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四葉のクローバー 11

かるく片付けでもしておこう、と一人作業部屋に入る。

壁にはパレードで着たらしい白いドレスがかかり、床には花びらやらリボンが散らばっている。


(まさに祭りのあと、ね)

色とりどりの花を入れていたカゴにはほとんど花が残っていない。

まずこれを取りまとめようと、花を手に取ったとき、扉が開いた。


「よう。さっき扉の外にいただろ」

ラルフ殿下だ。


「ユーグはどうしたんですか」

さっきの会話を立ち聞きしてしまったことが後ろめたくて、つい目をそらす。

「さあな」

とぼけた返事に、さっきのユーグの悲鳴を思い出し、眉をひそめる。

「体の痕のことは、私がユーグに頼んだことですよ。別にどうということもないでしょう。ユーグだって、こんな年増メイドのことなんて殊更気にしませんよ」

ラルフ殿下はこれみよがしに溜息をつき、頭の後ろを掻いた。

「…自覚がないのも、困ったもんだ。あの年頃の男にとっちゃ、年上の女がまぶしくみえるもんなんだよ」

「ユーグはそんなことないでしょう。私のこと、嫌ってるみたいですし」

私の言葉を聞いて、ラルフ殿下はまた大きく息をつき「男心をわかってないな」と呟く。



「しかし、練り飴で伝染病とは、よく考えたな」

「でしょう?以前王宮勤めをしていた時によくこの手を使いました。貴族とか城の男たちに迫られた時に。自分で薬草を調合して、肌を気持ち悪い色で染めて。“病気なんです”って言うと、面白いぐらいあっさり手をひきますよ」

仕事に差し障りがあるといけないので、さすがに伝染病、とまでは言わなかったが。

くすくすと笑いながら言う。

ラルフ殿下は笑わなかった。

「そこまでしないと身を守れなかったんだろ」

「…」

(ここは、笑って流してくれればいいのに…)

「…昔のことです」



「祭り、結局一緒に回れなかったな」

残念そうに言う。

「仕方がないですよ。お仕事だったんですから」

「来年また来よう。お前が花娘になった姿を見たい」

「…花娘は勘弁して下さい。あれは10代の女の子がするものです」

「確かに15の時のお前は可愛かったがな。今だって充分花娘でいけると思うぞ」

「…」

どう言っていいのかわからなくて、さっきからその話題に触れないようにしていたのに、ラルフ殿下は私の逡巡など知らぬげに、ずけずけとそこに踏み込んでくる。


(ああっ、もうっ)

ついに、口を開いた。


「…昔会ったことがあるんだったら、初めて会った時、そう言ってくださればよかったじゃないですか!伯爵家で会った時、初めて会ったような顔をして―――」


そう。ラルフ殿下が昔会ったという少女は私だ。

今まで記憶の底に埋もれていたけど、さっきの話を聞いて、あの情景が鮮やかに浮んできた。


周りのメイドたちに目をつけられ、事あるごとに嫌味を言われる毎日。あの頃は幼くて、真正面からぶつかっていくことしかできなかった。

あの日もいつもと同じように呼び出されて、つい反論したら平手打ちが飛んできて…。

男の人の大きな背中が、かばってくれた。

人にかばわれたのなんか、初めてだったから覚えている。

自分の中の怒りや悔しさでいっぱいで、その男の人の顔はおぼろげになってしまっていたけど…。


(まさかラルフ殿下だったなんて)


ラルフ殿下は苦笑して言った。

「なんとなく言いそびれてな。お前も覚えていないようだったし。

王宮に上がったらエレインに会えると思って楽しみにしてたんだが、お前は王宮を辞めた後だった。だから伯爵家でお前の姿を見たときは驚いたし、嬉しかったぜ。お前は全然変わってなかった」


舞踏会でアレンさまに言われたことを思い出した。


“ほぼ一目ぼれだと言っていたよ。初めて君に会ったときにガツンとやられたと。どういう出会いだったのかと僕が聞いても、どうしても教えてくれないんだ。ニヤニヤしてばかりで”


