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08



 未踏破の通路の先には部屋があり、やっぱり何もいなかったし、何もなかった。

 宝箱は少ないようだ。残念。


 この部屋は入ってきた通路の正面に短い通路が伸び右に曲がっている角がある。部屋の右側には同じく右に曲がっている短い通路が見える。

 さてどうしようかな。迷った時には私の王子様に判断を任せよう。


「ルー君どっちがいいかな?」

「きゅ~……きゅ!」


 小首を傾げて少し考えた後、ルー君は右方向の通路を行く事に決めてくれた。

 一応各通路を振り返って『敵』がいないか確認した後、足元をしっかりと確認しながら進む。

 すぐに角に到着したのでこっそり覗いてみるとまたすぐに角があって今度は左方向に曲がっている。

 角を曲がるとすぐにルー君が戦闘体勢を取った。まだ見えないけど……『敵』だ!

 ルー君が戦闘体勢に移行してすぐに先の角からごわごわの毛並みが見えたと思ったら燃え上がって消滅した。

 ……相手は気づいてすらいなかったと思う。こんな見通しのいい角で完全な奇襲が成功するなんてルー君はなんてすごいんだろう。

 しかも今の攻撃でコボルトはのた打ち回る暇さえなかった……。ルー君やっぱり強くなってる?


「ルー君、なんだか強くなった?」

「きゅ! きゅー!」


 おぉ……その場で一回転して綺麗に着地。その上でドヤ顔だ!

 やっぱり強くなってるんだね、私の王子様! ……私は全然なのに……。でもいいんだ……。ルー君に守ってもらうもん。


「頼りにしてるよ、ルー君」

「きゅ!」


 頼もしいルー君に微笑んで顎の下をこりこりしてあげてから先へと進む。

 角から顔をこっそり出して先を確認すると……。


「た、宝箱だ……」


 短い通路の先には部屋があるみたいでその真ん中には、ルー君の卵があっときみたいに部屋の真ん中に木の宝箱が鎮座ましましている。

 最初の宝箱ではルー君という最強の王子様が降臨した。

 じゃあ2つ目はどうなんだろう。これは期待していいのだろうか。いやでも……。


「まぁ開けてみればわかるよね……」

「きゅ?」


 部屋の中には宝箱以外何もない。『敵』もいないみたいだし足元と背後だけちゃんと確認してから近寄る。

 部屋には通路が2つ。私達が入ってきた通路と、ソレとは別に左方向に長く伸びる通路が見える。幸い『敵』の姿は確認できない。

 ついさっき倒したばかりだし、今までの経験則から言えばすぐには出てこないかもしれない。

 宝箱を開けてしまうなら今のうちだ。


「ルー君、開けるよ?」

「きゅ!」


 最初の宝箱と同じように銅の短剣で突っついてから蓋の隙間に切っ先を入れてみる。

 この宝箱が『敵』という可能性だってあるわけだしね。定番のミミックとかだったら嫌だし。

 反応がないのでそのまま蓋を開けてみるとやっぱり途中までくると勝手に開いてくれた。

 恐る恐る中を確認すると……瓶詰めの液体が入っていた。


「なんだろうこれ……」

「きゅ!」


 宝箱の縁に前足をかけて中を覗き込んでいるルー君には何かわかったみたいだ。でも私にはわからないよ……。


 わかるのはただ1つ。ちょっと高めの宝箱の縁に前足をかけているルー君が超絶可愛いという事実だけ! あぁ……うちの王子様何しても可愛いんですけど!


「きゅぅ~」

「……はっ! ごめんね、ルー君が可愛かったから」

「きゅ! きゅぅ~!」


 止まっていた私に宝箱の縁に前足をかけたままで上目遣いに鳴いてくるルー君が超絶可愛いからそのままポロっと言葉が出てしまった。

 ……はぅ。照れるルー君も超可愛いんですけど! ですけど!


 ……でもいい加減現実逃避するのはやめてこの謎の瓶詰め液体をどうにかしなきゃ。

 名前なんてもちろん書いてない。液体の色は透明感のある青色。瓶はそれほど大きくないし、私が片手で持てるほど軽い。

 考えられるのはポーションの類だろうか。カタログにも下級ポーションとかあったし。

 もしこれがポーションなら最低でも500の魔力分はするものだ。高級品だ。

 でももしかしたらこの透明感溢れる綺麗な液体でも毒薬とかの可能性は十分ある。もし今毒なんて喰らおうものなら死ぬしかない……。血清もなければ薬もないんだから……。


 ……いやカタログにあるのかな? まぁいいや。


「それでルー君。これって何かな? もしかしてポーション?」

「きゅ!」


 おぉ、ルー君が自信満々に頷いている。どうやら毒薬じゃなくてポーションで当たりのようだ。

 じゃあこれで怪我しても大丈夫なのかな? ゲームみたいにすぐに傷が治ったりするのかな?

