伯爵家のメイド 18
あの騒動から3ヶ月。
アレンさまが父上の跡を継いで伯爵になり、不正のはびこった領地の毒を出すために、毎日忙しくされていた。
ガマガエル親子とその共謀者はみな罪に処された。
アレンさまの殺害未遂はもちろんのこと、前伯爵の殺害も自白したそうだ。
うすうすわかっていたことだが、やはり辛い事実だった。
奥さまはしばらく塞ぎこんでいたが、アレンさまの励ましもあり、日に日に元気を取り戻され、明るい笑顔を見せてくださるようになった。
ジェニとリタは里に帰され、ガマガエル親子に迎合していた使用人たちはみな解雇された。
マーサさんは、アレンさまが生きていたことを泣きながら喜び、伯爵家に残ってくれた。
私は、新しく雇い入れた使用人たちと一緒に毎日忙しく仕事をしている。
以前よりも断然忙しくなったが、王宮やガマガエル親子に仕えていた日々と比べてとても充実している。
やはり、自分が尊敬できる主人をもつと、働き甲斐がある。
やっと自分の居場所を見つけることができた…と喜んでいた矢先だった。
突然解雇を言い渡されたのは。
「クビ…ですか…」
呼びつけられた書斎で、アレンさまを前に呆然となる。
アレンさまは困った表情だ。
「いや、クビではなくてね。…言われてしまったんだ、お礼に君が欲しいと」
「は?」
意味不明の言葉に頭が回らない。
「今回のお家騒動を解決する手助けをした礼に何か欲しいものがあるか、と聞かれたから、エレインが欲しいと言ったんだよ」
「!!」
(この声!)
いきなり書斎のドアが開いて、3ヶ月ぶりのあの男が入ってくる。
「久しぶりだな、エレイン」
相変わらず人をくったような顔をしている。
「あの時はまともに紹介できなかったが…、エレイン。この方は王弟殿下のラルフ・ヴェルフェンさまだ。陛下の3番目の弟君にあたられる」
「!!」
久しぶりに、頭が真っ白になった。
貴族の道楽三男坊どころか、山賊の頭にしか見えなかったが…。まさか王弟殿下とは…。
「で、でも、第3王子、というのは…」
王宮に10年以上勤めていたが、当時第3王子の存在は聞いたことがない。
男、いやラルフ殿下は私の問いにあっさりと答えた。
「ああ。俺は庶子だからな。俺の母親はメイドだった。1年前に兄上が即位されるまで普通に城下で暮していた。兄上の手伝いをしようと、1年前に王宮に上がったからな、それ以前に王宮にいた者は俺の存在など知らんだろう」
「…!!」
殿下の母君がメイド…!
今思うと、かなりキワドイ発言をしていた気がする。
あまりの衝撃に声も出ない私を、アレンさまは気の毒そうに見つめる。
「この方は型破りな方でね。陛下を助けるためだ、とおっしゃって、大なり小なりの厄介ごとや陰謀に、一人で突っ込んでいかれる。まぁ、それで僕の家も助けていただいたわけだけれども。礼として、エレイン、君が欲しいと言われたが、無理強いする気はないよ。君の意志で決めてくれていい。僕としても、このまま伯爵家で働いてくれるととても助かるし」
「何だ、アレン。ケチくさいこと言うな。伯爵家が落ち着くまで、と3ヶ月も待ってやったんだぞ。俺のところはまだ1年で有能な人材が足りなくてな。エレインにぜひ来てもらいたい。
ああ!安心しろ、兄上が即位されてから王宮はずいぶん変わった。以前よりも居心地がよくなってる。それに俺のところは人少なでうるさい奴もいないしな。堅苦しくはないぞ」
「…!…!!」
立て板に水のごとくしゃべり続けられて、断る隙がない。
気づけば、またいつの間にか私のそばにぴったりと寄ってきている。
同じ部屋にいるアレンさまに聞こえないよう、耳元に唇を寄せて甘い声でささやかれた。
「それに…、“約束”もあるだろ?」
「~~!!?」
(それはアンタが勝手に言ってるだけで、私は何も約束した覚えはないっ!!)
いったん噛みついたら離れないという亀に噛みつかれた気持ちだ。
いや、肉食獣にねらわれた小動物、というべきか…。
(…この男から、逃げられそうにない…)
絶望的な予感にめまいがする。
私がひたすら願っている平穏な日々は、遥か彼方の空に消えたようだ。




