恋は思案のほか 2
「楽しみ~っ!一度、ドレスから靴から装身具にいたるまでのトータルコーディネートをしてみたかったのよねっ!王妃さまはご自分のセンスで選ばれるから、なかなか口出しできなくって~」
一緒に城下に行くことになった馬車の中。
ジーナはノリノリで楽しそうだ。
私は声をひそめて聞いた。
「ね…、今度の件、話はどこまで広まってるの?」
途端、ジーナは表情を引き締め、小声で言った。
「盗まれたってことは、陛下と王妃さまのぞいては、王妃さま付メイドでも腹心のものしか知らないわ。私と、あと2人ね」
「リリーさまが盗ったって、確かなの?」
「残念だけど、確実ね。あの茶会のときのリリーさまの様子はただ事じゃなかったから。…ここだけの話、リリーさまは良くない男にひっかかっているようだから」
「相手の男は?」
「ランバード子爵。タチの悪い男よ。良くない噂もたくさんある。人妻と関係してそれをネタに金をたかった、とか、どこかの箱入り娘をたぶらかしてしまいには売春宿に売ったとか…。…リリーさまみたいに純真な令嬢が、こんな男にひっかかっちゃうのねぇ…」
ランバード子爵。
本人は見たことがないが悪い噂は耳にしたことがある。
リリーさまのように信仰一筋で生きてきた女性が、悪い男の誘惑にひきこまれてしまったのか。
「…どうして、それが真珠の首飾りの盗難につながるのかしら?」
そこがわからない。
国宝といっても、見た目は古いばかりの首飾りだし、売り払えば当然足がついてしまう。
ジーナもわからない、というように首をひねる。
「さあ、それは私にもちょっと…。でもあの首飾りにはちょっとしたいわくがあるのよ」
「いわく?」
「そう。こういう伝説が残ってるの。この国を創国した初代の王は、強い力をもった旅の魔道士だった。この地一帯に巣食う竜を退治して、この地の娘を娶って王となったの。婚儀のとき、真珠の首飾りに自分の魔力を封じ込めて愛の証として王妃に贈ったのが、この首飾りだといわれてるわ。“この首飾りがいつでもそなたを守ってくれるように”って…!」
ジーナの目がキラキラと輝く。こういうロマンチックな話が大好きなのだ。
(長年仕えてると、王妃さまと似てくるのかしら?)
つい王宮一ロマンチックが大好きな女性の顔を思い浮かべる。
私の興味なさそうな顔を見咎めて、ジーナが声を荒げる。
「もうっ!その様子じゃ“恋のジンクス”も知らないのねっ!?」
「恋のジンクス?」
ジーナの説明によると、その創国の伝説がもとになって、この国では男が愛する女性に真珠の首飾りを贈るとその愛は永遠になるという言い伝えがあるらしい。
“真珠の恋のジンクス”として庶民の間でも、貴族の中にも広く知られた話らしいのだが…。
(…知らなかった…)
恋やら愛に縁遠く生きてきたから、そういう話にはまったく興味がなかった。
あの様子ではラルフ殿下も知らないだろう。
(ラルフ殿下と私も、そういう意味では似たもの同士の主従といえるかしら…?)
