四葉のクローバー 4
翌日。
朝から食堂は大賑わいだ。
祭りの前日ということもあり、お客はみんな祭りの話をしながら楽しそうに食事をし、手早く食べ終えて祭りの準備に出かけていく。
私は忙しく料理を運びながら、「おっ、新しく雇った娘かい?」とか「どっから来たの?この辺りじゃ見かけない顔だけど」と明るく声をかけられ、忙しいながらも楽しく仕事をしていった。
朝食が終ったと思ったら、あっという間に昼食時のラッシュがやってきて、それがやっと落ち着いてきたところにメイフェアさんの檄がとんできた。
「エレイン、その皿を運び終わったら二階へ行って祭りの準備を手伝ってきておくれ!手が足りないそうだから。スヴェン、エレインを二階の作業部屋に案内してやって!」
ちょうど遅い昼食を食べ終えたばかりだったスヴェンさんが苦笑して席を立つ。
「やれやれ、人使いの荒い…。大丈夫かい、エレイン。メイフェアおばさんは仕事には容赦ないから…」
スヴェンさんに伴われて階段を上りながら、笑って答えた。
「人使いが荒いのは、ラルフ殿下で慣れていますわ」
確かに体は疲れているが心地いい疲れだ。
街の人の活気にあてられて、私も少し高揚しているようだ。
「二階のこの部屋を作業部屋として借りてるんだ」
案内されたのは、私が泊まったラルフ殿下の部屋の斜向かいにある部屋。
スヴェンさんが軽いノックのあと、扉を開く。
「うわぁっ…!」
部屋の中を見渡した瞬間、思わず声を上げた。
少し広めの造りの部屋の中には、花、花、花。
種類ごとカゴに入れられたたくさんの花々が部屋を占領している。
生花もあれば、色鮮やかに乾燥させたドライフラワーまで、たくさんの種類の花に満ち溢れている。
「祭りの日に、女の子たちが街の人に配るんだ。たくさんの種類があるだろう?祭りのために、春先に花が咲き始める頃からずっと、花を摘んで乾燥させておくんだよ。だから、今の季節にはない花も使える」
スヴェンさんが説明してくれる。
部屋の中には4,5人の女の子たちが椅子に座ってせっせと小さな花束を作っている。
仕事の合間をぬって、こうして祭りの準備をしにメイフェア亭にやってくるらしい。
女の子たちが器用にくるくると束ねる可愛らしい花束に目をやる。
(あれ?)
今作っている花束も、出来上がった花束の山も、みんな一種類の花でまとめられた花束ばかりだ。花束っていうと、何種類もの花を組み合わせて作るのが一般的だが…。
「スヴェンさん、なぜ一種類の花だけでまとめてるんですか?」
スヴェンさんは「ああ」と言って、手近にある花束を一つ手に取った。
「花にはそれぞれ意味があるからね。“友情”の花束や、“尊敬”の花束、“愛情”の花束なんかを作っておくんだ。祭りの日に女の子たちが、恋人や家族や友人にそれぞれ気持ちを込めた花束を渡すんだよ。この日に好きな男に愛を打ち明ける女の子もいる」
と言って、ちょっと照れながら、「僕も祭りの日にマーガレットの花束をもらって、それがきっかけで結婚したんだ」と微笑んだ。
五年前の祭りでは、当時4歳の娘さんにカンパニュラの花束をもらったらしい。
マーガレットは「心に秘めた愛」。
カンパニュラは「感謝」。
「素敵な慣わしですね」
スヴェンさんは、「そうだろ?」と嬉しそうに笑い、部屋にある花のひとつひとつを指さしながら、意味を教えてくれる。
エリカは、「博愛」。
スイートピーは、「門出」。
アスターは、「私を信じて」。
ライラックは「愛のめばえ」。
ダスティミラーは、「あなたを支える」…。
「ずいぶん詳しいんですね」
私は驚いて思わず訊ねた。
貴族の男性も、女性との付き合いのために、花に関する知識はたしなみとしてある程度そなえているものだが、これほど詳しい人はあまりいない。
「この街の男たちはこのくらいは知ってるよ。好きな女の子にどんな花束をもらえるか、祭りの間中ずっとそわそわしてるからね。まぁ、ラルフは昔からこの手のことにはからきしだったけど。毎年、女の子たちから山のように花束をもらってたけど、花束に込められた意味が全然通じてなかったな」
「やっぱり…」
昔からそうだったのか。
