四葉のクローバー 1
「エレイン、一緒に祭りに行くぞ!」
いつもの、唐突な話しぶりに思わずこめかみを押さえる。
「ラルフ殿下…。溜まったお仕事はどうなさいました」
「全部処理した」
執務机を見ると、いつも山と積まれている書類がない。
オーディンさんが嬉しそうにフォフォフォと笑う。
「殿下には、急ぎの仕事も含め、雑務もすべて目を通していただきました。2,3日は羽を伸ばして下さってよろしいですぞ」
押さえたこめかみにびきびきっと青筋が走る。
「…なぜ、その処理能力を日頃から発揮して下さらないんですか」
地に這うような私の声を見事にスルーしつつ、ラルフ殿下は私の傍に寄り、上から下までじろじろと眺める。
「その格好じゃ城下だと目立つな。着替えてきてくれ。動きやすい身軽な服がいい」
そう言われて、自分の格好を見渡す。
紺色のワンピースに白いエプロン。いつものメイドスタイルだ。
「五年ぶりの祭りでみんな力が入っててな。祭りの本番は明後日だが、今日から行って準備から手伝いたいと思ってる。一緒に来て手伝って欲しい。人手が足りないんだ。頼む」
目の前で拝むように手を合わせる。
「フォフォフォ。国中の祭りが今年からようやく解禁になったおかげで、どの地方も賑わしくなっておりますな」
オーディンさんがにこにこと微笑む。
前王が財政縮小のために国中の祭りを禁止したのが五年前。大きな祭礼はもちろん、村で行う小さな祭りまでもが禁じられた。現在の陛下の施政の下、ようやく祭りを再開できるようになったのだ。
殿下の地元の祭りはそれほど大規模なものではなく、近隣の人々や商店が集って催しているアットホームなものらしい。
しばらく前から「一緒に祭りに行こう。俺が祭りの楽しみを教えてやる」とことあるごとに言ってきて、往生していたのだ。
(でも、人手が足りず、お手伝いするということであれば…)
「わかりました。ご一緒いたしますわ」
途端、ラルフ殿下が笑顔になる。
「そうか!来てくれるか!良かった。祭りのパレードの“花娘”に、お前の名前を出しといたからな!」
「はっ!?」
(はなむすめっ!?)
「若い娘たちが揃いのドレスを着て、花冠をかぶって花びらを撒きながら大通りを練り歩くんだ。祭りの花形だぞ!」
「わ、若い娘って…!普通、そういう行事にでる“若い娘”って10代の娘をいうんじゃないんですかっ!?」
26の私が、10代の子にまじって花撒き…。一体何の罰ゲームよっ!
「ハッハッハッ、楽しみだ!」と笑うラルフ殿下に、凄い力で部屋から引きずり出される。
「い、いや~~っ!絶対、花娘になんてなりませんからね~~っ!!」
私の叫び声が王宮に虚しく響いていった…。
「ここが俺の実家だ」
商店が立ち並ぶ一角にその食堂はあった。こじんまりとした店だが、あたたかみと清潔感のある外見だ。『メイフェア亭』と書かれた簡素な看板が下がっている。
昼時からすこし過ぎた頃だというのに、店からは賑やかな気配が伝わってくる。
ラルフ殿下の母君は、もとは王宮メイドだった方だ。
前王に手をつけられて身籠ったと分かった時、追い出されるように城下に下ったという。
食堂を営みながらラルフ殿下を育ててこられたと話には聞いていたが…、私はまだ母君にお会いしたことはない。
(…少し緊張する…)
ドキドキしている私をよそに、ラルフ殿下は私を連れて裏の厨房の出入り口にまわり込み、大声を張り上げた。
「お袋、俺だ!エレインを連れてきたぞ!」
厨房の中でフライパンを振るっていた中年女性が振り返る。
ばちっと目が合う。私は慌てて頭を下げた。
「はじめまして、エレインと申しま…うわっ!?」
素早い動きで私の前までやってきて、ガッと腕をつかまれる。片手には炒め野菜が入った重そうなフライパンを持ったままだ。
「エレインだね!ラルフから話は聞いてるよ!早速で悪いんだけど、料理を運ぶの手伝っておくれ!」
筋肉のついた腕で、いとも簡単に厨房に引き込まれた。
(え…ええ~~っ!!)
あれよあれよという間に、店のエプロンをつけさせられ、料理の皿を持たされる。
「おい、お袋。手伝ってもらうにしても急すぎるだろ」
間に入ったラルフ殿下を、女性――ラルフ殿下の母君はぎっと睨みつける。
「猫の手も借りたいぐらい忙しいんだよ!あんたもぼっとしてないで、自警団の詰め所に行きな!スヴェンたちが待ってるから!」
「ほらほら、行った行った!」とぐいぐいと殿下を押しやる。
(す、すごい…ラルフ殿下を押し切ったわ…)
呆然と見ていると、殿下の母君がくるりと私の方を振り向いた。
にっこりと逆らいようのない笑顔を浮かべて。
「このミートパイの皿は、窓際の席。頼んだよ?」
「は、はいっ!」
(この押しの強さ。…たしかにラルフ殿下の母君だわ…)