 普通ならそんなこと考えられないけど……今私の身に起こっている事を考えるとありえるのが怖い。今更だけどなんて状況なんだ、私……。


「きゅぅ~……」

「ぁ……ご、ごめんね。大丈夫だよ!」

「きゅ!」


 沈み込んでしまった思考がルー君の心配そうな声に引き戻される。

 ルー君には心配かけてばっかりだ……。戦えない私はせめてルー君に心配かけないようにしなきゃいけないのに……。


 頬をパンパン、と叩いて気合を入れる。

 ちょっとひりひりするけどコレくらいの方が気合が入るってもんだ。


「よっし、ルー君! これは下級ポーションなのかな?」

「きゅぅ」

「えっ、違うの? えぇとじゃあ……えぇと……」


 私の知ってるポーションはカタログに載っていた下級ポーションくらい。念のためもう1度カタログを開いて確認してみる。


「あ、下級以外にも色々ある……。中級ポーション?」

「きゅ!」

「当たりみたいだね。そっかーこれ中級ポーションなんだ……。『消費魔力』が1500……。す、すごいポーションだね……」

「きゅぅ!」


 ルー君が我が事の様に胸を張るのを微笑ましく思い、瓶詰めだから落とさないように気をつけながら魔法の鞄にしまう。

 鞄に衝撃とか与えないように気をつけないと。割れたら大変だ。1500だよ、1500。ゴブリン50匹だよ!


「さて、と。先に進もうか、ルー君」

「きゅぃ!」


 思わぬ幸運でとても高価なポーションを手に入れることが出来たけど、これは怪我の治療アイテムだ。出来たら怪我なんてしたくない。ルー君にも怪我なんてしてほしくない。

 出番が回ってこない事を静かに祈りながら未踏破の通路に足を踏み入れた。







◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







 長めの通路はそれでも挟み撃ちされた通路ほどは長くなく、あっさりと終わりを迎えた。

 いつものように角からこっそり顔を出して先を確認して安全を確かめる。

 だんだん慣れてきたけど、こういうのは顔を直接出すのは危ないんじゃないかな。映画とか漫画だと鏡みたいなのを使ってたと思うんだけど……。カタログにそんなのなかったしなぁ……。

 短剣の刃を鏡代わりにしようとしても結構難しい。銅だからいまいち綺麗に反射してくれない。服の時みたいにカテゴリー増えてくれないかなぁ……。


 そんな事を考えながらも足元と背後はちゃんと確認しています。前方はルー君担当なのでばっちり。

 角を曲がればすぐに部屋にたどり着き、安全を確かめると中に入る。

 やはり『敵』との遭遇率はかなり低い。1度倒してしまえばその後は大分時間が経たないと会わない。挟み撃ちも1回だけだったし。


「うーん。もしかしてここまっすぐ進むとポーションの前の部屋に着く?」

「きゅ」


 相変わらず曖昧な私の脳内マップによればそうなっている。ルー君からも同意の声をもらえたので多分当たりだろう。

 一応そっちを確かめてみよう。


 ……決して部屋の右方向に伸びているものすごい長い通路から感じるすごく嫌な予感を後回しにしているわけじゃない。ち、違うんだからね!


「る、ルー君。こっちいこうか」

「きゅ? きゅー?」

「そ、そっちは後……後にしよう?」

「きゅ? きゅ!」


 ルー君はこの粘りつくようなすごく嫌な予感は感じないのだろうか。

 すごく長い通路の先から感じるこの予感は気のせいなんかじゃないはずだ。きっとこの先には何かすごく怖い……ゴブリンやコボルトなんかとは比べ物にならないヤツがいるんじゃないだろうか。


 そんな恐ろしい想像を頭を振ってなかったことにして震える足と手を叱咤して進む。

 角を曲がるとやっぱり脳内マップ通りの部屋に出たようだ。

 ここまで来るとあの嫌な予感はもうしない。

 でもきっとあそこに近づけばまた感じるんだろう……どうしよう……たぶんもうあそこ以外は通ったはずだ。


 きっとあそこはボスっぽいヤツがいる場所なんだろう。

 そうなると階段がある可能性が高い。ゲームとか漫画だとそうなってる。


 いくらルー君が強いとはいえ、勝てるんだろうか……。

 順当に考えればゴブリンやコボルトよりは強くても、そこまで差があるほどではないと思うんだけど……あの嫌な予感から感じるモノはそんな楽観をまったく持てなくしている。


「はぁ……。どうしよう」

「きゅぅ?」


 肩を落として大きな溜め息を吐く私と、ルー君の心配そうな声だけが部屋に木霊した。



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