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40.停戦交渉①


 敵方が運んできた貴人用の馬車を接収し、兵士の武装解除を進めるなどしている間に、国綱に隊長と副官を地下牢に運んでもらった。

 その時、奴がふたりを酷く雑に運んでいるのには気づいていたが、あえて咎めずにそのままにさせた。

 階級が上の人間は下っ端よりひどい目にあっても仕方なかろうと、考えたからだ。


 だが今は、敵方の副官が女性だと聞いて少々まずいことになったな、と思っている。


 というのも、今回のように(彼らの予定として)楽な戦場に副官として参加する女性ならば、まず間違いなく貴族だろうだからだ。

 この手の中世社会では貴族の子弟を箔付けのために副官などの高位士官の立場で派遣軍に参加させることがあると軍教育を受けたことがある。

 これらは地球の中東やアフリカでもよく見られた光景であり、捕虜としての彼らの扱いには細心の注意を払う必要があったからだ。

 一般兵をいくら傷つけても歯牙にもかけない指導者階級が、たとえ敗者となっても自分たちの陣営の貴族や宗教家が拘束時に傷つけられたとなると怒りを抑えられず、停戦時に非常に揉めることが多かったのだ。


 俺たちの力はこの世界に対して圧倒的に超越している。

 ならば最終的にこの世界で何かを我慢することなど無くなるのかもしれないが、何事にも段階というものがある。

 今は、戦闘にも戦後交渉にも少しばかり慎重である時期なのは間違いない。

 ゴルディッツが平民に近い騎士階級であったため、その部下の士官も似たようなものだろうと油断したのが不味かった。


 まさか、女性で貴族とは、ね。

 あの引きずり方では結構な怪我だろうな、と少し憂鬱になるが、ここで弱みは見せられない。

 オルドスやロッコとも話し合ったが彼らも俺と同じ意見であり、このまま強気で押すことに決まった。



        ◇     ◇      ◇



 会見は二階の執務室で行われることになった。

 冬場の昼は短い。

 壁にかかった時計では午後4時を回り、日も沈みかけている。

 急がなければ、庭で縛られたままの兵士たちは凍死しかねない。


 その危機感は暗黙のうちに双方が意識していた。


 ソファなどの椅子類はすべて取り除かれ、この部屋で腰掛けているのは執務机に両手を置くエステルただ一人である。

 机に向かって右側に馬丁のロッコに俺と国綱。

 向かって左側には従者のオルドスと家令のウィルが立つ。


 そして机に正対して手枷をつけたゴルディッツとアーデルトラウトが並んだ。


 これはこの場において勝者と敗者を明確にして相手の意志を砕くための舞台設定である。

 まるで裁判所のような配置に、彼らふたりは自らが罪人として引き立てられるように感じているだろう。

 実際、アーデルトラウトなる女性副官は悔しげに顔をしかめている。


 俺はといえば、冷静を装いつつも、その歪んだ彼女の顔に傷らしい傷が見当たらないことにほっと胸を撫で下ろしていた。

 身体に傷があるにせよ、顔さえ無事ならひとまずはなんとかなる。

 いざとなれば医療ポッドに投げ込めばいい、とも思ってはいたが面倒にならずに済めばそれに越したことはないのだ。


 そんなことを考えているうちに、オルドスの咳払いを皮切りに停戦交渉が始まった。

 オルドスとゴルディッツのやり取りが進む。


「ではいま現在をもってゼンガーリンツ軍の降伏を宣言して頂きたい」

 ズバリ切り込んだオルドスだったが、やはりゴルディッツはここでもしぶとかった。


「すまんが我が軍全体が負けたわけではない以上、ゼンガーリンツ軍の降伏というのは認められない。また、私にはその権限もない」


「なるほど、これは失礼した。では貴殿の率いている部隊をなんと呼べばよろしいかな?」


 ゴルディッツの言葉はおかしなものでもなかったため、オルドスのみならず俺たちは誰もがひとまずは納得の姿勢を見せた。

 だが、次にゴルディッツが発した言葉は到底認められるものではない。

 彼は自軍の名称を次のように宣言したのだ。


「我々はゼンガーリンツ侯爵麾下、豪族フライファエド征伐部隊である」


 場に緊張が走る。

 これを放置して話を進めることは絶対にできない。

 エステルの顔ははっきりと強張っている。


 反面、落ち着いた表情のオルドスは、ゆっくりと確かめるように口を開く。


「ゴルディッツ殿、その言葉を(ひるがえ)してはくれんかな?

 部隊の名称など貴殿が自由に決めればいいではないか」


 優しげな言葉だが、実はこれは最後通牒だ。


 それに気づいたアーデルトラウトもゴルディッツを(いさ)める。

「隊長! オルドス殿の言う通りです。部隊の名称などにこだわっている場合では無いでしょう!」


 だが、その諫言(かんげん)は一喝のもとに否定された。


「馬鹿野郎! 俺たちは侯爵の(めい)で行動していることを忘れるな!

