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本日は2話連続投稿です。
『スピード』。
『声援魔法Lv1』で取得できる魔法。
自分が味方だと思っている者には100%の確率でかかり、速度を上昇させる。
だが、自分が『敵』だと思っているモノには一定確率でしかかからず、かかったモノの速度を減少させる。
『声援魔法』のLv1という位置にあるこの魔法だけど、実はとてもすごい魔法だ。
味方の速度をあげるというのは非常に魅力的だし、『敵』の速度を減少させるのも有用だと思う。
でも『スピード』の真骨頂は速度の増減自体ではないのかもしれない……だって。
「『スピード』! 『スピード』! 『スピード』!」
何度も威力を調節した『スピード』を鬼にむかってかけ続ける。
鬼も馬鹿ではない。それどころかあの鬼はとても賢いと思う。私が何をしているのかやり続ければわかってくるだろう。
でも無駄。
だって鬼には私が威力の調節をしている事なんてわからない。かかった後にしかわからない。
そして一定確率でかからないときもあるんだ。
このかからないときもあるというのがポイント。
私が『スピード』と言っても速度が変わらないのだ。これがある種絶妙なフェイントになってくれる。
ルー君は全力でかけなおした『スピード』によって今尚凄まじい速度で動き『紅蓮灯火』を連射している。
これほどの密度の攻撃を罠の丸太を使って捌き続けるのはあの鬼でも必死にならなくてはいけない。
そんな状況で自分の速度が目まぐるしく変化する。
最早自身に向かってくる丸太の操作などまったく出来なくなるほど、速度の落差に翻弄される。
結果――。
丸太の操作を誤り、直撃を受け体が硬直。1発1発のダメージは低くても『紅蓮灯火』を捌くために罠をたくさん作動させていたのが運の尽き。
複数の丸太によって動きを止められた鬼に凄まじい数の『紅蓮灯火』が襲い掛かり、全てを燃やし尽くす巨大な炎の竜巻が再度巻き起こった。
しかし今度は罠を使って脱出するほど鬼に余力は残っていなかったみたい。
炎の竜巻と共に大量の光の粒子が舞い上がり……ゆっくりと消えていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……勝った……」
キラキラ、と光の粒子を舞い上げる炎の竜巻が完全に消えた後、ずっしりと重くなった体をリーオ君に預け、呟いた。
『声援魔法』の連打は本当に疲れた。
今思えば『スピード』の威力を調節していたとはいえ、連続でかけ続けるというのは危険な賭けだったと思う。
一定確率でかかるとはいっても、そこは確率。どうなるかなどわからないのだから。
でも……勝った。私は賭けに勝った。
「きゅい!」
「ルー君……お疲れ様。私、少しは役に立った……かな?」
「きゅきゅ~い!」
「ホォホホ」
「ふふ……ありがとぉ」
ぐったりしている私の頬を戻ってきたルー君が何度も舐めてくれる。
ロウ君は翼で私の頭をポンポンしているけど、きっとこれは褒めてくれてるんだよね。
リーオ君も嬉しそうにしているのはなんとなくわかる。だってリーオ君の青い鬣に顔を埋めているのは私だもの。
しばらくみんなで勝利の余韻に浸り、少し回復したところで起き上がった。
もう少しリーオ君の柔らかくて気持ちいい鬣に顔を埋めていてもよかったんだけど、やらなければいけないことがある。
「宝箱、だね」
「きゅい!」
「ホォホ」
「ブルル」
大蛇を倒した時にも宝箱は出てきた。あの時はロウ君が仲間になったんだ。
あの鬼はボスで間違いないと思うし、きっと宝箱の中身も良いものに違いない。
もしかしたら新しい仲間かも……。
足場は罠だらけなのでリーオ君をゆっくりと誘導して宝箱に近づく。
さすがにボスの出す宝箱がミミックでしたーなんていうことはないとは思いたいけど、念のために『固有結界』をぎりぎりに張ってもらっていつものように短剣で刺してみる。
「……よし、大丈夫だね。とりゃ!」
私の宝箱恐怖症も大分治ってきたと思う。
その証拠にこんな風に掛け声をかけて宝箱を力いっぱい開いてみたりもできるようになった。
「赤い……宝石?」
「きゅ~?」
勢いよく開いた宝箱の中には私の掌よりも大きい赤い宝石が入っていた。
綺麗な六角形にカットされた宝石ですごく綺麗。ルビーかな?
でもこんなところで宝石なんてどうすればいいのだろう?
正直宝石よりも使い魔の卵やポーションの方が嬉しい。
「ロウ君。コレ、なんだかわかる?」
「ホホォホ、ホホ」
「あ、もしかしてただの宝石じゃなくて魔力の?」
「ホォ!」
ロウ君が私の問いに背負っているカタログをぱしぱし、と叩いた。
前も緑の綺麗な石が魔力の石だったっけ。宝石はみんな魔力の石なのかな。
カタログを下ろして赤い宝石を接触させると思ったとおりに赤い宝石はカタログに吸い込まれた。
開いてみると『魔力総量』がすごく増えている。
鬼を倒した分も含めて40000くらい増えている。これはすごい。
40000なんて溜めるのに一体何日かかるかわからない。凄く助かる。
「みんな見てみて! 魔力がこんなに!」
「きゅ? きゅきゅい!」
「ホホォ」
「ブルルッバフッ」
みんなもすごく増えた魔力に驚いている。
リーオ君なんて興奮しすぎて床を前足でかいて今にも走り出しそう。でも罠がいっぱいだからやめてね?
