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四葉のクローバー 2

「なんとか、昼食時はおわったね」

やっと客がひき、洗い物をすべて終えたところに、メイフェアさんが冷たいお茶をもってきてくれた。

メイフェアさん。ラルフ殿下の母君だ。

「ご挨拶が遅れて、申し訳ありません。私ラルフ殿下に仕えております、エレインと申します」

客がいなくなった食堂のテーブル席にうながされ、向き合ったところで頭を下げた。

「堅苦しい挨拶はなし!こっちがいきなり仕事に引きずりこんだんだから!あたしはメイフェア。ラルフがいつも世話になってるね」

と、サバサバした笑顔を見せる。


なんというか、イメージしていた女性とは全く違う。

前王に手をつけられて捨て置かれた女性、という悲運から、何となく陰のある女性を頭に描いていたのだが、実際のメイフェアさんは実に明るい。

まさに“下町のおかみさん”という感じだ。

ラルフ殿下と同じ黒目黒髪だが、それ以外の造作はあまり似ているところは見当たらない。

素っ気なくひっつめただけの髪、長年の労働に鍛えられてきたらしいがっちりとした体躯。

おおよそ女性らしい飾りなどまるでつけておらず、美人とはいえないが、傍にいるとあたたかさとか懐の深さを感じる。


「昼過ぎだってのに、大勢客がいたろ。普段はこんなじゃないんだけどね。みんな祭りの準備に精を出して、昼食をとる時間がバラバラになるんだよ」

「ラルフ殿下には、お祭りの手伝いをするように、とだけ申し付かっているんですが、私は何をお手伝いするとよろしいですか?」

「そうだねぇ。どこも人手が足りないから、いろいろ手伝ってもらうことになるんだけど…。この時期は食堂も大忙しだから、さっきみたいに食堂のことも手伝ってもらうことになると思うんだ。いいかい?」

「はい。かしこまりました」

私が答えると、メイフェアさんは眉をしかめてブンブンと手を振った。

「そんなかしこまった言葉づかいはやめとくれよ!息子は王族だけど、あたしはれっきとした庶民なんだから!」

「でも…」

「いいから、いいから!あたしのことも、メイフェアってちゃんと名前で呼んでおくれよ!いいね、エレイン?」

メイフェアさんはそう言ってにっこりと笑った。



「メイフェアおばさん」

食堂の戸口から背の高い男性が一人入ってくる。

「スヴェン!祭りの準備は進んでるかい?」

スヴェン、と呼ばれた男性は、額の汗をぬぐいつつ歩み寄ってくる。

「出店の屋台をようやく組み終わったところだよ。おばさん、自警団の打ち合わせをしたいから、ここ、借りてもいい?」

「ああ。夕飯時の客が入るまで使っていいよ。他のみんなはどうしたんだい?」

「ラルフが戻ってきて、若い連中は大はしゃぎだよ。剣の稽古をつけてくれってユーグなんかが騒いでたから。少し遅れるんじゃないかな。…おばさん、こちらの女性はもしかして?」

スヴェンさんが私の方に視線を移す。

「王宮でラルフの世話をしてくれてるエレインだよ。祭りの準備も手伝ってくれるそうだ。エレイン、この子はスヴェン。自警団の団長をやってるんだ」

この子、呼ばわりされたことに苦笑しながら、スヴェンさんは私の正面に立って右手を差し出した。

「はじめまして。あなたのことはラルフから色々聞いてるよ」

私も急いで立ち上がり、握手をして挨拶しながら、

(色々って…、ラルフ殿下、余計なことを言ってないでしょうね…)

と、一抹の不安を感じていた。




「ラルフとは幼馴染でね。小さい頃から一緒に遊んだんだ」

メイフェアさんが自警団の人たちに出すつまみの準備をしてくると言って席を立ち、食堂には私とスヴェンさんの二人きりになった。

スヴェンさんは親しげに話しかけてくれる。

自警団の団長らしく、長身に無駄のない筋肉のついた体つきをしているが、全体的に細身な人だ。あたたかみのある赤毛の髪の毛とあいまって、穏やかで柔和な雰囲気をもっている。

「二人同時期に自警団に入団してね。ラルフはめきめきと強くなっていったよ。王宮に行くまで自警団の団長はラルフだったんだ。自警団を辞めて王宮に行った今でも、若いやつらはみんなラルフに憧れてる。なかでもユーグって一番年少なのは、今でも“ラルフ兄ラルフ兄”ってうるさいよ」

と、笑う。

「そうだったんですか」

(自警団の団長だったのか)

だからあんなに強いのね。

納得、と頷いている私を、スヴェンさんはじっと見つめ、少し身を乗り出すように聞いてくる。


「エレインさんは、初めてラルフと会ったのはいつ?」

「え?」

唐突な問いに、思わず顔を上げる。

あれは伯爵家の事件の時だから…。

「およそ二年位前です」

「そうか…」

少し拍子抜けしたようなスヴェンさんの声。

「それが何か?」

「いや、ね。実はラルフには十年くらい前に会ったという、初恋の人がいるんだよ。ようやく身近に女性を置くようになったと聞いたから、もしかしてエレインさんがその初恋の女性かと思ってね」


(…初恋の女性…)


「…その方は私ではありませんわ」

十年前なら私は王宮メイドとして働いていて、ほとんど城下には出なかった。殿下に会っているはずがない。

スヴェンさんは慌てた様子で付け加えた。

「いや、でもエレインさん。初恋の女性といっても、昔のことだから、気にしないでくれ。ラルフが傍に女性を置くなんて、本当にあなたが初めてのことなんだ。昔からあいつは女の子にモテたけど、気安く接しても、あいつにはどこか他人と一線引いて接するところがあったからね。だから、エレインさんのことを聞いた時、エレインさんが初恋の人その人なのか、それとも、その人のことをようやく忘れることができたのか、どちらかだと思ったんだよ」

熱心にフォローしてくれようとするスヴェンさん。

(これは、私とラルフ殿下の仲を誤解してるわね…)

「スヴェンさん。私と殿下は何も特別な間柄では―――」

「よお!スヴェン、遅くなって悪かったな!」

スヴェンさんの誤解を解こうとした時、入り口からドヤドヤと数人の男たちが入ってきた。

ラルフ殿下を筆頭に、体格のいい男たちが一斉に食堂の席に座る。

そろって帯剣しているところを見ると、自警団の面々なのだろう。

「エレイン、飲み物を運ぶのを手伝っておくれ!」

厨房からメイフェアさんの声が聞こえる。

「はい!ただいま!」

急いで椅子から立ち上がった。

…スヴェンさんの誤解を解くのは後回しになりそうだ。




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