伯爵家のメイド 9
あれから数日。
屋敷内は何事もなく平穏に過ぎている。
あれ以来男が私の前に姿を現すこともない。
(計画の日まで、あと二日…。成功してもしなくても、私には関係ない。貴族の爵位がどうなろうと、一介のメイドとは別世界の話だわ)
面倒なことに関わり合いにならずに済んだ、とホッとする一方、胸の中にモヤモヤしたものが残る。
奥さまを前にすると胸の燻りはさらに大きくなる。
奥さまは特に私に何もおっしゃらない。
薬の調合をしたこと以上に、私が深く関わっていることをご存じないようだ。
最近明るくなられたのは、アレンさまが生きていることがわかったからだろう。
してみると、犬が吠えた最初の晩に、あの男が奥さまに接触したと考えられる。
「ねえ、エレイン」
「はい奥さま」
「今日はとても気分がいいの。外の空気を吸ってみようかしら」
そうご自分からおっしゃるのは、この2年間で初めてのことだ。
外、といっても部屋の外へは出られないから、バルコニーに出るだけ。
手をお貸しして一緒にバルコニーに出る。
晴れわたった空が広がり、爽やかな風が頬をなぶる。
奥さまは、左手に広がる森のほうをじっとごらんになっている。
(アレン様のことを思ってらっしゃるんだわ)
喜びと不安が入り混じった奥さまの横顔を見ていると、協力をはね付けた罪悪感で胸が締め付けられた。
気分を落ち着かせようと、小屋にやってきた。
(やっぱりここが一番落ち着くわ)
ハーブティーを淹れようと準備を始めると、小屋のドアが控えめにノックされた。
「…どなた?」
まさかあの男か?と警戒してドアを細く開けると、意外なことにメイドのモリーだった。
「ちょっといい~?エレインに話を聞いてもらいたいの~」
「よくここに来たわね。小屋に来るのあんなに嫌がってたのに」
モリーに席をすすめ、ハーブティーを出す。
モリーは椅子に座って所在なさげにもじもじと体を動かし、不気味そうにあたりを見渡している。ネズミが出ないかどうかと、びびっているのだ。
「うん~。エレインを探してたら、小屋に向うのが見えて~。追っかけてきたの~」
珍しい。槍でも降るんじゃなかろうか。
だったら余程重要な話なんだろうとすっかり話を聞く態勢になるが、モリーはなかなか話し出さない。
ハーブティーをゆっくり飲み干したころ、モリーは意を決したように口を開いた。
「あたし~、妊娠したみたいなの~」
はい?