この魔力で何を取得しようか、と一頻り盛り上がり終わってから部屋の奥にある下に続く階段を見る。
「次の階……だね」
「きゅぃ」
「うん。でも今日は大分疲れたし、ちょっとだけ覗いたら安全地帯に戻ろう?」
「ホホォホォ」
「ブルル」
「きゅきゅい」
少し休んだといってもやっぱりずいぶん疲れている。
ルー君も走り回ってあんなに『紅蓮灯火』を撃ったんだからしっかりと休んでもらわないと。
罠を避けながら階段まで近づき慎重に覗いてみる。でも別段普通の階段だ。
とにかく降りてみないことには始まらないのでゆっくり慎重に階段を降りていく。
リーオ君がちょっと降り辛そうにしていたけどゆっくりだったので大丈夫だった。
「あ」
階段を降りきってすぐだった。
何かを通り過ぎたような感触。私はこの感触を知っている。
「安全、地帯……?」
そう、この感触は安全地帯にある膜の感覚だ。
そして膜を通り抜けてすぐに水の流れる音が聞こえてきた。
やっぱり安全地帯みたいだ。
階段側からは見えないが回りこむと土の地面と木があり、そしてやっぱり川が流れていた。
でも……それ以上に私の目を引いたのは――。
「し、システムメッセージ……」
安全地帯の大きな部屋の奥に、あの光り輝く文字が空中に浮かんでいた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『右の魔方陣は難しい。でも短い。
真ん中の魔方陣は普通。長さも普通。
左の魔方陣は簡単。でも長い。
チュートリアルの迷宮は普通。
ここからが本番だよ。
出口は最下層だよ。好きな魔法陣に乗ってね。
ちなみに一方通行だよ。
がんばって』
光り輝く文字――システムメッセージにはそんなことが書いてあった。
チュートリアル……ここからが本番……。
あんまりゲームをしたことが無い私でもチュートリアルくらい知っている。
つまりは今までは練習だったんだ。そしてここからが本番。
「やっぱりこの難しいとか普通とか簡単っていうのは……難易度だよね……」
長さはきっと出口までの距離。
そう考えると左の魔方陣の長いというのは……ちょっと考えたくない。
チュートリアルの迷宮というのがここの事だとすれば、あれだけ長い通路で普通ということになってしまう。
「きゅぅ」
「ぁ……ごめんね、ルー君……そうだよね。私は1人じゃない。1人で悩む必要はないんだよね。
みんな、とにかく一旦休もう!」
ボス部屋から降りて到着したこの部屋は大きな部屋で1番奥に魔法陣が3つとシステムメッセージ。
その前に川が流れていて橋がかかっている。
2つあった安全地帯と一緒で木が生えていて膜もあったからきっと安全だ。
今は疲れているから良い考えも浮かばないだろう。
橋を渡って木の近くにまで戻り、そこに布団などを用意して休む事にした。
まずはみんなで水浴びだ。
その後ご飯を食べさせて、ゆっくりと食休みを取る。
ゆっくり休んだら少し頭も動くようになってきた。
選択肢は3つ。
でも私的には2択だ。
距離が短くても難しいなんて論外だと思う。
絶対ボスはいるはずだから今までも大変だったのがさらに大変になるのはいただけない。
そう考えると普通というのもどうだろうか。
あの鬼も大蛇もすごく強かった。アレで普通なら……。
「みんな……私は――」
家に帰りたい。
最初から私はずっとそう思い続けている。
でも今私には3人の王子様が一緒にいる。
みんな大切でみんな大事な私の王子様。
もし……最下層の出口に辿りついて……その時みんなはどうなるのだろう。
連れて行けるなら1も2もなく連れて行く。
でも……違うなら……。
私は……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「行こう、みんな」
「きゅい!」
「ホホォ!」
「ブルルッヒヒィイン!」
リーオ君が興奮して嘶き、それにちょっとびっくりしたけれど大丈夫。
リーオ君の頭の上のルー君は突然のリーオ君の嘶きにも3本の尻尾で器用にバランスを取っている。
ロウ君はもちろん私の肩の上だ。
目の前の魔法陣にゆっくりとした足取りで近づいていく。
これからが本番。
でも私は怖くない。
ルー君、ロウ君、リーオ君。
私にはとっても頼りになる王子様達がついている。
さぁ、行こう!
目の前が真っ白になるほどの光に飲み込まれ、私達の本当の戦いが始まった。
完
お読みいただきありがとうございました。
これにて完結です。
これからが彼女達の迷宮脱出の本番です。
ですが頼りになる王子様達と一緒に最下層まできっとたどり着く事でしょう。
ちなみに外伝はありません。
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