06
私はお腹も空かなければ排泄の必要性もない。
最早自分が人間なのかすらわからないけれど……外見はまったく変わっていない。
銅の短剣の微妙な映り具合の反射を利用して確認してみたけれど顔は元々の地味顔のままだし、髪もついこの間ばっさり切って来たばかりのベリーショート。
着ている服も部屋着として使っていたよれよれのTシャツにジーパンだ。靴はたまに履くジョギングシューズ。パンプスやヒールじゃなくて本当によかった。
この部屋に来るまでは恐怖と絶望で外見や汚れを気にしている余裕なんてなかった。でも今はルー君という心強い相棒もいて、ちょっとだけこのダンジョン? の事がわかって余裕が出てきた。
少なくとも私達が遭遇した『敵』はルー君の炎で1発で倒せる。私1人ではどうしようもなかっただろうけれど、ルー君がいるだけで本当に……。
死の危険は未だ付きまとっているけれど、前ほどの濃厚さは感じない。それが1番大きいんだろうと思う。
精神的に余裕が出てくれば気になってくる事がいっぱい出てくる。
例えばコレだ。
安全地帯と思しき部屋の川はルー君が平気で飲んでいるくらい綺麗な水が流れている。
この川、壁の滝から出てる水が滝の反対側の壁に向かって流れている。
部屋にまったく水が溜まっていない事から穴でも開いているのかと思ったらそうでもない。例の魔法の鞄と同じように真っ暗の空間があるだけだった。これも魔法的なアレなんだろうか。
まぁとりあえず水の行方はどうでもいい。
今大事な事は私は排泄の必要性がなくなっていても、汗をかくということだ。
特に嫌な汗――冷や汗はたっぷりかいてきた。Tシャツも皮のローブも皮の帽子もその汗をたっぷり吸っている。
何が言いたいかというとちょっと臭い。
女なんだから甘い香りがするんじゃないかって? バカ言ってんじゃないってもんですよ。んなもん香水なり、消臭スプレーなり、シャンプーなり、ファンデーションなり使ってこそだっての。あーあとはフェロモン的な?
まぁ自分の匂いなんてのは自分じゃよくわからないけど、汗の匂いが臭いのはわかるんです。
なので綺麗に洗ってやりました。
洗剤や石鹸や柔軟剤がないのが残念だったけど、水洗いだけでもなんとかなるもんだね。
もちろん洗ってる間はまっぱになってしまうのを避けるために別々に洗いました。
ルー君がいるからね。恥じらいは大事です。
ルー君はルー君で器用に前足を水に浸して全身を隈なく洗ってました。ルー君綺麗好きなようです。
私もTシャツを洗う時に全身を水洗いしました。
下着も軽く水洗いしておきました。カタログには服や下着はなかった気がするので大事に使わないといけない。追加されたりしないのかな……。
木の枝のちょうどいいところに洗濯物を干して、乾いたら次を洗濯。
何度も分ける必要性があったから結構時間がかかったけれど、なんとか終わりそうだ。
実は洗濯している間に3回ほどゴブリンが姿を現してルー君に瞬殺されてた。
ルー君のご飯の回数は2回で油揚げは残り1枚なので次は取得しないとね。ルー君にはお腹いっぱい食べてもらわないと。
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安全地帯の部屋に来てから1日経ったのだろうか。
寝る前に魔力総量を確認してから寝たから大体8時間は寝たっぽい。残りは130だ。
ゴブリンが3回も来たからずいぶん増えてくれた。
相変わらず『スキル一覧』で取得できるスキルは全然ない。唯一取得できた『使い魔使役Lv1』は次の『使い魔使役Lv2』を取得するのに『必要魔力』が400もいる。
何がレベルアップするのかもわからないし、今は急ぐ必要はないと思う。
今必要なのは――。
「ルー君を守る防具……? でもルー君サイズのなんてあるのかな?」
「きゅぅ?」
私の膝の上でお腹をくすぐられていたルー君が可愛らしい声をあげて円らな瞳で見つめてくる。うぅ……なんて可愛らしい瞳なの……。
「私にとってルー君だけが頼りなんだから、出来ることはしないとね」
「きゅっ!」
ルー君の期待の篭った瞳と声に笑みを返してカタログを開く。
『アイテム一覧』を最初から最後まで隈なく読み返して使えそうな物をピックアップしよう。
ぺらぺらとアイテム名を読みながらどんな物か想像して使えそうかどうか考える。
時間がかかるのもあればまったくかからないのもある。
例えば銅のプレートメイル。こんなの小さなルー君にどうしろと?
