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小さなレディ 10

「よおしっ!!休憩っ!!」

野太い声が広場に響き渡る。

木刀を片手にのしのしと男達の間を歩き回っているのは騎士団長のネイサン殿だ。

岩のようにゴツイ体の上にのっかった熊そっくりの顔に、カルミナさまはすっかりすくみあがっている。


ここは王宮騎士団が日頃鍛錬をしている広場だ。

あれから4,5日殿下の執務室で過ごしてみて、だいぶ殿下にもオーディンさんにも慣れてきたようなので、次の段階に進んでもいい頃合だと思ったのだ。


「おおっ!どうなされたのだ!?エレイン殿!!」

広場の端に立っていた私とカルミナさまに気づき、ネイサン殿がにこにこと近づいてくる。

ネイサン殿は、顔は怖ろしいが3人の娘をもつ子煩悩な父親だ。

近寄ってくる巨体にカルミナさまは歯がカチカチ鳴るほど震え上がったが、肩を抱き寄せ「カルミナさま」と囁くと、ぐっと顎に力を入れて震えを止めようとした。

(…このお嬢さまは内気で怖がりだけど、根性はあるわ)


「今日は可愛らしいお客人とご一緒ですな!!」

ネイサン殿はカルミナさまの目の前にしゃがみこみ、目の高さを合わせてにっこり笑いかけた。

ネイサン殿の満面の笑みははっきり言って豪快すぎてコワイが、子ども好きの邪気のなさが伝わったのだろう、カルミナさまの体のこわばりがとけるのがわかった。

そろそろと、手に持ったバスケットを差し出す。

「あ…あ、あのっ…!き、騎士団のみなさんに…っ、さ、差し入れをお持ちしました…っ!」

バスケットにはたくさんのレモンケーキ。

あれから毎日カルミナさまと一緒にお菓子作りをしている。手際も少しずつよくなってきているようで、今日はたくさんのケーキをせっせと焼いた。

「おおっ!!これはこれはっ!!美味そうだ!ありがたく頂戴しますぞっ!みな、こちらへ来いっ!!」

ネイサン殿は相好を崩し、地割れがおきそうな大声で広場に散らばる騎士たちを呼び寄せた。

みるみる若い男たちに取り囲まれ、カルミナさまは顔をこわばらせるが、逃げようとはせずに一人一人にケーキを手渡していく。


(これなら大丈夫そうね)

ほっとする。カルミナさまの傍らに立っていると、声をかけられた。

「あ、あの、エレインさん!この間は薬をありがとうございました!」

目をやると、見知った青年だ。

この前ラルフ殿下に随行した年若い騎士で、帰ってきたときにいくつか擦り傷をつくっていた。「医者にいくまでもない」と言うので、薬草で作った塗り薬を渡したのだ。

ラルフ殿下が騒動に首を突っ込むときに騎士団から何人か連れていくことがあるので、自然私も騎士団の人々とは顔見知りになる。


その騎士は上気したように続けた。

「エレインさん、お菓子作りも上手なんですね!ぜひまた作って下さいっ!」

「ありがとう。でもこれはほとんどこのお嬢さまがお作りになったのよ」

さらりと流したが聞いちゃいない。顔を赤らめて「またぜひっ!」と勢いこんでくる。

「おいおい、エレインさんに馴れ馴れしくしたらラルフ殿下に睨まれるぞ」

と、やんわりととどめたのは年かさの騎士だった。私に向かって軽く頭を下げてくる。

「すいません。まだこいつは隊に入ったばかりなので…。忘れて下さい。エレインさんに差し入れをもらっちゃあ、ラルフ殿下の機嫌が悪くなりますからね」

(なんで殿下が関係してくるのよ…)

ムッとするものの、殿下の不機嫌な顔が容易に想像できるのが困ったものだ。

私の表情を読み取ったのか、年かさの騎士が苦笑いした。

「殿下にやさしくしてあげて下さい。エレインさんにつれなくされると、俺たちへの稽古が厳しくなりますから」


(も~~!何なのよっ!!)



(もう、お眠りになったかしら…)

安らかな寝息をたてるカルミナさまの頬にかかった金髪をそっと払いのける。

今日は騎士たちと接して興奮したようでなかなか寝付いてくれなかった。

ここはカルミナさまにあてがわれた客用の寝室。

毎夜カルミナさまが眠りにつくまでそばについている。

はじめの夜カルミナさまに請われて一緒に眠り、次の夜も甘えたように「一緒に眠って」と言われたが、はっきりとお断りした。「子どもではないのですから」と。

そのかわりカルミナさまが眠るまでベッドのそばについているようにしたのだ。


(いくら親しんで下さったとはいえ、侯爵令嬢とメイドは違うのだから)

ふと切なくなり、ふっくらしたカルミナさまの頬を見つめる。

今はまだ幼いから身分の違いなど意識しないだろうけど、成長するにしたがって貴族令嬢としての自覚も出てくるだろう。

(きっと私のことなど忘れるわ)

一時期一緒に過ごしたメイドのことなど。

それが侯爵令嬢として最良の姿だと自分に言い聞かせるが、鋭い切なさが胸を突く。

出会ってからまだ1週間足らずだというのにこの愛しさはなんだろう。

甘いミルクみたいな香りを感じると、急激に膨れ上がる愛しさに目が眩む。


「おい」

はっと振り返ると、ラルフ殿下が立っていた。

(また寝室に入ってきて…!)と言おうとするも、殿下は口もとに指をたてて「シッ」と私の言葉を制し、小さな声で言った。


「一杯つきあえよ」


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