第94話 再会するまで
それからの亜梨栖は悟にもう一度会う為に努力をし始めた。
どんなにお願いしても奏は会わせない理由を説明してくれなかったが、代わりに「アリスが立派な大人になったら会わせる」という条件を引き出せた。
ただ、敬語に口調を変えようと思ったものの「家族にそんな口調をしないで欲しい」という願いから、家では敬語を外している。
とはいえ悟にもし会う事が出来たら、大人として見られる為に敬語は変えないと思うが。
そんな努力を続けているうちに、少しずつ亜梨栖は料理が出来るようになってきた。
「よし完成。……まあ、味は全然駄目だけど」
料理としては問題ないが、食べ慣れた――もう食べる事の出来ない――味との違いに肩を落とす。
悟の味を思い出しつつ料理を続けているが、少しもあの味に近付かない。
静かなリビングで、作った料理を黙々と口へと運ぶ。
奏はこれまでと同じく帰りが遅いので、ふと寂しさを感じる時はあったが、亜梨栖には泣いている暇などない。
そうして前に進み続け、亜梨栖は小学校を卒業し、中学校に入った。
「わぁ……。あの子すっごく可愛いー!」
「新入生なんだよね。凄い子が入ってきたなぁ……」
悟の隣に並ぶ為に、大人になる為にと努力し続けた結果、亜梨栖はどうやら新入生で一番の美少女と呼ばれるようになった。
周囲からの賞賛や嫉妬などは毛ほども興味なく、勝手に盛り上がっていればいいと思っていたが、残念ながら亜梨栖に火の粉が降りかかるようになる。
「あんた、お高く止まってむかつくのよ」
「そうそう。モテて当然みたいな顔しちゃってさあ」
別に、亜梨栖は同年代にモテようと思ってなどいない。好意を向けて欲しいのは一人だけだ。
なので男子に素っ気ない態度を取っていたのだが、それが気に食わなかったらしい。
正直なところ彼女達もどうでもいいので、亜梨栖の邪魔をするなら全力で排除する。
奏には「立派な大人になったら」という条件を出されたが、言われるだけで何もしないのを立派な大人とは思えない。
とはいえこの程度の悪口で怒るつもりはないし、初めから突っかかっては火に油を注ぐだけだ。
「そんな事はありませんよ。失礼しますね」
彼女達のように放課後は遊び、学校の休憩時間はお喋りに興じる生活を悪だとは言わない。
しかし楽しそうとは思えず、興味も持てなかった。
そもそもアリスには家事に勉強に料理と、やる事は山ほどあるのだ。
勝手にやっていればいいと彼女達のやっかみを流し続ける。
そんな風に適当にあしらっていると、ついに彼女達の堪忍袋の尾が切れたらしい。
亜梨栖を露骨に目の敵にし始めた。
「そこは私の席です。退いてください」
「えー? 私達ここが良いんだけど。これくらい許しなさいよ」
「嫌です。授業の準備の邪魔ですよ」
「……チッ、うるさいわね! 気持ち悪い白い髪をした奴の方が邪魔に決まってるでしょ!」
あまりにも適当な理由で亜梨栖を排斥しようとする彼女達。その姿が滑稽過ぎて、笑いが出そうだ。
しかし、もう少し突けば決定的な証拠が掴めるかもしれないと、あえて澄ました態度を取る。
「私がどんな髪をしようと自由でしょう? 地毛を晒しているだけなのに悪く言われる筋合いはありません」
「こ、の……! その態度はなんなのよ!」
「その髪と眼でモテてさぞ気分がいいでしょうね! でもあんたは日の光に弱いんでしょうが!」
彼女達の一人が身だしなみ用だろう手鏡を、窓から入り込む光に翳した。
何となく予想は出来ていたので、咄嗟に手で目だけは覆って隠す。
反射した光、しかも一瞬だけならば肌に当たっても大丈夫だが、アリスの対応が面白かったのか彼女達がけらけらと笑いだした。
「こんな光に怯えるなんてバッカみたい!」
「情けないわね!」
「……ここまであっさり挑発に乗ってくれるとは思いませんでした。ありがとうございます」
アリスの瞳は日光が天敵だ。下手をすると後遺症が出る可能性すらある。
それをアリスと一緒のクラスになった際に教師が説明していたはずだが、つい手を出してしまったらしい。
傷害沙汰まで発展したのだ。もう彼女達は終わりだろう。
鏡をしまったのを確認してから、ポケットからあるものを取り出す。
「録音させてもらいましたよ。さて、私はこれを提出しに行きます。私の体質上、ただでは済まないでしょうね。」
「は、はぁ!? 学校にスマホを持って来るなんて禁止されてるでしょ!? あんたも怒られるに決まってるじゃない!」
「最近いじめを受けていて、その対策に持って来たとでも言えばいいです。多少は怒られるでしょうが構いません。さあ、一緒に怒られましょうか」
生徒は教師の力を借りるのを忌避しがちだが、亜梨栖は違う。利用できるものは全て利用する。
にっこりと笑んで手に持ったスマホを振れば、彼女達の顔が青ざめた。
「あんたおかしいって! 気持ち悪い!」
「そうですか。そんなの知った事じゃないので職員室に行きますね」
「あ、わ、私が悪かった! だからやめて!」
「私は危うく目に障害が出る可能性がありましたし、謝って許される事ではありません。それでは」
「「本当に、ごめんなさい!」」
散々亜梨栖へ悪口を言ったくせに、自分が怒られるのは嫌らしい。
