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伯爵家のメイド 5


夜、仕事を終えて、厨房でマーサさんとお茶を飲む。

マーサさんは他のメイドたちが気に入らないので、二人きりになると必ず愚痴を言ってくる。

だいたいマーサさんが喋り、私がそれを聞いているという感じだ。


「あんたは働き者で、いい子だ。無愛想だけどね。でも他の3人はどうしようもないよ。足を開くことだけが仕事だと思ってんじゃないかい。全く、前の伯爵様のときと比べて屋敷はめちゃくちゃになったよ」


マーサさんは前の伯爵の代からこの屋敷で働いている、一番古株の使用人だ。


「あんた、ここの前は王宮に勤めてたんだろ。王宮のメイドなんてたいしたもんじゃないか。なんだってやめちまったんだい」


「うーん。王宮勤めは気苦労が多くて。心機一転のつもりで職場をかえてみたのよ」


私は12歳から王宮でメイドとして働きはじめた。

亡き母が王宮でメイドをしていたツテで入れてもらったのだ。

そこでメイドとしてのノウハウや心得を叩き込まれた。


王宮勤めとはいえ、仕事はどこにいっても大差はない。

掃除、洗濯、給仕、もろもろの雑用だ。

おおむね誇りをもって不満もなく仕事をしていたが、慣れてくると、王宮という場所はまさに魑魅魍魎が跋扈する場所だということに気づいた。


あちらこちらで陰謀が蠢いていて、時に白刃がとびかうことも、毒が使われることもある。

企みごとの交じった恋愛遊戯が乱れ咲き、知りたくもない秘密を見聞きしてしまうこともあった。


ここのメイドたちのように玉の輿を夢見て、身の程しらずな野望を抱いた子もいたし、思いがけないことから陰謀に巻き込まれてしまった子もいた。


ある日突然メイドがいなくなる、なんてことは普通のことだった。

いなくなってもすぐに代わりの新しい子が入ってくる。


王宮で学んだことは、私たちは取替えのきく消耗品だということ。

余計な関心はもたず、何も見ない、何も聞かないことが、平穏な日々を過ごすために一番必要なことだと気づいた。




「そういわれてみれば、そうかもしれないね。王宮勤めなんて肩が凝りそうだねぇ」

適当にぼやかして言った答えに、マーサさんは簡単に納得してくれた。


私はエプロンのポケットから銅貨を出し、マーサさんに差し出す。

「マーサさん。いつもの、お願い」

「まったく…、あんたはいい子だけど、これは悪い癖だよ。若い娘が飲むもんじゃないよ」

マーサさんは、ため息をつきつつもテーブルの下から出してくれた。


火酒。

アルコール度数の高いこの酒を、寝る前にチビチビ飲むのが大好きだ。

大酒飲みではないが、お酒の味と、快い酩酊感を感じるのがくせになる。

若い女らしからぬ、というのは自分でも自覚しているので、マーサさんにこっそり頼んで私の分を買っておいてもらっている。


「ありがとう、マーサさん。でももう私、若い娘という年齢じゃないわよ」

「何言ってんだい!25歳だろ?あたしから見たらまだまだヒヨッコだよ。あの3人みたいになれとは言わないが、すこしは色気づいていい男をみつけな!」

陽気なマーサさんの励ましに苦笑しつつ、礼を言って厨房を出た。




16,17歳で嫁ぐのが普通とされているので、25歳は立派な嫁き遅れだ。

心配してくれる家族がいなかったから、いたってのんきにここまできたが、はっきり言って男と恋愛するより、将来住む家のことを考えながら火酒を飲むほうがよっぽど楽しい。


波乱万丈な人生とか、運命的な恋愛なんて真っ平だ。

ヘンなことに首をつっこまず、何の変哲のない日々を過ごせるのが一番幸せだ。

このままずっと何も起らないまま平穏に過ごせたら…。



そんなことをつらつら考えながら、自分の部屋につく。

「!?」

ドアをあけたとき、すぐに異変に気づいた。

窓が開いている。朝出てきたときはきちんと戸締りをしたのに。



部屋の中に、男がいる。



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