「じゃ、じゃあ、アレンさまにおっしゃったことは…」

「アレンに言ったこと?」

「い、いえ…」


(あ…あれは、伯爵家のメイド部屋でのことじゃなかったんだわ…)


会っていたんだ、私が15の時に。


「どうして今まで言ってくれなかったんですか―――」

堪えきれず涙が頬をつたう。


あの頃、自分を守れるのは自分だけと思っていた。ひとりぼっちだと思っていた。

そんな、孤独の中にいる私を見ていてくれた人がいた。

それだけで、あの頃メイド部屋の陰で流した苦い涙が綺麗に洗い流されたような気がする。


(メイドをやっていてよかった。この人に会えた)


今まで私を支えてきたものは、メイドとしての誇りだった。

完璧な仕事をすることで、自分の納得いく仕事でお給金をもらうことで、自分を奮い立たせてきた。

でも今、私を支えているのは、ラルフ殿下の存在だ。

私の仕事を認めてくれ、傍に置いてくれた。

私に自信をくれた。


メイドとして私がこの人を支えているようで、支えられているのは私の方だ。



ラルフ殿下がそっと、私の頬に手のひらで触れた。その手に思わず頬をすり寄せる。

涙があとからあとから零れた。

「お前の涙を見たのは初めてだな。初めて会った時も、泣いてなかった」

ラルフ殿下は親指でそっと、私の涙をぬぐった。


「俺はお前の居場所を作ることができたか?」

「…はい」

はっきりと答える。


私の居場所はラルフ殿下の傍。これからもずっと。


悩んで考えて、遠回りしてやっと気づいた。もうこれ以外ないと。

この人はそんな私を待っていてくれた。


「エレイン」

殿下は私の手をとり、真剣な声で言った。

「俺の嫁になってくれ。悪いが、苦労は山ほどかける。俺は兄上の補佐をやめるつもりはないし、事件が起きれば今回のようにすっ飛んで行く。だが、俺はお前に傍にいてもらいたい」


(なんて、身勝手なプロポーズ)

でも、ラルフ殿下らしい。


「俺の居場所はお前の隣だ、エレイン。

…お前に会うまで俺には帰る場所がなかった。小さい頃からお袋から“この街はお前の居場所じゃない”と耳にタコができるほど聞かされて育った。王宮の上品さにはいつまでたっても慣れることができそうにないしな。

俺が王弟でもない、ただの男になれる場所はお前の隣だけだ」


(ただの男…。そうだ、この人は最初から王弟殿下としてじゃなく、素のままの自分で接してくれていた)

私も応えたい。素の自分の気持ちで。


私は黙って部屋の隅に向かい、カゴの中に残っている花を使って簡単に小さな花束を作った。


ダスティミラー。

ビロードみたいな銀白色の葉をもつ、小さな黄色い花。

この花の持つ意味は、どんな花よりも私らしいと思った。


ダスティミラーの花束。そして、もう一つ…。


ラルフ殿下は気づくだろうか。私の気持ちに。


私は殿下にその花束を手渡した。

「…なんだこれは」

殿下は訝しげな表情で花束を受け取る。

「それが私のお返事です」

「なに?」

殿下が素っ頓狂な声を出した。

私はこみ上げてくる喜びと笑いをおさえつつ、言った。

「この花束がお返事です、申し上げているのです。

殿下は、こういうことに関して、教養が足りなさすぎですわ!貴族の男性のたしなみとして、日頃から学んで下さるよう、オーディンさんも私も、口を酸っぱくして申し上げておりますでしょう!」

「…なんで、プロポーズして説教されるんだ」

憮然とした顔になるラルフ殿下。

私は片目をつぶってつけくわえた。

「とにかく。これは宿題ですわ。頑張ってこの花束の意味を解き明かして下さいませ」


ラルフ殿下は苦笑いをして、こう言った。

「手こずらせる女だ」

「たまには私が殿下を振り回したっていいでしょう?」


さて、私が用意したこの謎、ラルフ殿下に解くことができる?





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