恋は思案のほか 10
「ラルフ殿下っ!!」
体の硬直がとけて、殿下のところへ駆け寄った。
殿下は自分のチーフを裂いて、片手で器用に傷に巻きつけている。
「たいした傷じゃない」
「どうしてこんな無茶をなさるんですかっ!!こんなに血が出て…。利き手ですのにっ…」
傷ついたほうの手にそっと触れる。
巻きつけた布は薄くて、すでに血が滲んでいる。
殿下は怪我していないほうの手で私の頬に触れた。
「落ち着けよ。大丈夫だから」
「これが落ち着いていられますかっ!もっとやりようがあったはずでしょうっ!…どうして殿下は簡単にご自分の身を盾にしたりなさるのですか、もう少しご自分を大切になさって下さいっ!…そうだ、こうしてる場合ではありませんわ、早く医師を呼んで、手当てを…」
(ああ、もう、泣きそう―――)
「エレイン、俺を見ろ」
混乱して喋り続ける私を、殿下が呼んだ。
のろのろと顔を上げて、殿下の顔を見つめる。
「医師はまだいい。まだ舞踏会の最中だしな。騒ぎを大きくしたくない。こうやってリリー嬢を止めたのは、わざとだ。リリー嬢の目の色が尋常じゃなかったからな。血を見ると頭が冷えると思ったんだ。心配かけて悪かった」
左手で私の頬をやさしく撫でながら、語りかけてくる。
ぐっと、私の耳元に唇を近づけ、声を低くして囁いた。
「なあ、前みたいに、傷にキスしてくれ。お前からキスされると、傷の治りが早い」
「…」
「キスしてくれよ」
ぼうっとした頭のまま、その言葉に操られるように、殿下の傷口、もうすっかり布に血が染み通っている場所に、そっと唇を寄せた。
唇に血がついた。いつかみたいに。
殿下はゆっくりと私の顎をとらえ、顔をかたむけた。
「ドレス、似合ってる。…女よけは口実だ。お前のドレス姿を見てみたかったんだ。見た瞬間、阿呆みたいに口がきけなくなった」
そう言って、ちょっと照れたような顔をする。
そんな少年みたいな顔、ずるい―――。
「今夜はずっと、お前にこうすることばかり考えていた」
唇が、重なる。はじめはやさしく、次第に強く。
(何も考えられない…)
ぎゅっと固くつぶった瞼以外、力の抜けた体を、強く抱きしめてくれるこの人にあずける。
いつもあれこれ考えてしまう自分を捨てて、こうして素直に身をまかせてしまうことが一番正しいことのように思える。
(でも、きっとこれは今だけ)
今夜の仮そめの姿みたいに、この瞬間もきっと泡のように儚いものだ。
明日になれば、私はまたあれこれと考えて、考えすぎて身動きできなくなる日々に戻る。
(だから今だけ)
今だけ、何も考えずに身をまかせていたい。熱くてやさしい熱を与えてくれるこの人に。
深く、何度も重なる唇は、甘い血の味がした。




