全地帯まで撤退する事にした。
あの嫌な予感は絶対ろくでもない。
でも他の場所を全部回ってしまったのだからどうしたってあそこに行くしかないことには変わらない。
「でも危険だとわかっているところに無策で飛び込むのは勇気じゃなくて……無謀」
安全地帯に戻ってくるまでにゴブリン3匹、コボルト1匹を魔力にする事が出来た。
魔力があれば便利なアイテムが取得できる。
……そう、私にはカタログがあるのだから。
危険だと思う相手がいるとわかっているならそれなりの準備を整えて向かうべきだ。
まずは主戦力のルー君の防御を向上させる。
今は1番安い『皮のコート(狐用)』だけど、その1つ上の防具は『硬皮のコート(狐用)』。お値段500。
その上は『毛皮のコート(狐用)』、お値段2000。
さすがに2000は溜めるのに時間がかかりすぎるだろうか……。
今現在の魔力総量は363。
ゴブリン1匹で30。コボルト1匹で25。どちらも1回倒してしまうとなかなか出てこない。
本音を言えばずっと出てこなくてもいい。でも今は1匹でも多く倒して魔力が欲しい。
安全地帯で待っていても『敵』はやってくるけど、歩いて他の部屋を回った方が圧倒的に会う頻度が高まる。魔力を稼ぐなら打って出るしかない。
「きゅ!」
「お疲れ様、ルー君」
早くもルー君が寄ってきたゴブリンを燃やして魔力にしてくれた。
これでしばらくは安全地帯には『敵』がやってこないだろう。
安全地帯に戻ってくるまでに休憩なしで歩き回っていたのもあるから、少し休んでから魔力を稼ぎに出るつもりだ。
その間にもカタログで何か使える物がないか探さないと。
カタログのページをぺらぺら捲っていると、またカテゴリーが増えていた。
その名も『雑貨カテゴリー』。
書いてある物は日用雑貨や調理器具。
「おぉ……。これほしい……」
「きゅ?」
ルー君も私の脇に顔を突っ込んで一緒に見ている。カタログを一緒に見るときはルー君の定位置はどうもそこらしい。
私が欲しがった物は『布団セット』。
寝るときには皮のローブを敷いて寝ているだけだからものすごく欲しい。たぶん魔法の鞄にしまえば使わないときには邪魔にならないだろうし。
「く……。足元みおってこのカタログめぇ……」
「きゅぅ……」
しかし残念ながらお値段2800。
ルー君用の毛皮のコートより高いとは恐れ入った。当分布団で寝れそうにはないようだ……。
でも朗報もあった。
角の先を覗く時に欲しいと思っていた『鏡』があったのだ。それも『手鏡』。値段もそれなりに安くて50。
これは迷うことなく取得した。
『手鏡』は銅の短剣とは比べ物にならないくらい綺麗に映してくれる。大きさもコンパクトサイズでちょうどいい。普段はポッケにしまって置けばちょうどいいだろうか。
ほかに使えそうな物はあまりない……。調理器具なんかは鍋とかフライパンとかコンロとかなのでどれもルー君の手助けにはならないだろう。
せめてポーション以外にも治療できるアイテムを増やしておくべきだろうか。
結局取得したアイテムは『包帯』1巻、『消毒スプレー』1缶、『軟膏』1つ。合計魔力220也。あとルー君のご飯に油揚げ10枚セットを1つで残り魔力総量82。
硬皮のコートを取得しないといけないから魔力をあと420は集めないといけない。
ゴブリン14匹。コボルトなら17匹だ。
取得したアイテム達を一通り確認してから全部魔法の鞄の中に入れる。中級ポーションとかちあって割れたりしたら大変だけど、中に入れてから取り出そうとしたら固定されているのか鞄に手を入れながら鞄をゆすっても微動だにしないことがわかった。
試しに鞄に手を入れたまま側面から押して圧力を掛けてみたけど中ではまったく変化がない。魔法の鞄ってすごく不思議だ。でもこれなら鞄を落としたり、転んだりして潰しても中身は無事なんじゃないだろうか。
怖いので試したりはしないけど。
アイテムを全て仕舞い、準備も終わる。
私のすぐ傍で丸まっていたルー君を抱き上げて気合を共有しようとなるべく元気いっぱいに声を張り上げてみた。
