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07



 一頻りはしゃいで気分が落ち着いた後にやってくるもの……それは――。


「うわぁぁぁぁぁん」

「きゅぅ~」


 何恥ずかしいこと思いっきり叫んでるのさ、わたしいぃぃぃ!


 中学時代の日記が出てきたり、やたらポエミーな詩集が出てきたり、録音した自作の歌が出てきたり、もうそんな感じのレベルの後悔が次々と襲い掛かってきております。

 詰まるところ私は今安全地帯の地面を転げ回っているわけです、はい。


 いくら命の危機を何度も感じて、さらには絶望を何度も味わってからの大逆転――私の王子様ゲットだぜ! だからといってもコレは恥ずかしい。

 ……うぅ……。ルー君が心配そうに見てる視線もかなりぐさぐさきちゃいます。


「ごめんね、ルー君。心配させちゃったね……」

「きゅぅ~ん」


 心配そうな声で鳴いて、頬をぺろぺろ、と舐めてくれる私の王子様。

 ルー君、あなたの優しい気持ちにホロリ、と涙が出そうだよ。







◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







「ん……。ふあぁ~」

「きゅー!」

「おはよぅ、ルー君」

「きゅ!」


 あまりにも恥ずかしすぎて、ルー君の優しさが眩しすぎて不貞寝気味に寝て……起きたら結構さっぱりした。

 ルー君の声も心地良い。

 さぁ今日はいい加減先に進んでみよう。でもここは拠点として使うことが決定している。

 だってもうここに2日くらい? いるけど、何度もあった『敵』の襲撃も1度も膜を突破することなく、全てルー君によって瞬殺され魔力となっている。

 中に居ても『敵』が出てくる事もないみたいだし、水も綺麗で洗濯もいつでも出来る。枝が物干し竿代わりだし、寝るにはちょっと地面が土だから皮のローブを広げて寝ているけど悪くはない。通路の石造りの上に寝るよりは遥かにマシだ。


 とはいってもずっとここにいるわけにはいかない。

 確かにここは通路や最初の小部屋よりは環境的にもいいけど……それだけだ。私の目的はダンジョンの最下層を目指す事。引いては家に帰る事だ。

 そのためにはまずこの階の階段? を探さないと。


 シート代わりに敷いていた皮のローブの汚れを払ってしっかり着込む。

 魔法の鞄の中に入れておいた皮の帽子も取り出してしっかり顎紐を結んで固定する。

 魔法の鞄は襷掛けにして銅の短剣を差すのとは反対方向に流す。

 最後に魔法の鞄から銅の短剣を取り出してベルトに通して固定すれば完了だ。


 ルー君はとても気に入ったのかずっと皮のコートをつけたままだ。なので彼の準備はすでに完了している。

 途中でお腹が空かないように準備をする前に油揚げ10枚セットを新たに取得して3枚共食べ終わったようだし、お掃除も完了している。


「……よし。ルー君行こう」

「きゅ!」


 ルー君の頼もしい返事に笑みを返して安全地帯の部屋を抜ける。

 でももう1度戻ってみる。


「よし、ちゃんと入れる。最初の部屋とはやっぱり違うみたいだね。これで安心安心」


 ルー君が何度も出入りしているから大丈夫だと思っていたけど、念には念を入れて確かめてみた。でも杞憂で終わってくれたみたいだ。ちゃんと入れるし、出れる。


 改めて通路をゆっくりと進んでいく。

 例の炎がルー君の力だとわかっても罠がないとは限らない。

 それでも石橋を叩いて壊してから渡るようなほどの慎重さではなく、ゆっくりと足元を確認しながら程度だ。

 どうしたって私には罠の見分けがつかないし、そもそも罠を見ていないんだから見分けるも何もないと思う。

 石造りの通路の一部分の色が違うとかスイッチがむき出しで出ているとか、そんな感じなら見分けられると思うけど、まったく見分けがつかないようなのだと判断のしようがない。


 安全地帯でたっぷり休息を取って、精神の安定が図れたからこそこうした正常な判断が出来るようになったのだと思う。ルー君という最高の精神安定剤もあるし。


 角からこっそり顔を出して確認したあと曲がって、次の角まであと半分というところでルー君が戦闘体勢を取った。


 『敵』だ!


