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小さなレディ 6

そろそろ目を覚まされた頃だろうと、カルミナさまを寝かしつけた客間に向う。

静かに寝室に入ると、シーツの中で丸まってはいるが、どうやらすでに目を覚ましているようだ。

「カルミナさま、お腹がおすきではありませんか?お菓子をお持ちしましたよ」

リラックス効果のあるハーブティーを淹れ、飲みやすいように蜂蜜をたらす。

香りに誘われたのか、シーツの間から金髪の小さな頭がひょこっと出てきた。

泣きすぎて顔がパンパンだ。

「いい匂い…。クッキー?」

「ええ。焼きたてですよ」

もぞもぞと起き出し、こちらをちらちらと見ながら、遠慮がちにクッキーに手を伸ばす。

まぁ今日初めて会ったメイドに心を開けといっても無理な話だろう。

カルミナさまからも話を聞きたかったが、焦っても仕方がない。

「おいしい!」

顔をほころばせるカルミナさま。

思いがけないほど大きな声を出してしまったと思ったのか、はっと我にかえったように口もとを押さえ、赤くなって下を向いた。

「それはようございました。お茶にもクッキーにも、気持ちを落ち着かせるハーブが入っているんですよ」

「あなたが作ったの?…ええと…」

「エレインと申します。カルミナさま」


王宮に移ったとき、ラルフ殿下は宮の庭の片隅を私に使わせてくれた。

私がハーブや草花を育てるのが好きだと覚えていてくれたのだ。

伯爵家にいた頃より規模は小さくなったものの、私は喜んで草花を育て、ハーブティーやお菓子や簡単な薬を作っている。


「すごくおいしいわ。こういうの、初めて食べる」

カルミナさまはしげしげとクッキーをご覧になる。

そりゃあ、侯爵令嬢はこんないかにも手作りな素朴なお菓子は口にしたことはないだろう。

「そのクッキーには、数種類のハーブと木の実が入っていますわ。私は祖母に作り方を教わったんです」

カルミナさまはもじもじと下を向き、不安げに私の顔を見上げた。

「わっ…私にも作れるかしら?作ってみたいの」

泣いて赤くなった顔がさらに真っ赤になっている。私は安心させるようににっこり笑って答えた。

「ええ、もちろん。お教えいたしますわ」



今日はお疲れでしょうから明日から、と約束してカルミナさまの部屋を出た。

その後は、執務室を離れられないラルフ殿下に軽食をお持ちしたり、細々とした仕事をしたりして過ごした。

夜になり、少し肌寒くなってきた時節だからと、各部屋の暖炉の火を熾して回った。

カルミナさまの部屋に来たとき、眠っていたカルミナさまが目をこすりながら私の隣にやってきた。

「エレイン…」

「あら、お起こししてしまいましたか」

カルミナさまは眠そうにムニャムニャ言うと、私のスカートの裾をつかみ、傍に座り込んでそのまま眠りに落ちてしまった。

(まいったなぁ…)