「よし……。ルー君、頑張ろう!」
「きゅい!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
あの嫌な感じのする通路以外の場所をひたすら歩き回って、出会った『敵』を片っ端からルー君が焼いていく。
1度歩いている場所とはいえ、罠が絶対無いわけじゃないから足元は確認しているし、背後の警戒もしなくちゃいけない。だからそれほど早く歩いているわけではないけど、1度来ているという安心感は大分足取りを軽くしてくれる。
5時間くらい歩き回っての成果はゴブリン13匹、コボルト9匹だ。
目的の魔力500はもうとっくに過ぎている。今の魔力総量は692。
『硬皮のコート(狐用)』を取得しても余裕がある。
『硬皮のコート(狐用)』をさっそく取得してルー君に着せてみる。皮のコートと硬皮のコートとの違いは各所にとても硬い皮の補強が入っていることだろうか。
あとはあまり違いはないようだけど、補強は皮がすごく硬いからかなり頑丈だ。これならちょっとやそっとじゃルー君に怪我を負わせる事は出来ないんじゃないだろうか。
でも補強がないところは皮のコートと同じだから油断はできない。そもそもルー君が攻撃を受けた事なんて1度もないからどのくらいのダメージを負うのかがわからない。
硬皮のコートがあるので皮のコートはちょっと実験台になってもらうことにした。
ルー君は寝るとき私と一緒に皮のローブの上に寝るからコートは必要ない。
「えいやっ」
銅の短剣で土の床の上に置いた皮のコートを力いっぱい刺してみた。
非力な私の一撃でもコートにはあっさりと穴が開いてしまった。
……これは……。
「ルー君……。この補強されてない所では絶対攻撃を受けちゃだめだよ? ルー君が怪我しちゃう……」
「きゅ!」
真剣な顔でルー君にお願いすると、彼は自信満々の顔と声で応えてくれた。
ルー君ならきっと大丈夫……大丈夫。
「……よし……。これで準備は整った……のかな。ううん、今やれるだけのことはした……と思う」
明日はあの嫌な予感がする通路に行く。
ルー君という最高の王子様に守られるようになってから初めての強敵かもしれない。
でも私は進む。ルー君を信じて……進む!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日、緊張と不安で寝れないと思ったけれど、案外しっかりと寝れたようだ。
私の神経も図太くなってきたのだろうか。
ルー君にご飯――油揚げ3枚――をたっぷり食べさせてから出発する。
昨日歩き回って私の脳内マップもかなり正確性を増している。といっても最短距離で行くなら迷う事もないくらいの道だ。
道中でゴブリン1匹、コボルト2匹を魔力にしてあの嫌な予感がする通路のある部屋にたどり着いた。
手鏡もものすごく活躍してくれた。やっぱり顔をこっそり出して見るよりも手鏡で見た方が遥かに安全だし、楽だった。
相変わらずすごく嫌な予感がぷんぷんする。
粘りつくようなこの嫌な予感に私の震えは止まらない。でもルー君はまったく意に返した様子がない。頼もしいったらありゃしませんよ、うちの王子様はほんとに。
「ルー君、たぶんこの先には強い『敵』がいると思う。あんなゴブリンやコボルトなんかよりもずっと強いのが」
「きゅ!」
「うん、だから気を引き締めて行こう? 私も頑張るから……お願い、ね?」
「きゅい!」
ルー君に懇願するように私の心を伝える。
私の心が伝わったルー君は燃えるような真っ赤な毛並みに真っ赤な瞳を自信満々に輝かせて頷いてくれた。
「行こう……」
「きゅ!」
長い長い通路。
挟み撃ちをされたあの通路よりも遥かに長いこの通路には粘りつくようなあの嫌な予感が満ちているからか、『敵』がまったくいない。
後ろを振り返って確認しても『敵』は見えない。
粘りつくような嫌な予感が進むに連れて強くなる。それでも私達は進む。
絶対に生きて帰るんだ。
ルー君と2人……。私はこのダンジョンを絶対に脱出してみせる!




