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第96話 更に近付いた距離

 夜のデートを終えて、家に帰り着いた。

 その間、どうにも気恥ずかしくて悟達は無言だったが、空気が重かった訳ではない。

 むしろ甘く、むず痒く、何を話せばいいか分からなかった。

 それは帰るまでどころか、晩飯を摂っている最中も続いている。


「「……」」


 完全に今更ではあるが、悟と亜梨栖ありすの関係はどう考えても幼馴染の距離感ではなかった。

 それは物理的な距離もそうだし、会話一つ取ってもそうだ。

 なので彼女になったからといって、特別な会話など出来ない。

 それでもここでリードするのが彼氏だと思うのだが、変に緊張して今までの会話すら出来なくなってしまった。

 どうしたものかと悩んでいると、向かいの亜梨栖がくすりと小さな笑みを零す。


「今更言葉にされて彼女になるって、変な感じです。もちろん、告白してくれた事は嬉しいんですがね」

「そうなんだよなぁ。デートに行ったり、ペアネックレスを買ったりなんて、普通の幼馴染はしないからな」

「髪を乾かしあったりもですね」


 亜梨栖が近付いてきてくれたからではあるが、改めて悟達が普通の距離感ではない事を実感した。

 それと同時に、悟の中から変な緊張も抜けていく。

 結局の所、近過ぎる関係が悟達の当たり前という事なのだろう。


「アリスが頑張ってくれたからだよ」

「否定はしませんが、兄さんが受け入れてくれたからですよ」

「いやいや、俺はアリスに普段のお返しをしてただけだ」

「それを言うなら、私はこの家に居られるだけで十分に満足してるって言ってるでしょう?」

「……ははっ」

「……ふふっ」


 これまでと何も変わらない、お互いに相手のお陰だと譲り合う行為。

 それがおかしくて、勝手に笑みが零れた。

 ひとしきり笑った後、折角柔らかい空気なのだからと口を開く。


「大人になる為に敬語を使い始めたのはいいけど、俺の前で無理しないでもいいからな?」


 寝ぼけた際や酔った際、亜梨栖は敬語が抜けてしまう。

 親友である真奈の前でも偶になるので、彼女にとって敬語とは外行きの言葉遣いなのだろう。

 とはいえ今更悟の前で取り繕っているとは思わないので、おそらくケジメのようなものだろうが。

 それでも、家で無理して敬語を使う必要はない。

 もう亜梨栖を置いていくつもりはないのだから。


「うーん。まあ、全部バラしちゃったんで止めてもいいんですけどね」


 そう言う割には乗り気ではないようで、亜梨栖が眉をしかめて考え込む。

 最近は遠慮なく甘えてくれているが、もしかすると子供扱いされる事に対して怯えているのかもしれない。


「敬語がなくなったからって、態度は変えない。約束するよ」


 もう亜梨栖が大人になった事は十分理解している。昔の口調になった所で、甘えてくれて嬉しいとしか思わない。

 深紅の瞳を真っ直ぐに見つめて宣言するが、亜梨栖は嬉しさと申し訳なさを混ぜ込んだ笑みで首を振る。


「いえ、やっぱりこのままにします。でも、兄さんと壁を作っている訳じゃありませんからね?」

「分かってるよ。アリスがそう決めたのなら無理強いはしないさ」


 いくら距離が近くとも、悟が亜梨栖を支配してはいけないのだ。

 納得の意を示せば、なぜか彼女の頬に朱が混ぜ込まれる。


「……でも、偶に出るかもしれません。その時は許してくださいね」

「許すも何も望む所だ。全力で甘やかすよ」


 亜梨栖が甘えたがりなのは変わりないので、偶には敬語を無くして全力で甘えたいらしい。

 胸を張って応えると、亜梨栖の頬の赤みがより濃くなり、耳にまで移った。


「…………ずるいです」

「狡くなんてないっての」


 彼女を甘やかすのは彼氏の特権だ。むしろ、正当な権利と言ってもいい。

 亜梨栖の我儘を受け入れて緩く笑えば、彼女が唇を尖らせて食事を再開するのだった。





 恋人になったものの、晩飯の後は別々に風呂に入り、髪を乾かし終える。

 亜梨栖の事なので風呂場に突撃されるかと思ったが、意外にもされなかった。

 就寝時間までも以前と変わらず、亜梨栖が悟の横にぴたりとくっついたまま穏やかな時間を過ごす。

 そしてようやく寝る時間となり、準備を終えた亜梨栖がおずおずと悟を見上げた。

 透き通った紅の瞳は期待にか潤んでおり、吸い込まれてしまいそうな程に美しい。


「も、もう付き合ってますし、一緒に寝ませんか?」

「別に良いけど、何で緊張してるんだよ」


 恋人になったのだから、亜梨栖と一緒に寝るのを拒む理由は無い。

 しかし、これまでの亜梨栖ならば緊張するどころか、悟と意地でも一緒に寝る為に誘惑してきたはずだ。

 付き合ってから奥手になる彼女に、許可しつつ苦笑を浮かべて肩を竦める。

 空気を和ませる為に言ったのだが、予想に反して亜梨栖が瞳をあちこちにさ迷わせた。