 ギャッギャ、という声が聞こえるから多分ゴブリンだ。

 角を曲がったらすぐにルー君が灯火を飛ばして倒してくれる。でも油断は出来ない。

 私も一応腰の短剣を抜いてへっぴり腰でもいいから構える。


「ギギャギャ……!?」

「きゅっ!」


 角に現れたのはやっぱりゴブリンだ。

 すぐに私達に気づいたけどもう遅い。ルー君の灯火が高速で吐き出され、一瞬にして炎に包まれて光の粒子となって消滅した。

 相変わらずルー君の攻撃はすごい。


「ふぅ……」


 何もしていないけど安堵の溜め息が漏れる。

 安全地帯では入ってこれないからあんまり緊張しなくなっていたけど、ここはもう違う。ルー君が1発で倒してくれるといってもやっぱり緊張してしまう。


 手のひらにもじっとりと汗をかいていた。皮のローブの端っこで短剣の柄と手を拭いて鞘に納めた。


「ルー君、お疲れ様。さぁ行こう」

「きゅぃ!」


 角から顔をソーッとだして先の安全を確認するとまたゆっくりと足元を気にしながら歩き出す。

 ついた部屋にはどうやら何もいない。

 そもそも『敵』との遭遇率は高くないからさっき会ったばかりでまた会うというのは確率的にいえば、ないだろう。でも絶対にないとは言い切れないから油断は禁物だ。


 部屋を出てさらに進めば道は直進と右に曲れるようになる。

 最初は右の方から来たんだっけ。

 あの時は罠があると思ってたから断念したけど、あれはルー君の力だったことは判明している。


「ルー君、どうする? 戻って部屋の先に行ってみるか、このまままっすぐ進むか」

「きゅ~……きゅ!」


 大事な相棒に判断を任せてみることにした。

 戦うのはルー君なんだし、ルー君の意見は尊重すべきだ。

 私の問いにルー君は右を向いて鳴いた。どうやら戻って部屋の先に行くのがいいみたいだ。


「じゃあ戻って部屋の先に行こっか」

「きゅ!」


 通路を進み、ルー君の卵のあった部屋に辿りつくまでに特に『敵』とは遭遇しなかった。

 一応後ろも何度も振り返って警戒しながら来たけど大丈夫だった。

 前はルー君が警戒してくれるけど、後ろまでわかるのかどうかは私にはわからない。まだ後ろから襲われたことはないし。


 小部屋には空の木の宝箱以外には特に何もない。

 ここから先は未知の領域だ。気を引き締めていこう。


 罠があると思って近づかなかった先は長い通路になっているようだ。やっぱりゴブリンが炎に包まれたところには罠はなかった。

 ……いやわかってるんだけど、念のため、ね?


「こんなに長い通路は初めてだね」

「きゅ」


 通路は突き当たりの壁までかなりの距離がある。角なのか部屋なのかもちょっとよくわからない。

 でも進むと決めた以上はやる事は1つだ。

 後ろを警戒しつつも足元をしっかり確認しながら進む。


 長い通路の半分ほども来た所だろうか。ルー君が警戒態勢を取った。つまりは……『敵』だ!


「えっ!?」

「きゅ!?」


 前からだけじゃない!? 後ろからもだ!

 まずい! 挟み撃ちにされちゃう!


「る、ルー君!」

「きゅぅぅぅ~……きゅっ!」


 どうしたらいいのかわからなくなって、泣きそうになりながらルー君の名前を必死に呼ぶ。

 でもルー君はさすがだった。

 まだまだ距離がある両方の『敵』。でもルー君にとってその距離は射程内だったようだ。

 胸を反るように普段よりもずっと多く溜め(・・)、発射された灯火はすごいスピードで前方から向かってくるゴブリンに命中して燃やし尽くした。

 その光の粒子を見る前に反転したルー君が第2射を放つ。あっという間に後方のコボルトも火達磨になって消滅した。


「……はぁぁ……」

「きゅー!」


 初の挟み撃ちに混乱してしまって泣きそうだっただけに、終わったとわかったときには大きな溜め息と共に座り込んでしまった。

 ルー君は誇らしげに私の事を見上げている。すごいなぁ、ルー君は。


「格好良かったよ、ルー君。ありがとう」

「きゅい!」

「ふふ……」

「きゅきゅぅ!」


 私の言葉に胸を張っているルー君が可愛らしくて、頼もしくて……泣きそうになっていた不安はどこかへ飛んでいってしまった。

 自然と漏れた笑顔にルー君も楽しそうな声をあげてくれる。

 ちょっとだけルー君の顎の下をこりこりしてあげて立ち上がる。

 まだ通路は半分だ。先へ進まないと。


「行こう、ルー君」

「きゅー!」


 通路が終わり、角とも部屋ともつかなかった場所は部屋だった。

 こっそり覗いても中には何もいない。宝箱もない。

 でも行き止まりではなく、左方向に通路が繋がっているみたいだ。


 頭の中に描いている地図ではなんとなく方向的に繋がっているんじゃないだろうか、と思う。

 でも私の頭の中の地図はとてもぼんやりしているものだから全然正確性はない。


 通路はすぐに左に曲がっていて先が見えない。やっぱり繋がっている?

 角まで進むと今度は先の方にT字路が見える。あれれ?

 何事もなくT字路につくと、左方向はすぐに右に曲がる角になっていて、右方向は部屋っぽいのが見える。幸いにも『敵』は確認できない。


「ルー君、こっちに行って見たいんだけどいいかな?」

「きゅ」


 左方向を指差してルー君に同意を求めるとすぐに頷いてくれた。

 そのまま進み、角からゆっくり顔を出すとまっすぐ通路が伸びて右曲がりの角になっているみたいだ。やっぱり繋がってるよこれ。

 念のため確認しておこうと通路を進むと、ルー君が戦闘体勢に入り、すぐにコボルトが顔を出して燃やされた。

 私は短剣を抜く暇さえなかったくらいあっという間だった。

 なんだかルー君の攻撃速度が速くなったような気がする。気のせいかな?


 コボルトが顔を出した角まで進むと見覚えがあるようなないような微妙な通路が見えた。


「やっぱり繋がってる?」

「きゅ!」

「ルー君もそう思うんだ」

「きゅ~」


 どうやらルー君も同じ事を思っていたみたいだ。

 私の脳内地図もなかなかやるじゃないか。


 角からすぐに部屋があり、やっぱり何もなかった。でもその先の通路を進むと見覚えがある場所にたどり着いた。

 ルー君に判断を求めた別れ道だ。

 これではっきりした。やっぱり繋がっているんだ。


 ここを戻れば安全地帯。

 でもたぶんまだ2時間くらいしか歩いてないと思う。

 初めの頃のような牛歩以下の速度じゃないから大分早く進めている。もう少し探検してから戻ろう。


「ルー君、戻って未踏破の場所の方に行こうか」

「きゅっ!」


 反転して元来た道を引き返し、すぐにまだ通っていない通路のところまで戻ってくる事が出来た。

 ここまでそこそこ歩いたけど、やっぱり罠はないみたい。でもまだ安心するのは早い。

 油断せず行こう。ね、私の王子様。


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