しっかりとつかまえられているので動けない。

とりあえず備え付けの毛布をカルミナさまにかけ、安らかな寝顔をみつめた。



「なんだ。1日でずいぶんなつかれたな」

暖炉の火でぬくもって、私も一緒にウトウトしかけたころ、傍近くからラルフ殿下の声がした。

「夜遅くに、断りもなくレディの部屋に入ってくるものではありませんわ」

眠っているカルミナさまを起こさないよう、小声で咎める。

「誰がレディだ」と言いながら、私の隣に腰をおろした。

ちょうど、カルミナさまと殿下に挟まれる格好だ。


「手なづけたもんだ。王妃付きのメイドたちは“なつかなくて扱いにくい”とこぼしてたぞ。どんな手を使った?」

カルミナさまの寝顔を見ながらニヤリと笑って訊ねてくる。

今日一日執務室にカンヅメだったくせに、いつの間にか情報を仕入れている。

私は見たことはないが、影で手足となって働く者たちを何人か使っているらしい。

その者たちも、まさかこんな件で使われるとは思ってはいなかっただろうけど…。

「どんな手と言われても…。特別何もしておりませんわ」

首をかしげながら答える。

なぜカルミラさまが初対面の私になついてくるのか。

特に子どもから好かれる性質でもないのに、不思議でならない。

ラルフ殿下は私をじっと見つめ、ふいに、結い上げた髪に触れてきた。

「強いて言うなら、お前のこの髪、かな。亡き侯爵夫人も金髪に緑の瞳だったらしい。お前に母親の面影を重ねているんじゃないか?」

「お母上様が…亡くなっておられたのですか」

「ああ。カルミナ嬢がまだ小さい頃にな。母親の面影をそっくり受け継いだ娘を侯爵は溺愛しまくってる」

「そんなリデル侯爵が、今回よくカルミナさまを王宮に寄越しましたね」

「グリフィス兄上を見初めてからこっち、部屋に篭もって泣き暮れる、食事はとらない、で大変な騒ぎだったらしい。それで義姉上に泣きついたんだ。兄上との縁をとりもってくれ、というよりは諦めをつけさせて欲しい、というのが本心だろうと思うぜ。なにしろグリフィス兄上はリデル家の婚姻相手としてはあまりふさわしくない」

「ふさわしくない…のですか?」

王弟殿下だったら、娘の結婚相手としては文句のつけようがないと思うが…。

「リデル家は何というか…、特に権力志向の強い家だからな。代々、政治にもくい込んでくる。だがグリフィス兄上は根っからの学者肌だろ。野心もないし、貴族社会に興味もない。書斎に篭もってるのが心底好きな方だ。リデル家とは合わんだろ。しかもカルミナ嬢は一人娘だ。婿をとることを前提に結婚相手を探さなくてはならん」


私は思わず小さく笑ってしまう。ラルフ殿下が怪訝な顔をする。

「なんだ」

「殿下も一応、家に合う合わないということをお考えになるんですね。そういうの、まったく気にしない方かと思っていました」

「そりゃあ、考える。俺たちは常識とかしきたりとか慣習の中で生きているわけだからな。ただ、」

さっきからずっと私の髪に触れていた手に、ぐっと力をこめてくる。

「当人同士、互いに強く想い合っていれば話は別だ。常識とか身分差なんてものは関係なくなる。俺とお前のような、な」

「誰と誰が想い合ってるんですか」

馴れ馴れしく触れてくる手を、ペチリと叩き落とした。

だがラルフ殿下は一向に気にした様子もなく、ニヤニヤと笑っている。

ふと疑問に思い、訊ねてみる。

「グリフィス殿下ってどんな方なんですか?」

一度遠目から姿を見ただけだし、噂話からでしか人物像が伝わってこない。

そういえばラルフ殿下からも話が出たことはなかった。ラルフ殿下は「う~ん」と一声唸り、

「俺もよく知らん」

「は?」

「2年前、俺が王宮に上がって初めてお会いしたが、そのときもほとんど会話らしい会話はしなかった。王宮に来るまで交流があったのは陛下だけだったしな。別にグリフィス兄上と仲が悪いわけじゃないぞ。疎まれている、という感じでもない。学問以外に興味がないんだな。誰に対してもそんな感じだ」

「はぁ…」

(そういう人との縁を結ぶのって、かなり大変なことじゃないだろうか…)

思わず眉をひそめて考えこんでしまった。

ラルフ殿下は懲りもせず私の肩を抱き、私に寄りかかって眠っているカルミナさまも引き寄せて、

「なぁ。こうしてると俺たち、親子みたいじゃねえか?」

と言ってきた。まぁ…確かに暖炉の前に3人身を寄せ合っている姿は、一日の労働を終えた夫婦の姿に見えなくもない。しかし。

「そうですわね。確かに殿下はカルミナさまくらいの年齢のお子様がいてもおかしくない年頃ですわ。でも、私はまだ、このくらいの年頃の子がいるほどの年齢ではありません!」

今度は叩き落とすだけでは足りず、思いっきり手の甲をつねってやった。

さすがに「イデッ」と言って手を離す。

「せっかく来たんだから、カルミナさまをベッドまで運んでさしあげて下さい!」

と、怒気をこめて傍から追い立てた。

ラルフ殿下は不機嫌丸出しの表情だったが、反論してはマズいと思ったのか、何も言わすヒョイッとカルミナさまを抱き上げて寝室に向った。

まったくこの男、イヤこの方は、調子よく口説いてくるくせにデリカシーに欠ける。


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