彼女達が周囲にクラスメイトが居る中で深く頭を下げた。
勝手にやってろと見捨てて職員室に行こうと思ったのだが、周囲を見渡せばクラスメイトが畏怖を込めた視線を亜梨栖へと送っている。
一回くらい見逃がしてもいいかと一瞬だけ考えたが、見せしめとして丁度いいかもしれない。
「だから、知らないって言ってるでしょう。自分が何をしたか、それをしっかり考えてください」
「ねえ待って! 待ってってば!」
「何でもするから! だから言わないで!」
「……」
最早話をしたいとも思えず、無視して教室を出ようとしたのだが、彼女達がしがみついてきた。
流石に亜梨栖の力では引き剥がせず、その場に留まってしまう。
しかし、幸運な事に休憩時間は終わり、教師がやってきた。
「何があったんだ?」
「後で罰は受けます。その前にこれを聞いていただけませんか?」
亜梨栖を止めようとする女子達をよそに、教師へスマホを渡す。
当然ながら大問題となり、この日以降亜梨栖は腫れ物扱いをされるようになるのだった。
「あの、三城さん。付き合ってくれないかな?」
亜梨栖が腫れ物扱いをされて、一年が経った。
周囲から浮いている亜梨栖だが、それでも告白される事は多い。
そして悟に会えない期間が多くなり過ぎて、亜梨栖の頭に一つの考えが浮かんだ。
(もし誰かと付き合えば、お兄ちゃんを忘れられるのかな……)
ずっと努力をし続けてきたが、悟に嫌われたのではという考えは消えなかった。
そして数年経った今では、悟が亜梨栖の事を忘れているかもしれないという考えも浮かんできている。
とはいえ、だからお試しで誰かと付き合うというのも不誠実だし、目の前の顔の整っている男子に興味は持てない。
「ごめんなさい」
「そう言わずにさぁ」
未練があるのか、それとも単に距離が近い人だったのかは分からない。
謝罪後に去ろうとした亜梨栖の手を彼が掴んだ。
ゾワリと寒気が這い上がり、嫌悪感で胸が満たされる。
「離して!!」
彼の手を弾き、その場から逃げ出す。
体質の問題はあれど運動はそれなりに出来るので、すぐに人気のある校舎に着いた。
何食わぬ顔で廊下を歩きつつ、早鐘のように鳴っている心臓の鼓動を抑える。
(誰かと付き合う……? そんなの絶対に無理。有り得ない)
先程彼に触れられた際に自覚した。亜梨栖は悟以外に触れられたくないのだ。
その気持ちを自覚したのと同時に、最近思考を満たしていた弱気な考えを振り払う。
(絶対に、会うんだ)
先程告白してきた男子生徒が、亜梨栖が手を払った事を周囲にどう言い触らすのか分からない。
しかし、亜梨栖には関係ない。どのみち周囲から浮いているのなら、多少陰口が増えた所で変わらないのだから。
改めて誓い、亜梨栖は努力し続けるのだった。
結局あの男子生徒は亜梨栖の行動を周囲に言い触らさず、告白をされては振り、周囲から浮いている生活を続けて三年生になった。
進路をどうすべきか迷いつつ、進路希望調査を奏に渡す。
すると奏が深呼吸をして瞼を一度隠し、その後意を決した表情で亜梨栖を見た。
「進路だけど、星爛にしなさい」
「星爛? ちょっと難しいけど、お母さんがそう言うなら――」
「もし星爛に受かって一年間高校生活を続けられたら、悟くんに会わせるわ」
「っ!?」
悟に会うのは、立派な大人になるという条件を達成した時だったはずだ。
あまりにも早く、しかも唐突に希望が現れ、感情が追い付かず目を見開いて奏を見つめる。
すると、奏の顔が悲しみに彩られた。
「もう十分亜梨栖は頑張ってくれた。……だから、これが最後よ。出来るかしら?」
「もちろん。その為に、私は頑張ってきたんだもん」
「……………………ごめんなさい」
「え、えっと?」
目標を提示してくれた奏には感謝している。謝られた理由が分からない。
訳が分からず首を捻れば、奏が今にも泣きそうに顔を歪ませる。
しかし顔を俯け、再び亜梨栖を見た奏の顔は、いつもの凛々しい表情だった。
「なら、頑張りなさい。あなたは今までよく頑張ってきた。もう少しよ」
「うん!」
後少しで手が届くのだ。亜梨栖の中に激しい炎が燃え上がる。
その熱を絶やさないまま努力し続け、星爛高校に合格し、新たに高校生活を始めた。
中学時代と似たような事があったので同様に制裁し、その際に協力してくれた真奈と仲を深め、高校生活を続けて約一年。
奏と彩に連れられて、とあるマンションの下に来た。
「ここに、お兄ちゃんが……」
ずっと、ずっと会いたかった。何度悟との会話を夢に見たか分からない。
嫌われているのかもしれないという不安はあるし、結局離れた理由は誰からも聞かされていないので、思わず問い詰めるかもしれない。
それでも、会わないという選択肢だけは無いのだ。
「……アリス、心の準備はいいかしら?」
「うん。お兄ちゃんと一緒に住む。その為に、ここに来たんだから」
心配そうに顔を覗き込んできた奏に笑みを返し、数週間前に告げられた計画を口にした。
悟に会うだけでなく、一緒に住んでもいいのだ。このチャンスを逃す訳にはいかない。
何があっても達成するのだと意気込みつつ、マンションへと足を踏み入れるのだった。




