小さなレディ 5
任せると言われても…。
状況をつかめないことには何もできない。
王妃さまの説明だと、美辞麗句や感嘆句や寄り道が入って全く要領を得ないし。
ジーナに具体的な話を聞いてみることにしよう。
「王妃さまがグリフィス殿下に何をしたかって?」
私にあてがわれたメイド部屋にジーナを引っ張り込み、ハーブティーとクッキーを出してジーナの腰を落ち着かせる。
「そりゃあ、すごかったわよ!“グリフィス殿下の花嫁の座は誰の手に!ミランダ妃杯花嫁選抜大会”が開催されたのよ!」
「は?」
何それ。
ジーナの話をまとめると、こうだ。
カルミナさまの話を聞いた王妃さまは、俄然グリフィス殿下の結婚に乗り気になったが、カルミナさまばかりをひいきにしては、これまで王妃さまがプッシュしてきた令嬢方の立つ瀬がない。「恋はフェアじゃなくっちゃ!すべての女性に平等な機会を与えるべきだわっ!」というのが王妃さまの言。
そこでカルミナさま含め、令嬢方を集め、“花嫁選抜大会”を開催した、というわけなのだ。
「…マジで?」
「あの方はいつだって大マジよ」
だいたいにおいてグリフィス殿下は、部屋に誰が訪ねてきても振り向こうともしないらしい。
王妃さまが来てもどんな美女が訪ねてきても、後ろを向いたまま、カビ臭い本を繰ったり妙な実験で試験管をいじったりてウンともスンとも反応がない、とのこと。
そこで“花嫁選抜大会”の内容は、グリフィス殿下の部屋を訪れ、15分間戸口で自己アピールをして、グリフィス殿下を文字通り振り向かせた者が見事婚約者の座を射止めることができる、というものだ。
ルール①殿下の作業の邪魔をしない。
ルール②公正に執り行うため王妃付きのメイドがドアから覗いて殿下の反応をチェックする。
…という厳正なルールのもとで行われた。
(グリフィス殿下の意向を聞くでもなく、王妃さまの独断で、だ。無茶苦茶だわ…)
「ところが、グリフィス殿下は手ごわかったわ~」
ジーナがクッキーを頬張りながら感心したように言う。
挑戦者数はゆうに100人を超え、黙々と実験をするグリフィス殿下の後ろで、歌を歌ったり、踊りを踊ったり、詩を朗読してみたり…。
持ち時間の15分をフルに使ってそれぞれの特技を披露したらしい。
(いきなり見知らぬ女が部屋にやってきてそんなことをはじめたら、たまったもんじゃないんじゃ…)
「グ、グリフィス殿下も驚かれたでしょうね…」
ひきつりながら言うと、ジーナは指をチチチ、と振り、
「全然!部屋にどんな美女が入ってこようが、何をやり出そうが、まったく気にせずにご自分の作業を続けてらしたのよ!」
この反応のなさに、はじめは意気軒昂だった令嬢方も1人減り2人減り…。
1週間もしないうちにすべていなくなってしまったのだ。
「肝心のカルミナさまはどうだったのよ」
「カルミナさまね~。王妃さまの計らいで、初日の一番最初に殿下の部屋に行かれたんだけど…。緊張のあまり大泣きしてしまって…すぐその場から連れ出したわ」
あの大音響の泣き声にもピクリともしなかったという。
(そ、それはすごいわ…)
「それから毎日お部屋に行かれたんだけど、結果は毎回同じ。王妃さまが“恋の必勝テクを教えてあげるわ!私はこれで陛下をオトしたんだから~”とおっしゃって、カルミナさまにあれこれ教えようとするんだけど、とても12歳のカルミナさまには早すぎることをおっしゃるものだから、お止めするのが大変だったわ。幸いカルミナさまはあまり意味がおわかりになっていなかったようだけど…」
と、ジーナが疲れたように溜息をつく。
あの王妃さまに仕えるのも、大変な苦労があるんだろうなぁ…。
「ま、これでウチは万策尽きたってカンジね。あとはラルフ殿下とエレインに任せたわよ」
肩の荷がおりたわ、とジーナが笑う。
「ちょっと!困るわよ、そんなこと言われても!ラルフ殿下だって仕事が山のようにあるんだから!」
「王妃さまの目がグリフィス殿下に向かってる間は、ラルフ殿下の縁談話に頭を悩ませることはないわよ?本当だったら、今回のラルフ殿下の帰還に合わせて、ラルフ殿下を結婚に前向きにさせるための強硬策の1つや2つ考えておられたはずなんだから」
と、いたずらっぽくウインクしてくる。
(困らせてる自覚があるんじゃないの…)
結局、メイドにとって主人の命は絶対なのだ。
王妃さまが妙ちくりんな大会をしたいと言えばジーナはそれに従わざるを得ないし、ラルフ殿下が私に「任せる」と言えば、私がカルミナさまの件をなんとかしなければならない。
(でも、王妃さまの目がヨソに向いてるってだけでも今回は気が楽だわ…)
王妃さまの考え出す“強硬策”を思うだけで身震いがする。
ラルフ殿下の宮にも、ある日突然花嫁候補が大挙して押寄せてこないとは限らないのだ。
(も~~~!だから早く身を固めろって言ってんのにっ!!)
半ば八つ当たり気味に、心の中でラルフ殿下を怒鳴りつけた。




