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小さなレディ 1

(今日は殿下がお帰りになる日だ)

窓から空をながめる。

雲ひとつなく晴れている。このぶんなら時間どおりに到着するだろう。


執務室の掃除は終えているので、花瓶の花を直したり、インク壺のインク量を確かめたり、あれこれとチェックをする。

大きめの机の上には、ところせましと書類の山が築かれている。

(1週間分だから仕方ないけど)

机の上から落ちないよう、崩れそうな書類の上に文鎮を置いた時、書記官のオーディンさんがひときわ大きい書類の山を両手に抱えてやってきて、わずかに残ったスペースに置いた。

私はここぞとばかりにオーディンさんに頼み込む。

「オーディンさんお願い。殿下に書類の決裁をさせる前に15分ほど私に下さい!」

オーディンさんは立派な白い口髭を指でひねり「フォフォフォ」と笑った。

「王妃さまからの預かり物ですか。エレインさんも大変ですな。15分で済みますかな?」

「…殿下の関心をひけるのは15分がせいぜいですわ」

苦々しく言ったと同時に、バンッと勢いよくドアが開いた。ラルフ殿下だ。


「今帰った!」

言いながら外套を脱ぎ乗馬用のブーツを脱ぎかけながら、隣の居室にずかずか入っていく。

私も急いで殿下のあとを追いかける。

「おかえりなさいませ。いかがでしたか?」

「上首尾だ!私服を肥やしていた商人たちをすべてひっくくってきたぞ!」

「それはようございました」

自分でさっさと部屋着に着替える。


殿下の脱ぎ散らかした衣類を拾って畳みながら、殿下の全身をざっと見渡してケガがないことを確認する。

(「身の回りのことは自分でできる」ってエラそうに言うくらいなら脱ぎ散らかさないでよね…)


王宮でラルフ殿下に仕えはじめた当初、着替えを手伝おうとしたら、「俺は今まで普通に暮してきたんだ。身の回りのことは全部できる」とうるさそうに言われた。

その後すぐ「どうしても俺の服を脱がせたいっていうならベッドの上でだったら大歓迎だけどな?」とニヤニヤ笑いながら言ってきたから、例のごとく黙殺した。



平民育ちの王弟殿下のお世話は、ある意味とても楽だが、難しくもある。

無造作に釦をはめながらさっさと執務室に戻り、椅子にどっかり腰掛けた。

一息ついた殿下の前に私はすかさず例のブツを置いた。

「お疲れのところ申し訳ありませんが、殿下、これに目を通していただきます」

殿下はすぐにピンときたらしく、途端に嫌そうに顔をしかめる。

「エレイン…、お前、疲れて帰ってきた主人をいたわろうって気はないのかよ」

「そんな悠長なことをおっしゃってる場合ではありません!殿下がお留守の間に、王妃さまが山のように持ち込まれたものが溜まってるんですよ。あとでハーブティーを淹れてさしあげますから」

言いながら、机の上に“例のブツ”、お見合い用の絵姿をずらっと並べた。もちろん積み上げられた書類の山の上に、だ。


「こちらのご令嬢は16歳。ピチピチの乙女ですよ」

「俺は31だ。そんなに年が離れてると話が合わない」

「王族の結婚ではこのくらい年の差があっても普通です。あなたが50歳のエロおやじになったとき、奥方さまは女ざかりの年頃でちょうどいいじゃありませんか」

「エロ…。…お前今年26歳だろう。俺はそのくらいがしっくりくる。というか、お前がいい」

「ある程度年がいったのがお好みですか。それではこの方はいかがです。男爵家のご令嬢、20歳。ピアノと歌の腕前はプロ級だそうです」

「ピアノやら歌より靴下を編んでくれる女の方がいい。そうそう、この前編んでくれたやつはちょうどいいぞ。野宿したときに重宝した」

「それはようございました。今度また編んでさしあげますわ」


山となった絵姿を次々にさばいていく。

「さあ殿下。お気に召したご令嬢はいましたか?」

殿下は目に見えてぐったりし、「いや」と一言。

「そうですか。それではまた明日、残りの絵姿を持ってきますわ。私からのお話は今日のところこれでおしまいです。オーディンさん、どうぞ」


時計をみると、私の持ち時間15分ぴったり。もう慣れたものだ。

後ろに控えていたオーディンさんが「フォフォフォ」と口髭を動かしながら、私と交代とばかりに執務机に近づく。手にはまた新たな書類の山が載っている。

「殿下、未決済の書類が溜まっております。今日はこの部屋からお出ししませんぞ。エレインさん、お茶をお持ちして下さい」

「かしこまりました」

オーディンさんと私の連携プレーは息ぴったり。阿吽の呼吸だ。


執務室を退室するとき、書類の山のかげで唸り声をあげる殿下の声がきこえた。


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