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四葉のクローバー 12

祭りから数日たったある日。

人身売買事件の後始末で、ドタバタしていた宮がようやく落ち着き、自分のメイド部屋でお茶を飲みながら一息ついていた。


(ラルフ殿下は、宿題の答え、わかったかしら…)

祭りの日からこっち、私も殿下も半端じゃない仕事量で、それどころではなかった。

でも、執務室で顔を合わせる度、ドキドキした。

もう心は決まっているのにプロポーズの返事を焦らしたりして、我ながら意地がわるい。


(でも…)

生まれてはじめて祭りの準備を手伝って、祭りに高揚する街の人々にまじって、その熱気に触れて、私も祭りに参加してみたくなったのだ。


10代の若い女の子みたいに、好きな人に花束をあげて、気持ちを伝えてみたくなったのだ。


(私にこんな乙女チックな感慨があったなんてね)

少し、面映い。



コンコン。

ノックの音が小さく響き、ジーナが現れた。

「エレイン。王妃さまがお呼びよ」

「え?」

驚いて思わず腰を浮かす。

王妃さまからの呼び出しは、実は久しぶりだ。

先の舞踏会での“謎のレディ”の出現から、例のお見合い攻撃がパタリとやんでいたのだ。

産み月の近い、ご自身の体調を慮られてのこともあるだろうけど…、「ラルフ殿下に意中の女性がおられるなら、無理強いはできないわ~」と言って、含み笑いをしながら、にこにこと私の顔をご覧になるのだ。

(舞踏会の時の殿下のパートナーが、実は私だと気づかれているんじゃあ…!)

王宮でバッタリお会いするたび、意味ありげな笑顔で微笑みかけられて、そのたびに冷や汗をかいていたのだ。

(今日は、一体何の御用かしら…)

内心ビクビクしながら、ジーナの後を追った。




「エレインをお連れしました」

ジーナが王妃さまの居室の扉を開けると、そこには、かなり大きくなったお腹をやさしく手でさすりながら、ゆったりと椅子に腰掛けられている王妃さまの姿。そしてそのお隣には…。

(へっ、陛下っ!!)

私は慌てて一歩下がり、深くお辞儀をする。

すると陛下はやさしいお声で、

「そんなにかしこまらなくていいよ、さあ、ここにお座り」

と向かい側の椅子をすすめられる。


そう、王妃さまの隣に腰掛けられて、のんびりとお茶を飲んでおられる方は、国王陛下だ。

ラルフ殿下の兄君であられる。

私は、遠くからお姿を拝見したことはあったが、こうして傍近くでお声をかけられるのは初めてだ。

お背が低く、ぽっちゃりとした丸顔の陛下は、ラルフ殿下とあまり似てはおられない。

にこにことやさしい笑みを満面にたたえて、ぎこちなく椅子に座る私に、楽しそうに話しかけられる。


「エレイン。いつもよく働いてくれている、とミランダから聞いているよ」

私は緊張のあまり「恐れ入ります」とやっと一言搾り出した。

「もうっ、陛下ったらっ!いきなり陛下のお姿を見て、エレインがびっくりしてるじゃありませんのっ」

隣から王妃さまが明るい声で口を出す。

「そんなこと言ったってお前、私はヘビでもバケモノでもないんだから、姿を現したぐらいで、驚かれても…」

困ったように陛下が言う。

王妃さまは楽しそうに、陛下の体に触れ、「まぁあなたったら、バケモノですって、うふふふふっ」とコロコロと笑う。

本当に仲のいいご夫妻だ。

陛下がおっしゃる。

「いや、何、私もラルフの恋人だという“謎のレディ”の噂を聞いて、ぜひ私も話にまざりたくなったんだよ」

ギクリ。

全身が硬直する。

王妃さまは、そんな私の様子にはかまわず、扇で口もとをかくしつつ、「ねぇエレイン」と機嫌よく微笑んだ。

「わたくし、ずっと、あのレディは誰かしらって思ってましたの。金髪に緑の瞳で、あのラルフ殿下に愛される資質のある女性。そんな人、ざらにいるもんじゃありませんわよね」

一旦言葉を切り、ご夫妻そろってにこにこと、私の髪と顔を舐めるようにご覧になる。

(ひ、ひいいいっ…!)

