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四葉のクローバー 7

ガタン!ゴト…ゴト…ガタン!

舗装していない裏道を走っているらしく、馬車はひどく揺れる。

かつぎあげられて、馬車に放り込まれ、逃げられないように両手両足を縄で縛りつけられた。

馬車に投げ込まれたときに麻袋はとられたので、隣に転がるユーグの様子も見えるし、外の景色も小窓から見えるが、そろそろ夜の闇が広がり、加えて裏道を迂回して走っているので、どこを通っているのか見当がつかない。


ユーグは、興奮で目をギラつかせながらも、私の方を見てブツブツと文句を言った。

「なんだよ、俺一人で乗り込もうと思ってたのに、とんだお荷物ができたぜ…」

「これからどうするつもり?」

ユーグは鼻息荒く答えた。

「決まってらあ!奴らのアジトに乗り込んだら、俺たちも他の娘たちが捕えられているところに連れて行かれるはずだ。そうしたら、隙を見て娘たちを逃がしてから、俺が奴らをやっつけてやるよ!」


(そんなうまくいくかしら…)

私の心配をよそに、外の御者席に座っているらしい二人組みの男たちの声が聞こえてきた。

「へっへっへっ、ツイてるぜ。最後の日にこんな上玉二人も捕まえられるなんてな。俺たちが味見してえくらいだ」

「バカ、よせ。売り物に手を出すわけにゃいかねえだろ。今まで捕まえてきた娘っ子も何もしねえで閉じ込めてんだから。とにかく、港に急がなきゃならねえ。今夜中に荷を船に積んで、早朝には港を出ねえといけねえからな。…道がやけに混んでやがるぜ」


ガタン!

いきなり馬車が大きく揺れる。


「いたっ!」

私とユーグは馬車内の壁に叩きつけられた。


「なんだあ!?」「道が塞がってやがる、おい、ちょっと探ってこい!」

ギシッ、バタバタと、一人が馬車から降りて、駆ける音。


(何かあったのかしら…)

しばらくして戻ってきた男が、焦った声でもう一人に報告した。

「まずいぞ、祭りのためにこの道は通行止めだとよ!」

「なに!?この道を通らなきゃ、今夜中に港に着けねぇじゃねえか!」

緊迫した空気を漂わせて、ごちゃごちゃと話し合う声。


(事態が変わったみたい…)

私とユーグは顔を見合わせた。

しばらくして、御者席とこちらをつなぐ小さな窓が開く。

狡賢そうな男の目がこっちを覗き込んだ。

「おい。行き先変更だ。おめえたちは外国じゃなくて、売春宿に売っぱらうことにしたぜ。どっちにしろ、おめえたちにとっちゃ、やることは変わらねえんだ。覚悟しておくんだな」

とだけ言って、すぐにパタンと小窓を閉じる。

(な、なんですって!)

このままだと、本来の目的である人身売買のアジトとは全く別の場所に連れていかれてしまう。

だが、体中を縛り付けられたままで、どうすることもできない。

「おいこら!冗談じゃないっ!!馬車を止めろっ!!」

ユーグが怒りにまかせて、縛り付けられたまま暴れ出す。

「うるせえぞ!」

ガン!!

乱暴に壁を叩く音。もう一人の男が残念そうに言う。

「あ~あ、せっかくの上玉なのに…その分の分け前が減っちまうな。どうせ売春宿に売っちまうなら、その前に俺たちでこいつらを味見できねえかな?」

「バカだな、おめえは。そんなことしてたら俺たちが船に乗り遅れちまわあ。迂回路を通って、ただでさえ港に着くまで時間がかかりそうだってのに。まぁ、こいつらを売春宿に売っぱらった金は、そのまま俺たちの懐に入るから、小金が手に入ることは入るぜ」

「あ~~、もったいねぇ…」

男たちのボヤキと、ユーグのわめき声とともに、馬車は無情にももと来た道を戻りはじめた。




数十分後。

馬車は止まり、私とユーグは馬車から引き摺り下ろされた。騒がないように、と猿轡をかまされる。

ユーグは、あまりにも暴れるので、男から腹に一発くらい、気絶させられて荷物のように担ぎ上げられた。

私は自分の足で歩くよう、足の縄は解かれたが、手の拘束はそのままだ。

もう外はすでに闇。真っ暗で辺りの様子はよく見えない。

ぽつり、ぽつりと灯る街灯と、遠くに点在する店の灯りらしきものがぼんやりと浮ぶ。

私は何か目印になるものはないかと目を凝らした。

何とも言えない、すえた臭いが鼻をつく。ここは大分うらぶれた下町のどこかのようだ。


ボロい宿屋の裏口に連れていかれる。

おそらくここが売春宿だろう。

男が店の奥に声をかける。

「おい、上玉を連れてきたぞ!いい値段つけてくれ!」

店の奥から、幽鬼のように痩せて陰気な目をした中年の女が出てきた。

「なんだい、上玉上玉っていつも言うけど、今度こそ本当なんだろうね」

その女主人はやおら私の顎をつかみ、モノを見るような目でじろじろ眺めた後、男に担がれたユーグの頬をピシリと叩いた。

「まあまあだね」

女主人と男たちが値段交渉している間、私はさりげなく辺りを見回した。

長く続く廊下に部屋がいくつも連なっている。客をとる部屋だろう。建物はボロいが、取り付けている鍵はやけに頑丈そうだ。

手前にあるたまり場には何人もの女たちが見えるが、興味がないのかこちらのやりとりを見ようともしない。

(興味がない、というより、死んだような目の色ね…)

すん、と鼻をうごめかす。甘ったるい香の匂いの中に、微かに刺激臭が混じる。

(毒草の匂いだ…中毒性があって、人の理性を失わせる…)