カタログを読んで考えている間にもコボルトが1回とゴブリンが2回やってきて、魔力になってくれた。
調べ物をしている間に必要な魔力が溜まっていってくれるんだからありがたい。ほんと、ルー君様様だ。足を向けては寝れないね!
「あれ? 前こんなカテゴリーあったっけ?」
「きゅ?」
「うぅん、たぶんなかった……。もしかして本当に追加されたの……?」
不思議なことに新しいカテゴリーが追加されていた。
その名も衣服カテゴリー。様々な服が書かれていて、『消費魔力』はそこそこ。下着もあってこちらもそこそこ。……使い捨てにするにはちょっと厳しいかもしれない。
でもこれはありがたい。ぼろぼろになって擦り切れるまで使い続けるつもりだったのが新品を買えるんだから。
他にも新カテゴリーが追加されていた。
こちらはルー君専用だろうか、というか使い魔専用?
名前の後ろに狼用とか狐用とか猫用とか書かれている。使い魔にもいっぱい種類があるようだ。
でもこれでルー君用の装備が手に入る。これは最優先かな。
お値段は服と同じか高く……私の防具よりは安い。
もちろんそれなりに上質な武器や防具になると『消費魔力』も跳ね上がっていくようだけど……。
でもルー君達、使い魔はどうやら防具を装備できる箇所が少ないのか一箇所だけみたいだ。
全部『コート』になっている。
ルー君にコート……か。格好いいかも。
「ルー君ルー君。コートってどう思う? 好き?」
「きゅぅ?」
肝心のルー君に聞いてみたけど可愛らしく小首を傾げただけだ。これは現物を見てもらわないとだめかも。
でも現物を取得して気に入らなかったら着てもらえないかもしれない。現状でもルー君の炎1発だし、ルー君自身が気に入らなくてコートに気を取られて怪我をするのはもっといけない。
……それに気軽に取得できる額でもないし……。
残り魔力総量は210。
ルー君用防具の『皮のコート(狐用)』は80。
確かに皮のローブよりは安いけど微妙だ。取得したら残りは130かぁ……。でもルー君のためだし、ここは迷ってはいけない!
「……というわけでじゃーん!」
「きゅ!」
お、この反応はなかなか上々のご様子。
2本の尻尾がうにょうにょっとして瞳がキラキラしている。
「これがコートだよ、ルー君。着てみる?」
「きゅきゅ!」
おぉ、反応は上々どころか最上かも!
前足から通して背中部分を覆うようにしてお腹で紐を縛って留める。
ちょ……ルー君格好いいよ! 私の王子様ちょーイケメンですよ!
「きゅっ!」
「ルー君すっごい似合ってる! 格好良い!」
「きゅきゅっ!」
皮のコートを装備したルー君がお座りポーズやとことこ歩いたり、その場で一回転をして着心地を確かめ、最後に私に向かって決め顔? をする。
やばい……。ルー君ちょー格好良い。これは取得して大正解だね。
残りは128。おっとルー君が格好よすぎてあっという間に時間が経ってしまったようだ。
とりあえずルー君の武器に関しては炎があるからいらないかな……? あ、でも本人にちゃんと聞いた方がいいか。
「ルー君、武器はどうする?」
「きゅー」
私の問いに首を横に振って答えるルー君。いらないみたい。
まぁそうだよね。今取得できる武器って牙っぽいのだし。ルー君が牙つけるって……ちょっとドキドキするかも。
牙をつけたルー君を妄想していたら奇声が……。
「もう邪魔すんなー! 格好良いルー君想像してたのに!」
「きゅーっ!」
私の叫び声よりも早くルー君が膜を突破して、突進してきたゴブリンを燃やし尽くしていた。
コートが靡いてまたまた格好良い。ルー君の男前度が右肩上がりすぎて辛い。
颯爽とコートを翻して戻ってくる私の王子様。やばいです。
「ルー君最高に格好良いよ!」
「きゅきゅぅ!」
前足で顔をかいてなんだか照れてるように見える私の王子様。そんな姿もとってもプリティ。
戦っても格好良いし、照れてる姿はちょー可愛い。何この最強生物!
ルー君を抱きしめてくるくる回る。
私の王子様は絶対無敵で最強だね!




