伯爵家のメイド 4
翌日。
「マーサさん、おはよう」
朝から鼻歌まじりに料理をつくっているマーサさんに声をかける。
「今日は教会に行く日よね。これをまた持っていってもらえる?」
大き目の袋を手渡すと、マーサさんはにこにこと受け取ってくれた。
「はいはい!あんたはえらいねぇ!子供たちもいつも喜んでるよ」
マーサさんの手放しの賞賛には少し複雑な気分だ。
袋の中には山ほどの毛糸の靴下が入っている。全部私が編んだものだ。
編みに編んだ靴下は、袋いっぱいの量になっている。
ストレス解消の編み物は今や私にはなくてはならないものになっているが、さすがに自分のストレスが眼一杯こもった品を身につける気にはならない。
そこで、子供用の靴下を山ほど編んで、教会の孤児たちに寄付することにしたのだ。
毎週教会に行くマーサさんに預けて教会に持っていってもらっているが、おかげでマーサさんからはすっかり感心され、信心深い娘だと変に誤解されてしまった。
(純粋な寄付じゃないから、微妙に罪悪感があるのよね…)
「おはようございます、奥さま」
「おはよう、エレイン」
奥さまのところに朝食をもっていくと、笑顔で迎えられた。
今日の奥さまは、少し興奮気味で、頬に血色がもどっている。
(…何かいいことでもあったのかしら?)
並べた食事には目もくれず、勢いこんで私に話しかけてくる。
「ねぇ、エレイン、お願いがあるの」
「なんでしょうか」
「エレインはハーブや薬草の知識があるのよね?この調合はできるかしら」
と言って、手書きで薬草の名前がいくつか書かれた紙を渡された。
私が幼い頃一緒に暮していた祖母は、ハーブや薬草を自分で育て、薬や香料やお茶をつくって村人たちに売り、ささやかに暮していた。
私も傍で作り方を覚えたので、かんたんな薬やお茶は調合することができる。
たまに奥さまにも自分が作ったハーブティをお出ししている。
たしか、そのときにハーブや薬草についてお話したような気がする。
薬草の名前に目を通す。
「これでしたら、今小屋にある薬草で調合できると思いますけど…」
「エレイン、お願い。今日中にこれを調合しておいてほしいの」
「わかりました。今日のうちにお部屋にお持ちするとよろしいですか?」
「調合したものは小屋にそのままおいてくれていいわ。でも、できれば今日中に調合は終わらせておいてほしいの」
「わかりました。仰せのとおりにいたします」
奥さまはほっとしたように微笑んだ。
「奥さま、今日はずいぶん体調がよろしいようですね」
「そうなの。こんなに晴れ晴れとしたのは久しぶりだわ」
奥さまがこんなに朗らかなのは初めてだ。いつもの寂しげな表情は影をひそめ、目がいきいきと輝いている。
「エレイン、薬品の調合、よろしくね」
私の目をのぞきこむように、念を押された。
日の高いうちに洗濯をすませ、マーサさんを手伝って昼の給仕をし、ようやく小屋に行く時間がとれた。
伯爵邸のだだっ広い庭の隅にある小屋には、庭の手入れの道具が置かれている。
この小屋は昔からあるが、今の庭師は遠くて使いにくいといって馬小屋に一緒に道具を置いているので、小屋にやってくることはほとんどない。
それでも管理をしなければならず、たまに様子を見に来るのがメイドたちの仕事なのだが、他の3人は薄暗い小屋を嫌って来たがらない。
ネズミが出そう、と言って逢引にも使おうとしない。
だから必然的に小屋の掃除は私の仕事になるのだが、私としては願ったりだ。
誰も来ないのをいいことに、すっかり私物化している。
奥の森からつんできたハーブをそこらじゅうに吊るして乾燥させ、ハーブティーやポプリや簡単な薬をつくる作業場にしている。
奥さまに言いつけられた薬品を完成させる。
したことがない調合だが、薬草の種類から察するに染料の類のようだ。
黒っぽい粉末状のそれをビンに詰める。
「何に使うのかしら?」
しばらく粉を見つめていたが、考えても仕方がないので、「奥さまに頼まれたもの」とメモをつけて棚の目立つところに置いた。
周りを見渡すと、薄暗い小屋の中に外からの日の光が差し込み、埃がキラキラと舞う。
ここにいると時間が止まっているみたいだ。
お金が貯まったら、どこか田舎で小さな家を買って暮したい。
この小屋みたいな素朴で落ち着いた感じの家がいい。
結婚して家族をもつ自分、というのをどうしても想像できない。一人暮らしでも充分幸せだと思う。
庭にハーブと野菜を育てて、ゆったりと毎日を過ごせたらいい。
メイドとして勤めに出る前に祖母と暮した家が、ちょうどこの小屋みたいな感じだった。
祖母が亡くなったあとあの家は人手に渡ったそうだから、帰ることはできないが、あんな感じの家でまた暮したい。
「そのためにはもっとお金を貯めなきゃ」
女一人で家を買って一人で生活するとなるとそれなりに物入りだ。
目標金額にはまだまだ足りない。
ここは最高の職場とはとても言いがたいけど、メイドとしては実入りがいいのだ。
それに私は奥さまが好きだ。
いつも寂しげだが、笑顔をたやさず、私にもやさしく穏やかに接して下さる。
その儚い笑顔は、遠い記憶の中の私の母親を思い起こさせた。
“余計なことに首をつっこまない”がモットーの私だけど、奥さまには笑顔でいてほしい、と思う。
かといって、メイドの私にできることは少ない。
(せめて帰りにお好きな薔薇を摘んでいって、奥さまのお部屋に飾ろう)
今日は言いつけられた仕事はもうない。
夕食の給仕までもう少し時間がある。
もう少し小屋で過ごすことができそうだ。
(それまで編み物をしよう)
持ってきていた毛糸を出し、せっせとまた靴下を編み始めた。