ラルフ殿下は、こういう恋の小道具というか、男女間の謎かけというものにまるっきり興味がない。
殿下を慕う令嬢からの恋心を綴った詩も、未亡人からの悩ましい香を焚き染めたお誘いの手紙も、「何を言いたいのかさっぱりわからん。それに何か匂う」と首をかしげて、あっさりと“処理済”の書類の山に無造作に突っ込んでしまうのだ。
「貴族の男性のたしなみとして少しはこういう知識も増やして下さい!」と常々申し上げているのだが、聞き入れてくれたためしがない。
スヴェンさんと祭りの話をしていると、突然ドタドタッと階段を駆け上がる音がしたと思ったら、ノックもなしに乱暴に扉が開き、
「団長!」
と、顔を紅潮させたユーグが入ってきた。
スヴェンさんに駆け寄って、噛み付かんばかりの勢いでまくしたてる。
「どうして祭りの警備から俺が外されるんだっ!!」
スヴェンさんは困った顔で、彼を落ち着かせようと肩に手をおいた。
「落ち着けよ、ユーグ。お前まだ16だろう。祭りの日くらい友だちと楽しめよ」
激しく、スヴェンさんの手を肩から払いのけ、
「ガキ扱いするなよっ!!俺だって自警団の一員だっ、祭りにはラルフ兄が帰ってくるっていうから、一緒に働けるって思ってたのに…」
と、悔しげに唇を噛む。
どうやらスヴェンさんは年長者の思いやりから祭りの警備からユーグを外していたらしいが、それがかえって癪に触ったらしい。
「それに何だよ!やっと帰ってきたと思ったら、また王宮のやつに連れ戻されてさ!ラルフ兄の家はここだ。ラルフ兄は王族のやつらにいいように使われてるだけなんだ!」
いきなりギッと私の方を睨みつける。
(え?)
「それに、今までずっと使用人を使わなかったラルフ兄が、なんでいきなりあんたみたいな女を入れたんだよ!大方ラルフ兄に惚れて、上手く取り入ろうとしてるんだろうけど、残念だったな!ラルフ兄には昔から好きな女がいるんだよ!!」
今度は私に噛み付いてくる。
(また“初恋の人”の話か)
殿下の傍にいる私が気に食わなくて、どうにか傷つけてやろうと必死になっている。が、可愛いものだ。こんなのは悪口の内にも入らない。
「ユーグ、いいかげんにしろ。王宮行きはラルフ自身が決めたことなんだ。今更駄々をこねても仕方ないだろう。それにエレインさんに当たっても何にもならない」
スヴェンさんが厳しい声でたしなめる。
ユーグは不満そうに頬を膨らませ、来た時と同様に乱暴に足音を響かせながら、荒々しく部屋を出て行った。
「すまないね、エレインさん。あいつはガキなんだ」
スヴェンさんはそう私に言い、呆然と成り行きを見守っていた部屋の女の子たちにも「ごめんな、騒がせて」と謝った。
「ユーグは小さい頃からラルフを兄貴みたいに慕ってて、ずっと後をくっついて歩いてたんだ。ラルフが王宮へ行くと言い出した時には大泣きしてなぁ…。祭りにラルフが帰ってくると聞いて、楽しみにしてたんだ。ラルフの前で手柄の一つも立ててみたかったんだろうよ」
私が「気にしてません」と言っても、何度も「すまない、あいつが失礼なことを言って」とすまなそうに繰り返すので、ふと、悪戯心をおこしてこう言った。
「…それにしても、ラルフ殿下の“初恋の人”の話はずいぶん有名みたいですね?」
「えっ!?い、いや、有名といっても、そんなには…ラルフも女よけの口実に言いふらしているようなとこもあったし…」
途端にしどろもどろになって汗を拭いながら弁解しだす。
その一生懸命さに、悪いとは思ったが思わず笑いを漏らしながら、私は急いで手を振った。
「ふふっ、気にしないで下さい。それに、誤解ですよ。私とラルフ殿下の間には別に何もありませんから」
笑って流そうと思ったのに、スヴェンさんはまた真面目な顔つきになってこう言った。
「いや。何もないわけはないよ。少なくともラルフの方は本気だよ。でなければエレインさんを祭りに連れてきたり、メイフェアおばさんに紹介するはずがないからね」
「…」
「あいつは一見軽く見られるけど、一本気な男だよ。信じてやって欲しい」
(アレンさまと同じことを…)
そんなこと、言われなくても私だってよくわかっている。