硬直した背中に、冷や汗が伝い落ちる。

(絶対、バレてる…!)

「エレイン。よく聞いてちょうだい」

王妃さまが、慈愛に満ちた深い声で、こうおっしゃった。

「でも、こうも思いましたの。あの女性が正体を明らかにしないのは、きっと何か理由があることだと」

「……」

「でね、その女性に会ったら、ぜひ伝えてほしいの。“あなたがどういう方でも、私たちはきっとあなたを愛することができる。家族になれる”ってことを」

家族に―――。

陛下が少し身を乗り出すようにおっしゃった。

「エレイン。その人に、こうも伝えてほしい。“ラルフを愛してくれてありがとう”と。大事な女性ができたおかげか、ラルフは危険なことにがむしゃらに突っ込んでいくことがなくなった。前より自分を大事にするようになったようだ。ラルフの兄として礼を言わせてほしい」

目の前の国王陛下は、にこにこと曇りのない笑顔で私をご覧になる。

私は、涙が出そうになるのを必死でこらえながら、震える声でこう言った。

「…かしこまりました。きっと“彼女”にお伝えします」と―――。





王妃さまの居室を退室し、一緒に外にでたジーナと二人、王宮の廊下を歩く。

「ね、エレイン」

「ん?」

熱くなった目頭をエプロンで押さえながら、ジーナの方に顔を向ける。

「ラルフ殿下を受け入れる―――って、心に決めたのね」

ジーナがにっこり笑って、私の頬を軽くつついた。

「わかるわ。すっきりした顔してるもの」

(厳密にはまだ応えてないけど、でも―――)

「ええ」

こくり、と頷くと、ジーナは歓声をあげて自分のことのように喜んでくれた。

「おめでとう!エレイン!」

「ありがとう…これも、あなたや周りの人たちのおかげ」


気づけば、いくつものやさしい気持ちが私を見守ってくれていた。

今まで一心不乱に働いてきて、周りが見えていなかった。

時間がかかったけど、気づくことができた。

私を支えてくれる、あたたかい、やさしい人たちを―――。


「王妃さまって、本当に素晴らしい方ね。私の気持ちが固まるまで、見守っていて下さるおつもりなのね」

私は先ほどのやりとりを思い出し、また目頭を押さえた。

「見守って、ねぇ…」

ジーナが苦笑いで首をひねる。

「感動してるとこ水を差すようで悪いけど、あの王妃さまが黙って見守ってるだけなんてあり得ないわよ」

「え」

だって、さっき“正体を明かさないのは何か理由があるからだ”って…。

「まぁ、表向きはラルフ殿下とエレインが二人そろって報告に来るのを待つおつもりなんでしょうけどね。…でもあの王妃さまがそれまで待てるはずがないわ。早く二人をイジりたくてウズウズしてらっしゃるんだから」

「…!!」

「そういえば、午前中、メイドに山のような書類を持たせて、上機嫌でラルフ殿下の執務室に入っていったわよ。王妃さまがご自分で立案されたウェディング・プランの企画書ですって」

「はっ!?」

ウェディング・プランッ!?

ジーナがにや~っと猫のように笑う。

「ぼんやりしてると、あれよあれよと言う間に、祭壇の前に立たされることになるわよぉ…?」

「わ、私、ラルフ殿下の執務室に言ってくるわっ!」

スカートの裾をからげて、全速力で走り出す。後ろからジーナの声がかかった。

「結婚式のブーケ、私の方に投げてよね~っ!」





「ラルフ殿下、失礼いたしますっ!」

執務室に飛び込む。

執務机に座る殿下の顔がほとんど見えない。

机の上に積まれた大量の紙束のせいだ。

恐る恐る近づいてその書類を見ると、『ミランダ妃オススメ!ウェディングプラン【Aパターン~Gパターン】』と表紙に書いている。…AパターンからGパターン…。Gまでって!


