伯爵家のメイド 7
(全然、眠れなかった…)
昨夜あれから、異変を感じた屋敷の人間がまた探りにくるんじゃないかと気が気ではなく、一睡もできなかった。
だるい体を叱咤しつつ、いつもの仕事をこなしていく。
今朝奥さまに食事をもっていったとき、薬品のことを報告したら「そう、ありがとう」と嬉しそうに微笑まれた。
アレックと廊下ですれ違ったら、とたんに真っ赤になって顔をそらされ、声をかける間もなく脱兎のごとく逃げられた。
「……」
そう見えるように仕向けたとはいえ、完全にSM趣味の危ない女だと思われたに違いない。
(冗談じゃない、私はいたってノーマルよっ)
王宮で働いていたころ、貴族たちの爛れたアブノーマルプレイをいやになるほど見聞きした。メイドに手をだす貴族たちや城の男たちも多く、何度か誘いをかけられたが、かろうじてかわし続けてきた。
自分は参加してなくても、メイドや侍女たちのあけすけな噂話や自慢話はいやでも耳にはいってくる。
昨夜のアレは、人から聞いたあれこれを真似ただけだ。
目立たないように目立たないように気を配って働いてきたのに、これで変な噂がたとうものならたまったものではない。
(全部あの男のせいだ)
ぎりぎり歯ぎしりをして、昨夜の男の厚顔を思い起こす。
しかし、面倒ごとにはなるべく関わらないように生きてきたのに、なんで咄嗟にあの男を助けようと思ったのか。
部屋に押し入られた被害者として、騒ぎ立てて、屋敷の男たちに知らせてもよかったのだ。
(あの眼…)
すべてを従属させるような力強い、真っ黒い瞳。
無意識に、あの眼の力に従ってしまったのだろうか。
あのいけすかない男の魅力に抗し切れなかったようで、悔しい。
仕事を急いで済ませ、小屋にやってきた。
まさかとは思ったが、さすがに誰もいない。
「?」
作業台の上に火酒のビンが置いてあった。
カラッポだ。
傷の消毒のために一ビン使うわけがないから、男が飲んだに違いない。
(全部飲まなくたっていいじゃないの)
と、ついけちくさいことを考える。だって決して安くは無い酒で、毎晩少しずつ飲むのを楽しみにしていたのだ。
「?」
よく見ると、ビンの中に紙が押し込まれているのに気づく。
手紙だ。
昨夜は世話になった。
世話になりついでに頼みがある。
森の涸れ沼に来て欲しい。
(何て厚顔な!私がホイホイと呼び出しに応じると思ってるのかしら!?)
思わず手紙を握りつぶしそうなって、手紙の下のほうにまだ何か書いているのを見つけた。
追伸
あんたのお守りは大事にあずかっている。
来てくれたら返すよ。
(お守り?)
お守りって何だ?
昨夜男に渡したものの中にそんなものがあった?
昨夜の自分の行動の記憶を丁寧に思い出していくと…
「あーーっ!」
そういえば袋に手当たり次第いろんなものを入れたとき、焦って一緒にアレを入れてしまった気がする!
(返してもらわないと、困る…)
嵐を呼びそうな男に、どうやらもう一度会わなければならないらしい…。




