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恋は思案のほか 7

ラルフ殿下と私がバルコニーから広間に戻ったとき、王妃さまが楽しげに声をあげるのが聞こえた。

「さあ!みなさん、宴もたけなわになったことですし、ゲームの時間ですわよ~!!」

パンッと手を鳴らす。

広間中の視線を集めて、王妃さまはにっこり笑った。

「今夜は陛下とわたくしのためにお集まりいただいて感謝しております。わたくし、皆さまと楽しもうとゲームを用意しました!ここに12名の乙女がおります。皆同じような真珠の首飾りをしておりますでしょう?この中に一人、王家に伝わる首飾りをしている乙女がいますわ!皆さまにはそれが一体誰なのか当てていただきたいのです!」

12人の令嬢が前に進み出てにっこりと微笑んだ。

わざと同じデザインのドレスに同じ仮面で、髪形も似せている。

「これから12名の乙女たちが広間を一巡しますわ。皆さまは乙女を飾る真珠を見て、本物を鑑定して下さい。彼女たちも誰が本物の首飾りをつけているか知りません。聞き出そうとしても無駄ですわよ。殿方は乙女に触れてはなりませんよ!うら若く美しい乙女たちですから、気持ちはわかりますけれど」

どっと広間が沸く。広間が楽しげな雰囲気に包まれた。

12人の令嬢方は列をなして広間を巡りはじめる。

私とラルフ殿下の前に令嬢方が通り過ぎた。

近くで見ても、皆同じような首飾りでまるで見分けがつかない。

後列に歩くリリーさまは始終うつむきがちに頼りなげに歩いている。

「おわかりになった方は、メイドが配る紙片に、本物の首飾りをしている女性のドレスの色を書いてメイドに渡して下さいね!見事当てた方には、わたくしから素敵なプレゼントを差し上げますわ!」

ザワザワと広間がざわめき、金の盆に小さな紙と羽根ペンを載せたメイドたちが会場を巡る。

貴婦人や紳士たちはあれこれと相談しながら紙に答えを書いていく。


(…あ…)

令嬢方の列が、ランバード子爵の前を通る。

リリーさまははじめて顔をあげ、男を正面からじっと見つめた。

男の目もリリーさまを認めたようだ。見つめあうこと数秒。男が興味を失ったように視線をそらした。リリーさまはなおも見つめていたが、列におされて先へと進んでいかざるを得なかった。


「皆さん、首飾りをご覧になりましたわね?ここで12名の乙女たちは少しの間失礼させていただきますわ!彼女たちには、このゲームのために真珠の首飾りに合わせたコーディネイトをしてもらいましたけど、次に皆さまの前に現われる時は、それぞれこの舞踏会にふさわしい華やかな姿を見せてくれますわよ!彼女たちに恋焦がれている殿方は踊りに誘うチャンスですわ!」

王妃さまの言葉どおり、12人の令嬢方が次々に広間を出て行く。

これから別室で着替えるのだろう。

ゲームの参加者に披露する正解用に、適当なイミテーションの首飾りを用意している。

あとは王妃さまがうまくおさめてくれるだろう。

「いくぞ」

ラルフ殿下が低い声で囁いた。

ゲームによって更に熱気を増した舞踏会の広間を、二人でそっと抜け出した。



すばやく、しかし人目につかないよう細心の注意を払って、王妃さまの居室に入り込む。

手はず通り鍵がかかっていない。

首飾りの鑑定をするために部屋を空けてもらっていたのだ。

部屋の中に他に誰も潜んでいないことを確認し終えた頃、控えめなノックの音が聞こえ、王妃さま付のメイドが小ぶりな宝石箱を持って入ってきた。

「こちらが、お嬢様方から返還していただいた首飾りです」

宝石箱をサイドテーブルに置き、一礼してすぐに去っていった。

ラルフ殿下は宝石箱から首飾りを取り出し、数をかぞえた。

「12個全て戻ってきている。問題はこの中に本物が返されているか、だ」

無造作に置かれた真珠が淡い輝きを放つ。

イミテーションとはいえ、質の高いものが用意されたのだろう。

間近で見ても、全く違いがわからない。

「どうやって本物を見分けるのですか?」

まさかラルフ殿下ではないだろう。女性のファッションには全くと言っていいほど疎い人だ。

「助っ人がいる。ちょうど今頃こちらに向かっている頃だろう。…ああ、来られたようだ」

軽いノックの音がして、扉が開いた。

部屋に入ってきたのは…。

「グリフィス殿下!?」



カツーン。カツーン。

小さな丸い金属の球がぶつかりあう音が部屋に響く。

グリフィス殿下は、見たこともない振り子のような道具を首飾りの上にかざし、真剣な面持ちでサイドテーブルのまわりをぐるぐる回っている。見れば見るほど奇妙な光景だ。


「なんですか…?アレ…?」

傍に立つラルフ殿下にこっそり話しかける。

「よくは知らんが、魔力を感知する器具らしい」

「はぁ…」

伝説によると、本物の首飾りには初代の王の魔力が込められているらしい。

あの12個の首飾りの中に本物が混じっていれば、その魔力が感じ取れるはずだ、というのだが…。

魔法といえばグリフィス殿下、ということで、今回協力を願い出たということらしい。

「…あの伝説って本当の話なんですか」

魔法の首飾りのなんて、おとぎ話みたいに現実味がない。

私の呟きを聞きとがめて、グリフィス殿下が振り子から目を離さずに言った。

「本当だよ。以前義姉上に頼み込んで首飾りの魔力含有量を計測させてもらったことがある。驚くほどの数値が出たよ!この首飾りは、魔法が息づいていた時代を現代に伝える重大な証拠だね!何百年も経っていながら、こうも魔力を蓄積し続けるのは他に例がない。ぜひバラして分析させてほしいと頼んだが、さすがに断られてね…」

話がとまらない。

目は興奮に輝き、口もとに笑みを浮かべ、いつもとはまるで別人だ。

(うわ~…。これがあの、いつも何考えてるんだかわからない、感動の薄いグリフィス殿下か…)

多少ひき気味になった時、隣でラルフ殿下がわざとらしく咳払いをした。

「…で、グリフィス兄上。その中に本物の首飾りはありますか?」

はっと我にかえったグリフィス殿下は、顔をしかめて言った。

「いや。この中に本物の王家の首飾りはないよ」



「本物は戻らなかったな」

「そうですね…」

とりあえず宝石箱の中に戻した首飾りを前に、二人揃って溜息をつく。

12個すべての首飾りがイミテーションだとすると、リリー嬢は最初から本物を身につけていなかったことになる。

グリフィス殿下は、鑑定が済んだら、大事そうに器具をしまいこんで、さっさと出て行った。

帰り際、珍しく「まったく王家の首飾りを盗むなんて!」と怒りをあらわにしていたが、おそらくグリフィス殿下の関心は魔法学の重要遺物の紛失について、ただ一点のみだろう。

その証拠に、ラルフ殿下に「もし取り戻せたら、義姉上にお返しする前に僕に貸してくれないかな?」と頼み込んでいたから。ラルフ殿下は曖昧に返事を濁していたが。


「リリー嬢に首飾りを返す気がないとすると…困ったことになるな。義姉上もこれ以上かばいきれないぞ」

いつかのジーナの台詞が、不吉に頭の中をよぎった。

(…リリーさまも、フォレスト家も…“破滅”…)

その時、ラルフ殿が鋭い声を上げた。


「誰か来る」



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