殿下も王妃さまの攻勢にあったのだろう、心持ち疲れた顔で苦笑いする。

「“いずれ必要になるでしょうから”って積み上げられた。エレインが公表する気になるまで内密にしておくっておっしゃっていたが、義姉上のあの態度じゃあ、バレバレだよなぁ」

(バレバレでした…)

殿下が、少しバツが悪そうに言う。

「お袋の家から二人で戻った夜、こっそり王宮に戻った俺たちをどうやら目撃したらしいんだ」

と、唇を指先でトントンと叩きながら言う。


「!!」



あの後、夜も大分更けていたが、事件の後処理が残っているといって殿下は王宮に戻ってきた。

メイフェアさんは、私だけでも泊まっていけ何度も勧めてくれたが、丁重にお断りして私も殿下と一緒に戻ってきたのだ。

足を痛めた私のために馬車を調達してくれて、二人で乗り込んだ。


せっかくもらったのだから、と持ってきていた練り飴の包みを馬車の中で広げ、殿下にも勧めた。

ラルフ殿下は「練り飴か、懐かしいな」と言って一つ口に放り込んで、急にニヤリと笑い、「そういえばこの飴の楽しみ方を知ってるか?」と言い出し、私の頭を引き寄せ、「プロポーズの返事はともかく、これは今回心配させた罰だ」と囁いて、そのまま…。


…………。


…まぁ、それで王宮に到着して、真夜中だったので物音をたてないようにこっそり部屋に戻ったのだが…。

それを王妃さまに見られていたとは!!



「義姉上に言われたよ。“二人とも唇を真っ赤に染めて仲の良いこと”ってな」


「…!!」


(目眩がする…)


「で、どうする?」

「どうするって、何がです…」

ぐったりと聞き返す。

ラルフ殿下はしれっと『ミランダ妃うんぬん』の紙束をずずいっと前に出す。

「義姉上ご推薦の結婚式がAからGまで7パターンあるそうだ。お前の好きなのでいいぞ」

「けっ…結婚式って…っ!」

いくらなんでも話が早すぎる!

意味もなく口をパクパクさせている私を、殿下はじっと見つめて、ニッと笑う。

「俺の嫁さんになってくれるんだろ?」

すでに答えはわかってる、と言わんばかりの態度が面白くない。

確かに私の気持ちなんてお見通しだろうし、王妃さまにバレているならもう逃げ場はないも同然だ。それでも、最後の抵抗、とばかりに、つんと顎をあげて言った。

「…花束の意味はお解かりになったんですか。あれがお返事だと、申し上げたはずです」


「ああ」

どこに置いてあったものか、分厚い本を数冊、ドンッと執務机の上に上げた。

『社交術エトセトラ』、『男性のマナー』、『花ことば大辞典』…。

ラルフ殿下がいつも嫌って手を出さない類の本だ。

殿下は眉をしかめ、「手こずったが、ま、一通り読んだ」と言った。


椅子から立ち上がって、執務机を回り、立ち尽くす私の前にやってきた。

「“ダスティミラー”はすぐわかった。だが、これだけだとメイドのままでも意味が通じる」


ダスティミラーの意味は「あなたを支える」。


「だが、お前のことだ。何か仕掛けがあると思った。…そこで気づいたのが、花束を束ねている四葉のクローバーだ」


そう。

ダスティミラーの花だけをまとめた花束に、普通はリボンで花をまとめる代わりに、茎が長めの四葉のクローバーを使って結わえつけたのだ。



殿下の両手が私の頬を包み込む。


「四葉のクローバーは…“私のものになって”、だな」


嬉しそうに笑い、ぎゅうっと抱きしめられる。

胸の底から吐き出すような切ない声で、言った。

「やっと捕まえた」


声の熱さに、胸が締め付けられる。



大きな背中に手をまわし、思いの限り抱きしめた。

「…ずっとずっと、お傍にいます…」


強く抱きしめられ、押し付けられた胸から、速い鼓動が聞こえる。


「私のものになって、か。やっぱりお前は情熱的な女だな、エレイン」

耳元に囁く声。「俺はお前のものだ」


体が少し、そっと離されて、くいっと顎を持ち上げられる。

殿下の吐息を近くに感じ、私はそっと目を閉じた。


唇が触れる寸前、殿下がニヤッと笑って言う。


「ここは、真っ赤な薔薇でも贈る場面だったかな?」

じらすように、息を吹きかけられた。

「…私は真っ赤な練り飴の方が好きですわ」

ラルフ殿下の首の後ろをぐいと引き寄せ、噛み付くように私の方から口付けた。










「で、結婚式はどうする?」

「―――“花娘”のドレスみたいのじゃなければ、何でもいいですわ」




…and they lived happily ever after! (めでたし、めでたし!)



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