目を凝らして見ると、女たちの中には、長煙管のようなものを吸っている女がいる。

(中毒にして、縛り付けて客を取らせているんだわ…)

ここは、売春宿の中でも、特に悪質な部類の店だ。


「この子らを上に連れてきておくれ」

値段交渉を終えたらしい女主人は、私たちを引き連れて、狭い階段を上り二階の空部屋に放り込んだ。

気絶したままのユーグは乱暴に床に転がされ、私も男に小突かれて、ユーグの隣に転がった。

ご丁寧にも、歩かせるために解いていた足の縄をもう一度私の足に縛りつける。

「客がつくまでここでおとなしくしてな。マーシャ、マーシャ、こっち来な!」

女主人は大きな声で、ちょうど廊下を通りかかった女を呼ばわった。

「あんた、今夜客にすっぽかされたんだろ。ちょうどいい、この子らが逃げないように見張っときな!」

女主人はそう言って、男たちを伴って部屋を出て行った。

入れ違いに入ってきた女は、安っぽいスリップドレスを着て、長い巻き髪を気だるそうにかきあげている。

濃い化粧でごまかしているが、私よりいくつか年上のようだ。

ドレスの肩ひもがずれて、だらしなく着崩れているが、気にした様子もなくあくびをする。

気のない様子で私たちの方を見て、目を大きく見開かせた。


「あんた、エレインじゃない?」


(え?)

薄暗いあかりの中、私は目を凝らして女の顔を見た。

「マーシャよ。昔、王宮で一緒にメイドをしてたマーシャ」


(あ!!)


よく見ると昔の面影がある。私が昔、王宮を辞める前に同僚だったメイドだ。

マーシャは真っ赤に塗られた唇をゆがめ、にやりと厭らしく笑った。

「あんた、城の男とは寝ないってお高くとまってたけど、結局行き着く先はこんな売春宿ってわけね」

マーシャは、私のすぐ傍の床にどかっと腰をおろした。

床に転がっていたリンゴを拾い、無造作に齧る。

「あんたが辞めた後、大勢メイドが辞めさせられてね。あたしもその一人。商家のメイドをやらないかって話があったけど、冗談じゃない、王宮に勤めてたあたしが、商人なんかに仕えられるかってのよ!」

リンゴの皮をプッと床に吐き捨てる。

猿轡をかまされている私の返事なんかハナから期待しているわけはなく、ペラペラと自分がこれまでやってきたことを話し出す。

話を聞いてみると、羽振りのいい男に擦り寄っていっては、甘い汁を吸おうと、体を使って取り入り、あげくの果てに飽きられて捨てられるという、なんのことはない、メイド時代と同じ事をくりかえしていただけ。

結果、体を売って日銭を稼がねばならない身に堕ちこんだという。


(彼女にだって、真っ当に生きられる道はあったのに)

陛下とラルフ殿下が大勢使用人を解雇したとき、一人一人に次の勤め先を用意したのだ。

きっと、商家のメイド、というのがそれだろう。

マーシャが、“王宮メイド”というくだらないプライドにとらわれないで、その話を蹴らなければ、あるいは彼女は今とは違った別の人生を歩いていたのではないか。


「噂で聞いてたけど、あんた、ラルフ殿下のメイドになったんでしょ?」

マーシャはニイッと笑う。口もとは笑っているが、目には嫉妬と嘲りと卑屈な色が混じり合っている。

「第三王子なんて聞いたこともなかったけど。でも王族は王族。そこらの貴族とは格が違うよね。お付のメイドはあんただけなんだって?どうやって取り入ったのよ。どうせ体を使って誑し込んだんでしょ」

(違う!)

激しい否定を込めて睨みつけるが、マーシャは鼻でフンと笑い飛ばした。

「貴族や城の男と寝るあたしたちをずっと見下してたくせに、たいしたタマね。王弟殿下狙いだったとはね!」

憎々しげに言い捨て、口に含んだリンゴの種を私の顔に吹きつけた。

(!!)

ピシリ!と目のすぐ下に種が当たる。マーシャは、驚いた私の顔を見てニヤニヤ笑い、嘲るように言った。

「なんでここに連れてこられたか知ったことじゃないけど、ここは売春宿でも下の下よ。客は変態ばかり。一度でもあいつらにヤラれりゃあ、もう二度と王宮になんて戻れないねぇ」

今度は唾を私の顔に吐き捨てる。

「ざまあみな!あんたみたいにお高くとまってても、メイドは所詮メイド。貴族の弄びもの。使い捨ての道具よ。ラルフ殿下だって同じだわ!」

耳障りな甲高い声で笑う。


メイドはメイド。

自分の口癖を、マーシャの口から同じように言われると、ひどく薄っぺらいもののように感じた。


(違う。使用人をモノのように扱う貴族と、ラルフ殿下は違う)


マーシャは更に言い募ろうとしたが、ノックもなくいきなり部屋の扉が開く。

「マーシャ、ちょっとこっちおいで」

女主人だ。

マーシャは舌打ちして私をするどく一瞥し、扉の外に出て行った。

バタン。

扉が閉まった音を聞き、ホッと息をついた。


(ここからなんとしても逃げなければ)

抜け目なく辺りをぐるりと見回す。

ふと笑いが漏れた。

(捕らわれのお姫さまだったら、王子さまが助けに来てくれるのを大人しく待つところね。でも、私はお姫さまじゃない)

私はメイドだ。修羅場だっていくつも乗り越えてきている。

小娘みたいにキャーキャー騒ぐだけの年でもない。伊達に年を重ねてきてるわけではないのだ。


(自力でなんとかしてみせる)





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