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四葉のクローバー 10

馬車で送られてメイフェア亭に戻ったら、メイフェアさんが泣きながら私の無事を喜んでくれた。

ユーグと私がいきなり行方不明になったことを知ると、物凄く胆を冷やしたが、自警団に告げた後は話を広めないよう、必死で何事もなかったように振舞ってくれた。

そのおかげで、事件に関係ない人たちが何の憂いもなく祭りを楽しむことができたのだ。


(良かった。とにかく祭りが成功して…)

当初のラルフ殿下の希望通り、一緒に祭りに参加することはできなかったが、事件の影響で取りやめになることもなく、街の人々が笑顔で祭りを楽しむことができて、本当に良かったと思う。

メイフェアさんによると、港に急行したラルフ殿下と自警団の活躍で、人身売買組織を一網打尽にし、女の子たちも無事に救出することができたらしい。


「今、事件の処理にみんな飛び回っているけどね。追っ付け戻ってくるよ」

目尻の涙をぬぐいながら、メイフェアさんが言う。

食堂の方では、夜も大分更けたにも関わらず、人々が祭りの祝杯をあげて大賑わいだ。

お手伝いします、と申し出ると、勢いよく叱りつけられた。

「何言ってんだい!あんたはまずお風呂!その赤い点々を早く洗い落としてきな!そしてあとはもう休むこと!今日は大変な一日だったんだから!」

「は、はい」

メイフェアさんに逆らうことはできない、とこの三日間で思い知っている。

私は、言いつけに大人しく従うことにした。



(ああ、さっぱりした)

お湯を使わせてもらい、食堂のお客の邪魔にならないようそっと階段を上った。

二階の、使わせてもらっている部屋に戻る途中、誰もいないはずの一室から声がする。

(ユーグと、ラルフ殿下?)

すると、事件の後始末を終えて戻ってきたのだろう。

ユーグの涙混じりのような声が聞こえる。



「ラルフ兄、この街に戻ってきてくれよ。王宮なんか、堅っ苦しいところ、ラルフ兄には似合わないよ!!」

私に対するようなツッパリは影を潜め、甘えた調子が声に混じる。

「まぁ、たしかに王宮は堅苦しいが」

「だったら!!」

「最後まで聞けよ。俺は最初は王宮に上がるつもりはなかったんだ。お前の言うように王宮の堅苦しい暮らしなんて真っ平だったし、城下には仲間もたくさんいたしな。城下にいたって兄上を助けることはできるだろうと思ってた」

「だったら、どうして!」

「20歳になった時、お袋に言われた。王宮に行くか城下に残るか決めろとな。城下にいようと気持ちは決まっていたが、何となく妙にもやもやして、ブラブラと王宮の門まで歩いてきたとき、一人の女の子の姿を見たんだ」

「…女の子?」

「今のお前より幼かったかな。15,6の可愛い子だった。メイド服を着ていた。

王宮の門の陰で、2、3人の年かさのメイドたちに囲まれててな。

そのメイドたちは、貴族と寝ることで小金をもらえるとか、王宮メイドはそれくらいのサービスしないといけないとか言って、それをしようとしないその子を“お高くとまってる”とイビッていた。その子はいくら小突かれても怯みもせずにこう言ったよ。

“私はメイドの仕事でお給金をいただいてるんです。体を触らせたり足を開いたりするような付加価値をつけなきゃいけないほど、いい加減な仕事はしてないわ”ってな」


(……!!これって…!)


「へ、へぇ~…。度胸あるなぁ…その子」

「だろ?でもさすがに先輩メイドがキレてな。2,3人がかりでその子に殴りかかっていったから、急いで俺が割って入ったよ。先輩メイドたちは蜘蛛の子を散らすように逃げてって、残ったのはその子だけ。メイドたちがいなくなった途端、ぶるぶる震え出したよ。怖いのを必死で我慢してたんだな。それでも目の前に俺がいるのに気づいて、無理やり体の震えを止めてな。俺の目をまっすぐ見て、しっかりと礼を言って、踵をかえして王宮の中に戻ってったよ。かっこよかったな」


“ありがとうございました”

“あれは職場の先輩なんだろ?これから大丈夫か?”

“これもお給金の一部だと思えばなんでもないことです。…それに、私の居場所はここしかないから”


「涙をいっぱい溜めて、でも決して泣かない瞳が綺麗だった。

俺のこの手で、あの子の居場所を作ってやりたいと思った。あの子が誇りをもって堂々と仕事ができる環境を作ってやりたいと思ったんだ」

「…それがラルフ兄の“初恋の人”?」

「ああ」

「…だから王宮に上がったの?」

「そうだ。実際王宮に上がれたのは、父上の死後兄上が即位してからだったが…。兄上が即位してすぐ、王宮の大掃除からはじめた。王宮内は腐っていたからな。国の中枢の風通しがよくないと、国政もはかどらない。なにより、王宮内で働く人間が気持ちよく働けるようにならないとだめだと思った。それをするのは、俺が適任だと思った。お袋の苦労をずっと見てきたからな」

ユーグが泣きそうな、でもどこか諦めの入った声で言った。

「…もう、街には、自警団には戻ってこないんだね」

「…ああ。今の自警団はスヴェンを中心によくまとまっている。お前も最近剣の腕があがってきたと聞いた。俺抜きでも充分やっていけるさ」

あとは、ユーグの責めるようにゴネる声と、それをなだめるラルフ殿下の低い声が続く。


「…俺さ、メイドなんて雑用ばっかりしてる気楽なもんだとばっかり思ってた」

ポツリ、とユーグが言った。

「でも違うんだな。エレインは、馬車の種類とかどの道を通るかとか、全部わかってたし、ラルフ兄の行動パターンも完璧に把握してたよ。…俺よりも冷静に状況を把握してた」

「エレインは、プロのメイドだからな」

「そうだよ!俺に練り飴で体に痕をつけさせたのだって、咄嗟の機転にしては―――」

「体に痕?」

ラルフ殿下の声音が低くなる。

(…バカ。余計なことを…)

「…ユーグ。エレインの体の赤い斑点はお前がつけたのか?あの服の下の?」

「えっ!?そ、それはその…し、仕方がなかったんだよっ…」

ユーグがしどろもどろになる。真っ赤になっているのが目に見えるようだ。

「どういうことか、詳しく聞かせてくれるな?」

ドスの効いた、殿下の声。

(あ~あ…)

ユーグの悲鳴を背に、扉のそばを後にした。




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