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恋は思案のほか 1

「今日こそは舞踏会のパートナーのご婦人を決めていただきます」

ある晴れた日の昼下がり。

私はいつもの如く、妙齢のご婦人方の絵姿をラルフ殿下の机の上に並べた。


「二週間後の舞踏会は陛下の誕生日のお祝いですが、王妃さまのご懐妊のお祝いもあいまって例年よりも盛大に催されます。王弟殿下であるラルフ殿下には必ずご出席いただかなければなりません。このところ平穏で殿下が乗り出すような事件もありませんし、いつものように適当な言い訳をなさって欠席するわけにはいきませんよ!」

「ああ」

ラルフ殿下は顎に手をやりつつ、私の目をみて頷く。

(あれ?)

いつもだったらこういう話は仕事をしながら聞き流すか、嫌そうに顔をしかめて文句を言うかのどちらかだ。

(これは好感触かも!)

いつもとは違う手ごたえに思わず身を乗り出して勢い込む。

「舞踏会には女性を同伴していただかなくてはなりません!パートナーに選んだ女性と結婚しろ、婚約しろとは申しません。とにかく目ぼしいご令嬢をピックアップしましたから、この中からお一人選んでいただいて…」

「お前だ」

「は?」

「俺のパートナーはお前だ、エレイン」

思わず頭を抱える。

この舞踏会は適当に流していい類のものではない。いつものように茶化されては困る。

「殿下、ご冗談はおやめ下さい。ここは真剣に考えていただかないと」

「冗談ではない。真面目な話だ」

声音の真剣さに、思わず殿下の顔を見つめる。いつもの人を食ったような表情ではない。

「これは“仕事”だ、エレイン。お前に俺のパートナーとして舞踏会に出てもらいたい」




「な、何をおっしゃっているのか…」

思わぬ返答にうろたえる。

いつもふざけ半分に口説いてくるが、これはお遊びではない。

メイドが王弟殿下のパートナーとして舞踏会に出ていいわけがないのだ。

「はじめから説明しよう。これを見ろ」

殿下は机の上に真珠の首飾りを置いた。同じ大きさの真珠が連なっているどこにでもあるようなタイプの首飾りだ。

「これがどうか…?」

「これはわが王室に伝わる国宝の一つだ。これはイミテーションだけどな」

「えっ?」

(こんなしょぼいのが!?)

言っちゃ悪いが、庶民でも持っていそうな平凡な首飾りだ。

これが国宝とは…。

殿下も私の表情を読み取ったのか、苦笑いする。

「本物はもっとぱっとしないぞ。何でも、この国を創国した初代の王が王妃に贈ったものらしいからな。何百年前のアンティークだ。代々王が王妃に贈る装飾品の一つでな。現在は義姉上の所有になっている」

「そうなんですか…」

でもそれが今回の舞踏会にどう関わってくるのかわからない。

「本物の首飾りが盗まれた。犯人の目星はついている。今度の舞踏会に乗じてなんとか穏便に首飾りを取り戻したい。それにはエレイン、お前の協力が必要だ」



殿下の説明によると、こうだ。

今は王妃さまの所有となっている首飾りは、普段は厳重に宝物庫の中に保管されている。

ところがある日、王妃さまが貴族の令嬢方をあつめて催した茶会で「ぜひ首飾りを見てみたい!」という話になった。

王妃さまは宝物庫から首飾りを持ってこさせて令嬢方に披露した。

そのとき感嘆した令嬢方から「今度の舞踏会でこの首飾りを皆さんに披露したらどうかしら?」と提案され、王妃さまは宝物庫にはもどさず王妃さまの居室においていたのだが…数日後に紛失した。


「首飾りが王妃さまの居室に移動したことを知っていたのは…」

「茶会に来た令嬢方と、義姉上付のメイドの数人だ。

紛失したことを知ってるのはほんの内々だけだ。これは公表はしてないから令嬢方も知らんはずだ。犯人をのぞいてはな」

「…犯人は令嬢方の中にいるとお考えなんですね?」

慎重に訊ねると、殿下は「ふむ」と一呼吸おいて続けた。

「リリー・フォレスト嬢を知っているか?」

「お噂程度には」


大司教の娘で、本人も非常に信心深い令嬢だと聞いている。

うら若い令嬢だが、父親たっての希望と本人の強い意志から、18歳になったら俗世を捨てて修道院に入るつもりだという。

王妃さまのお茶会に来ているのを何度か見かけたが、他の華やかな令嬢方の陰にひっそりと隠れるようなおとなしい令嬢だ。


「まさか、リリーさまをお疑いなのですか?」

すでに神に仕える修道女のようにかたくなな横顔を思い出す。盗みとは程遠い場所にいる人だ。

殿下が渋い顔で頷く。

「リリー嬢は、首飾りがなくなった日以降、病と称して公式の場に出てこなくなった。義姉上が言うには、首飾りを令嬢方に見せたとき、リリー嬢の様子が変だったというんだ。ブルブル震えて真っ青な顔でな。食い入るように首飾りを見ていたそうだ」

「なぜ首飾りを盗むなんてことを…」

「どうも悪い男にひっかかってるらしいな。これはまだ父親の大司教は知らないことだが。大方その男に言いくるめられたんだろう。

ところが発作的に盗んでしまったものの、そのあと罪の意識に苦しめられて寝込んでしまった。起き上がれるようになったら毎日教会通いだ。何時間も祈っているらしい」


(ん?)