と、思うと少しおかしい。
「…そういう話が広まっているとすると、リリーさまが自分の泥沼の恋愛をなんとかしようと、伝説の首飾りを手に入れようとしたってことも考えられるわけね」
「さあ、こればっかりは本人に聞いてみないとわからないけど…」
2人で首をひねっているうちに、馬車は目的の洋装店に着いた。
洋装店ではジーナの独壇場だった。
何百種類もあろうかという反物をチェックし、胸の飾りや裾のあたりはどうするかとかをデザイナーと議論し、数々の装飾品を目にも止まらぬ速さで吟味しつつ今年の流行をどうやって取り入れるかを店主と話し合っている。
私は何が何だかわからないままに採寸され、布やら装飾品をあてがわれ、結局自分がどういうデザインのドレスを着ることになるのかわからぬまま、店を後にした。
「私に任せて!舞踏会で一番注目を浴びるレディにしてあげるから!」
(いや…注目されると困るんですけど!…でも、殿下の女よけになるには、ある程度目立たないといけないのか…)
あらためて、自分の置かれた状況にげんなりする。
「ジーナに全部任せるわ…」
疲れきって、つぶやいた。
まだ日が高いので、馬車には乗らずジーナと二人で歩いて王宮に戻ることにした。
私は特に用事がない限り城下に出ることがないので、こうして歩くと新鮮だ。
いろいろな店が立ち並び、店の者も買い物客も皆楽しそうだ。活気が満ち溢れているのがわかる。
ジーナもこうして歩くのはめったにないらしく、終始浮かれた様子で「あ、あの帽子カワイイ!」とか「あそこのカフェでお茶のんでみたいわ!」とキョロキョロしている。
「こうして見ると、城下の様子もすっかり変わったわね」
昔王宮に勤めていた頃も、そう頻繁に城下に来たわけではないが、当時の様子と現在を比べると、良い方向に変わりつつあるという雰囲気を肌で感じる。
私がそう話しかけると、ジーナもしみじみと言った。
「そうねー。前王のときは、どこか街中陰気な感じがしたものね。
今だとほら!お店も賑わってるし、街の人の顔も明るいし。陛下が即位してまだ二年だけど…変わるものね。前王が取りやめていた街のお祭りもいくつか復活するそうよ!王妃さまご懐妊のニュースもあるし、ますます活気づいていくわね」
前王は愚王ではなかったが、年をとるごとに頑迷になっていった。
特定の臣下や商人を寵愛するため不正がはびこり、流通も滞りがちになった。
澱んだ王宮の空気をそのまま反映するように、城下の街もどこか暗くどんよりとしていた。
「今の陛下は、見た目にはおっとりとした穏やかな方だけど、ものすごく頭が切れる方よ」
ジーナが誇らしげに言う。
王妃さま付として陛下と接する機会も多いのだろう。
私は遠目からしかお姿を拝見したことはないが、式典中などにご自分の弟君妹君を見つめる瞳はとてもあたたかい。
前王がたくさんの女たちに手をつけては産ませ、ぞんざいに扱っていた異母弟、異母妹たちを陰から救済してきたのはこの方だと聞く。
(だからこそ、ラルフ殿下は身を挺して陛下のために尽くそうとなさるのよね…)
だいたいあの突拍子もない変わり者の王妃さまの手綱をちゃんととっているのがスゴい。
王妃さまは陛下にベタ惚れなのだ。
ラルフ殿下のように目立つハンサムではなく、ちょっと小太りでぽっちゃりしているが、いつもにこにこなさっていて、王妃さまとも実に仲睦まじい。
「第一子もお生まれになるし、この国の未来も安泰ね」
弾むように言うジーナの言葉に、私も力強く頷いた。
ジーナとあれこれ喋り店をのぞきながら歩いてきたら、いつの間にか街のはずれまできていた。
この辺になると人家もまばらになっている。
ちょっと大通りをはずれてしまった、時間も時間だからここから馬車を拾って王宮まで帰ろうか、と話をしていると、突然ジーナが「シッ!」と鋭く言って、私を木の陰に引きずり込んだ。
「あそこの教会、いつもリリーさまが通ってる教会よ」
ジーナが指さす方向を見ると、なるほど、こじんまりした教会がある。
「今出てきたクリーム色の服の女性が、リリーさまよ」
クリーム色の、貴族の令嬢にしては簡素な服を着ている小柄な女性。
心ここにあらず、という風情で立ち尽くしている。遠目からでも憔悴しきっているのがわかる。
ここから見る限りお一人のようだ。
ラルフ殿下の話では、毎日教会に通っているということだったが、まさか貴族の令嬢が供も連れずに出歩いているとは…。
「あっ!」
リリーさまの体がぐらりと揺れ、そのまま地面に倒れた。
私とジーナは急いで駆け寄り、大きな声で助けを呼んだ。