「だって、ようやく付き合えたんだなって、もう一緒に寝てもいいんだなって思うと嬉しくて、でも緊張してしまって……」

「……ごめん、俺のせいだな」


 散々悟に断られた事でそれが当たり前になり、いざ何の障害も無くなると感情が迷子になってしまったらしい。

 慌てつつも頬を緩めてはにかむ亜梨栖に、申し訳なさが沸き上がってくる。

 とはいえ、ここで謝り続けても彼女は喜ばない。

 亜梨栖が悟の言葉を否定する前に、彼女の頭に手を乗せてやんわりと撫でた。


「だから、これからは一緒に寝ようか。いっぱい甘えていいぞ」

「……はい」


 今日だけでなくこれからずっと寝られるのが嬉しいようで、頬がゆるゆるになる。

 同時に甘える気恥ずかしさも沸き上がっているらしく、耳どころか首まで真っ赤に染まっていた。

 羞恥に炙られる姿も可愛いなと笑みを落とし、先に自室へ向かう。

 すると、悟のシャツが軽く引っ張られた。


「アリス?」

「甘えはしますが、甘えっぱなしは嫌です。兄さんも、甘えたくなったら遠慮しないでくださいね」


 目を細めた柔らかい微笑みと告げられた言葉に、胸が甘く締め付けられる。

 以前膝枕してくれた時にも言われたが、昔と同じではなく支え合いたいという想いが悟の頬を緩ませた。


「分かったよ。ありがとな、アリス」


 少しでも胸の温かさを伝えたくて、亜梨栖の手を緩く引いてベッドに向かう。

 以前と同じく悟が先にベッドへ入り、けれども彼女に背を向ける事なく手を広げた。


「ほら、おいで」

「……はいっ」


 花が咲くような笑顔を浮かべ、亜梨栖が思いきり抱き着いてきた。

 彼女の体重に抵抗せず、二人してベッドに寝転がる。

 体勢を整えて腕を差し出せば、すぐに亜梨栖が頭を乗せた。


「ふふ、寝る前から腕枕されるのは初めてですね」

「俺が拒否してたからな。……にしても」


 嬉しさが溢れて止まらないような、蕩けた笑みを浮かべる亜梨栖が吐息すら掛かる距離に居る。

 以前このベッドで寝た時のように、起きたらくっついていたのではない。亜梨栖の部屋でなし崩し的に添い寝した時とも違う。

 幼馴染ではなく恋人としての距離が、悟の心臓を高鳴らせる。

 ただ、じっと顔を見つめていたせいで亜梨栖が顔に困惑を浮かべた。


「あ、あの、どうかしましたか?」

「いや、何も。アリスは可愛いなって思っただけだ」

「はえっ!? い、いきなり何を言うんですか!?」


 亜梨栖がぱちぱちと瞬きをし、頬を朱に染める。

 あまり正面から褒めないせいで、今でも耐性がないらしい。

 そんな所も愛おしくて、亜梨栖の頭に手を伸ばす。

 ゆっくりと、落ち着かせるように撫でれば、少しずつ亜梨栖の表情が蕩けだした。


「……兄さんは、やっぱりずるいです」

「狡いのが大人だって言っただろ?」

「む……。なら、私も大人の仲間入りしますっ」


 不満気に唇を尖らせた亜梨栖が、悟の胸に体を埋める。

 もぞもぞと体を動かして落ち着く場所を探していたが、どうやら決まったらしく動きが止まった。

 至近距離の深紅の瞳は、悪戯っぽい色を帯びている。


「ふふ、どうですか?」

「……まいったよ」


 あっさりと悟の心を乱す亜梨栖に溜息をつき、頭を撫でるのを再開した。

 悟の熱や感触に浸りたいのか、亜梨栖が悟の胸に頬ずりする。

 暫くすると、彼女の息が規則正しいゆっくりとしたものになった。


「おにい、ちゃん」

「ん? どうした?」

「すき、だいすき」


 悟の胸に顔を埋めたままだったので、声はくぐもっている。

 それでも短く幼げな声色に、溢れて零れそうな程の愛情が詰まっていた。

 亜梨栖の言葉が胸を満たし、そのお礼として彼女の背中をあやすように撫でる。


「俺も大好きだよ。おやすみ」

「おやすみ、なさい。はなれ、ないで、ね?」

「もちろん。ずっと一緒だ」

「やった、ぁ……」


 歓喜がこれでもかと込められた言葉を最後に、亜梨栖が寝息を立て始めた。

 すぐ傍に居ながらも、これまでは決して望んではならない接触だった。

 けれど、もう遠慮する事なく触れ合える。


「……付き合えて、良かったな」


 今更ながらに亜梨栖と恋人になれた喜びが沸き上がり、その感情を存分に噛み締めた。

 とはいえ彼女と密着しながら寝ているので、柔らかい体の感触や甘い匂いが悟の理性をガリガリと削ってくる。

 そのせいで心臓の鼓動が乱されつつも、不思議と穏やかな気持ちで目を閉じるのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 枷が外れたせいで戸惑うアリスちゃんかわゆす [一言] 悟がなんでも受け入れるようになってアリスやりたいこと多すぎて混乱してるのかわいいですねぇ。これは慣れれば慣れるほどヤヴァクなるわけです…
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