少しひっかかる。

「なぜ殿下が、大司教がご存じないことまで知ってるんですか?」

殿下は少し、まずいという表情をした。

「告解室で、な」

「なんて罰当たりなことを!!」

告解室は信徒が己の罪を告解する場だ。懺悔に耳をかたむけることができるのは、神と、神の教えを導く牧師でなくてはならないのに。

ラルフ殿下は最近ずっとデスクワークで執務室にカンヅメだったから、実際探っているのは殿下が影で使っている手の者だろうけど…。

「まあ、怒るな。これもリリー嬢の名になるべく傷をつけないようにするためだ。義姉上も、リリー嬢とフォレスト家のために事を公にしたくないと言っている。あの家にはリリー嬢の下に妹が3人もいる。ヘタに動くと妹たちの未来に影をおとすことになりかねないからな」

確かに。大司教の娘が王家の首飾りを盗んだことがあきらかになれば、大変なスキャンダルだ。

父親の大司教の座もあやういし、娘たちは確実に社交界で爪弾きにされる。

「これは義姉上の案なんだが。今度の舞踏会を利用してなんとかリリー嬢に自分から首飾りを返すように仕向けてはどうかと言うんだ」



王妃さまの案のあらましは、こうだ。

舞踏会の趣向の一つとして王妃さまがゲームを提案する。

出席の貴婦人たちに、あらかじめこちらで用意した国宝の首飾りそっくりの真珠の首飾りをつけて舞踏会に出席してもらう。

舞踏会の出席者は、その中から本物の国宝をつけた令嬢は誰かということを当てる、というゲームだ。もちろん、本物は盗まれているのでその辺は適当にごまかすが。

そのゲームが終ったあと、令嬢方に貸していた首飾りを回収する。

このときにリリー嬢は、回収される首飾りにまぎれこませて、盗んだ首飾りをこっそり返すことができる、という筋書きだ。

例の如く、“ミランダ妃マル秘首飾り奪還大作戦!”と銘打っているが、ここまでおおごとにしておいて“マル秘”はないだろうと思う。


「…なんだか、小さい子どもの学舎みたいなやり方ですね…。みんな目をつぶっている間に盗んだ物を返しなさい、みたいな…」

「社交界なんて、子どもの集まりとそう変わらんからな。まあ的を射てる策とも言えなくはない」

「リリーさまはこの筋書きに上手く乗ってくるでしょうか?」

ラルフ殿下が唸る。

「五分五分だな。義姉上の話では、リリー嬢からすでに舞踏会に出席するとの返事がきているらしい。なんでも義姉上は、招待状に相当揺さぶりの言葉を書いて送ったらしいぞ」

王妃さまの揺さぶり…。

お、怖ろしい。考えたくない。


「そんなおおごとにしたら、かえってリリーさまを追いつめることになりませんか。ここは、内密にリリーさまにお会いして直接首飾りの返還を求めたほうが良いのでは?」

ラルフ殿下が盛大に顔をしかめる。

「俺もあまり大袈裟にしないほうがいいと思うんだがな…。俺に話が来たのは昨日だ。すでに義姉上が話をすすめたあとだった。招待状もすべて発送済みだ。義姉上は九分九厘、この計画が成功すると自信満々だぞ」

「…王妃さまが…」

またか…と思わず溜息が出る。

あの方の思い込んだら一直線、の突っ走りはいつものことだ。事を大きくする天才でもある。

あの方が絡んでいるならもはや話は止めようがない。


「俺が頼まれたのは、イミテーションの首飾りの調達と、当日本物の首飾りを見分ける鑑定だ。首飾りの調達はどうにでもなるが、舞踏会当日は何が起るかわからんから自由に動けるようにしておきたい。令嬢方に囲まれては何もできんからな。そこでエレイン、お前に俺のパートナーとして女よけになってもらいたいんだ」

「はぁ…」

女よけ。それなら話はわかる。

ラルフ殿下は、独身の王弟殿下でハンサム、という三拍子揃った人気物件で、令嬢方に大そう人気がある。たまにパーティに出席すると、色目をつかった令嬢方に十重二重に取り囲まれ、身動きできなくなってしまうのだ。

「でも、私、踊れませんよ。舞踏会で踊らないわけにはいかないでしょう」

「平気だ。俺も踊れん。お前は俺に張り付いて、女たちを牽制してくれるだけでいい」

「もうっ!ご自分がダンスが嫌いだからといって、そんなに堂々とおっしゃらないで下さいっ!だから常々ダンスの練習をなさって下さいと申し上げているでしょう!…それに、いくらなんでもメイドをパートナーになさるわけにはいきませんわ。私がパートナーと分かれば、騒がれますよ」

余計な騒ぎを起こすと、計画が狂ってしまうおそれがある。

「俺はまったく構わんがな。まぁ安心しろ。今回は仮面舞踏会にするそうだから。

リリー嬢が参加しやすいようにという義姉上のはからいだ。仮面で顔を隠せるから、お前だって誰にもわからんぞ。貴婦人みたいにゴテゴテと着飾れば、普段のお前とは印象が変わるだろ。

悪いが、ドレスについては俺はまるっきりわからんからな。お前と仲のいい義姉上付のジーナに任せておいた」

「ジーナに!?」

(任せておいたって…、私まだ了承してないのにっ!)

「当日の着付けも彼女がしてくれる。義姉上にバレないよう、その日は何か口実をもうけて休みをとってもらってな。城下の洋装店に頼んでるから、今日これから採寸に行ってくれ。馬車の手配はしてある」

「えっ…?はっ?えっ…?」

(は、話が勝手にすすんでるじゃないの…)

ここまで立て板に水の如く喋り続けた殿下は、ふと上目遣いで私を見た。

「…だめか?」

「…」

(ここまでお膳立てされたら、やるしかないじゃないの…)

ハメられたようで悔しいが、逃げ道はないようだ。

「はあ~っ」と大きく溜息をついたあと、言った。

「…おおせのとおりにいたします」



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