 確かに作戦が始まれば現場のことについてはテントの張り方一つにしても俺は誰にも口を出させはせん。

 たとえそれが侯爵様でもな。そいつが指揮官の領分を守るってことだからだ。

 だが、名前は違う。

 名前ってやつはその軍や派遣隊が何を目的としているのかを示す指針だ。

 こいつは政治の決定であって俺たち戦争屋の領分じゃねぇんだよ。

 わかるか? これに手を出すってことは侯爵の決定に異を唱えて軍や部隊を動かすってことだ。

 早い話が反逆なんだよ!」


 場が再び凍りつく。


 特にエステルは「政治」という言葉に感じるものがあったのか、ゴクリとつばを飲み込んで大きく頷いた。


 そう、ゴルディッツの言葉は正論だ。

 だが、彼はその正論で自身の死刑執行書にサインをしてしまった。


 仮にこの場に侯爵が居るなら、その名称の責任を侯爵に問うこともできる。

 しかしながら、今、フライファエドを征伐すると宣言したのは紛れもなくゴルディッツ自身なのだ。

 平民による貴族への侮辱は死を持って(あがな)うしか無い。


 ゴルディッツ自身、もとよりそれは覚悟の上で啖呵(たんか)を切ったのだろうが、このままでは交渉が進まない。

 そうなれば屋敷の正面広場に繋がれた60人の兵士たちは未だ戦闘中の扱いとなるため、テントを張って夜を明かすどころか、シーツを一枚羽織ることすら許されないのだ。

 朝までどころか夜半には全員が息絶えることは間違いないだろう。


 ゼンガーリンツ側にとってもフライファエド側にとっても手詰まりとなってしまった、と誰もが息を呑んだとき、ゴルディッツはふたたび口を開く。

「まあ、そういうわけで私は貴族であるフライファエド家への侮辱で死罪でしょうから、速やかに執行して頂きたい」


「はぁ?」

 誰ともなく妙な声がでる。

 いや、これは俺の声なのかもしれない。

 誰もが自分が声を発したのだと思うほどに唐突なゴルディッツの宣言であった。


 だが、彼の言葉はそれだけでは終わらない。


「私の死によって“豪族フライファエド征伐部隊”は消滅します。その後は“ゼンガーリンツ北方派遣隊”としてフォッカーを代表に降伏文書を作成して頂きたい」


 なるほど、これが彼なりのけじめの付け方というわけか。

 落とし所としては、まずまずだろう。


 エステルに目をやるが、彼女はゴルディッツをじっと見たままに微動だにしない。

 恐らくだが、彼の言葉に納得はするものの落とし所に「是」を宣言することができないのであろう。

 彼女は貴族としての名誉をかけて、ひとりの命を奪う宣言しなくてはならない。

 しかし、だからといって簡単にできる宣言でもないのは当然だ。


 実は、ゴルディッツを救う手立てはまだあるのだ。

 だが、誰も気づいていない以上、横から俺が口をだすわけにはいかない。

 エステルあるいはフライファエド家の戦いに参加し、勝つための手を貸すのは良い。

 だが、けじめを付けるのに公的な場で俺の言葉が優先されるのはおかしい。

 だから、俺は沈黙を貫く。

 できれば国綱の前で人死に係わることを見せたくなかったが、まあこれくらいは仕方ないか、などと自分をごまかしていると、うっかりオルドスと目が合ってしまった。


 やむを得ず俺が頷くと、彼も覚悟を決めたように頷いた。

 エステルに最後のけじめを付けさせるのは酷だと思ったのだろうし、俺もそれは正しいと思う。


 一呼吸おいてオルドスによる死の宣告が室内に響き渡った。


「では急ぎましょう。60名の兵士たちの命がかかっています。

 早速ですがゴルディッツ殿は地下へ移動していただく。

 アステリア様を始めとして他の方々は、しばしここでお待ちいただきたい。

 レイ様、申し訳ありませんが、お手を煩わせても?」


 オルドスはこの屋敷の中で誰が人を殺すことに最も()けているかをとっくに見抜いていたようだ。

 苦笑とともに再度頷くと、それに合わせたようにゴルディッツもニヤリと笑みを見せて、ドアに向かって(きびす)を返す。


 3人ともに無駄のない動きであり、後、数分もすればこの屋敷から生命(いのち)がひとつ消える事は明確な事実となったのである。




お読みいただきありがとうございました。


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また、過去に評価してくださった皆様に深く感謝いたします。

ありがとうございました。<(_ _)>

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― 新着の感想 ―
[良い点] 停戦交渉と相成りました。 なるほど、最初の段階でゴルディッツの副官、アーデルトラウトさんが貴族のご令嬢だとは、流石のレイたちも気づいていなかったわけですね。 (どうりで扱いが雑なわけでw…
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