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第89話 酔っ払い

 何とか許しをもらって玄関の鍵を閉めて、リビングに戻る。

 そこには毛を逆立てる猫のように、唸り声を上げている亜梨栖ありすがいた。


「う゛ー」


 頬を紅潮させ、瞳がとろみを帯びている酔った姿。

 そんな状態で威嚇いかくされても、ちっとも怖くない。

 しかし亜梨栖がご機嫌斜めなのは確かだし、更に機嫌が悪くなると何をされるか分からないのも確かだ。

 緩みそうになる頬を抑えつつ、彼女が座っているソファへ向かう。


「一人にしてごめんな?」

「……そうだけど。そうじゃないの」

「え、えっと、どういう事だ?」


 どうやら、亜梨栖を放り出して玄関に向かった事が嫌だったのではないらしい。

 訳が分からずに首を傾げれば、深紅の瞳がじとりと細まる。


「朴念仁」

「朴念仁って……。いきなり何だよ」

「女の子泣かせ。鈍感。どうせそうやって大学生の時も、女の子を袖にしたの?」

「無茶苦茶言われてるけど、そんな事ないからな?」


 女の子泣かせという部分は否定出来ないが、女性を袖になどしていない。

 少なくとも、大学時代は恋人関係になる人がいなかったのは確かだ。

 心外だと僅かに唇を尖らせると、亜梨栖が盛大に溜息をつかれた。


「自覚なしって怖い……。まあ、それで助かったけど」

「……取り敢えず、俺はどうすればいいんだ?」


 何とか亜梨栖の機嫌を直したいが、どうすればいいのか全く分からない。

 仕方がないので尋ねれば、彼女が両手を広げた。


「ん」

「まさか、抱き締めろと?」

「ん!」

「…………分かったよ」


 抱き締めるのをご所望のようなので、早まる心臓の鼓動を抑えつつ華奢な体を包み込む。

 こうして、お互いに向き合いながら抱き締めたのは初めてだ。

 寝ている際にいつの間にかだったり、寝ぼけた亜梨栖に抵抗する間もなく胸に顔を埋められたのはノーカウントだろう。

 外出用の長袖にロングスカートだが、薄着なので彼女の体の柔らかさをこれでもかと感じる。

 それだけでなく、信之達と騒いだからか、シトラスと汗の混ざった匂いが香った。


(キッツいなぁ……)


 亜梨栖という存在自体が、悟の理性をガリガリと削ってくる。

 ジッとしてくれればまだ耐えられるのだが、彼女がもぞもぞと動き出した。

 下半身に集まりそうになる熱と暴走しそうになる欲望を必死に抑えていると、満足のいく位置が見つかったらしい。

 はふ、と気の抜けた声を漏らして、亜梨栖が体の力を抜いた。


「これでいいか?」

「まだ。頭、撫でて」

「はいはい」


 今の悟は命令に従う機械だと言い聞かせ、滑らかな銀糸に触れる。

 ゆっくりと梳くように撫でれば、腕の中から安堵の溜息が聞こえた。


「……この場所は私だけのもの。私以外にしちゃだめ」

「アリス以外にする訳ないだろ?」

「約束して。破ったらおしおき」

「おしおきは嫌だなぁ……。だから、ちゃんと約束するよ」


 亜梨栖がどうしてムキになっているのかは分からないが、嫉妬の感情そのものは喜ばしい。

 しかし嫉妬させ続けるのも嫌だし、この状況の亜梨栖がどんなおしおきを考えているか分からない。

 なので頬を緩めつつ断言したのだが、亜梨栖が頬を膨らませて悟を見上げた。


「口じゃだめ。指切りする」

「指切りって……。まあいいや、ほら」


 酔ったからとはいえ、随分と子供っぽい約束の結び方に悟の唇が弧を描く。

 すると蕩けた紅の瞳が不機嫌の色を宿したので、慌てて小指を差し出した。

 すぐに白く細い小指が絡み付き、緩く上下に揺れだす。


「ゆーびきーりげーんまん、うそつーいたらえっちする。ゆびきった」

「……とんでもない約束を勝手に結ばれたんだが」


 まさか約束を破った罰が強制的に体を重ねる事だとは思わなかった。

 頬を引きらせつつ苦言をていしたが、亜梨栖は悟の胸に顔を埋めて顔を隠す。


「約束は約束。守ってね」

「分かった、分かりましたよ」


 どうせ亜梨栖以外の女性の頭を撫でるつもりはないのだ。

 無茶苦茶な罰が待っていても、何の問題もない。

 諦めの境地で承諾し、亜梨栖の頭をゆっくりと撫でる。

 ようやく機嫌が直ったのか、すりすりと頬を胸に擦り付けられた。


「きもちー」

「存分に気持ち良くなってくれ」

「えへへー。ありがとう、お兄ちゃん」

「……どういたしまして」


 顎を悟の胸に当て、たっぷりと蜜が含まれたような甘い笑みを向ける亜梨栖。

 再び頬を悟の胸に擦り付け、ご機嫌な猫のように喉を鳴らし始めた。


「視界がふわふわするー」


 アルコールを摂取した人特有の酩酊めいてい感が楽しいようで、亜梨栖がくすくすと軽やかな笑みを零す。

 人肌に触れていたいのか、元来の甘えたがりが出てきたのか。少しの隙間すら許さないと言わんばかりに密着してきた。

 至近距離での全力の甘えっぷりに、理性がぐらつく。


「もっと、もっと撫でて?」

「はいよ」


 ゆっくりと、味わうように美しい銀髪を撫で続ける。

 暫くすると亜梨栖が顔を上げたが、深紅の瞳は酔いとは違ったとろみを帯びていた。


「おに……ちゃ……」

「どうした? 何かして欲しい事があるのか?」

「……ずっと、いっしょ」


 小さく、囁くような声。けれど、その声には溢れんばかりの渇望が込められていた。

 いくら一緒に住んでいても、あるいはだからこそ、離れる恐怖に内心では怯えていたのかもしれない。

 不安の雲は、悟がどれほど言葉を尽くしても晴れないのだろう。

 けれど、何も出来ない訳ではない。


「そうだな。アリスが起きるまでずっとこうしてるから、遠慮なく寝てくれ」

「ふふ。やった、ぁ……」


 子供のように無垢な笑顔を浮かべ、亜梨栖が瞼を閉じた。

 すぐに規則正しい寝息が聞こえてくる。

 酔ったがゆえに普段以上の好意をぶつけられたが、一先ずこれで終わりだ。


「……アリスには絶対お酒を飲ませないようにしよう」


 未成年にお酒を飲ませるのが犯罪だというのはもちろんだが、おそらく亜梨栖は酒に弱い。

 もしかすると酔うのに慣れていないだけかもしれないが、ウーロンハイ一杯でここまで酔うとは思わなかった。

 もし彼女が二十歳になってから今日のように甘えられたら、悟の理性は一瞬で吹き飛ぶだろう。

 がっくりと肩を落としつつ腕の中の少女を見れば、緩みきった笑顔をしていた。


「んへへ……。お酒、おいひぃ……」

「気持ち良く寝やがって、この」


 寝るのを勧めたとはいえ、散々悟を掻き回しておいてあっさりと寝た亜梨栖がほんの少しだけ恨めしくなった。

 とはいえ、だらしのない笑みに毒気が抜かれ、苦笑しつつ滑らかな頬を軽く突く。

 ん、と鼻に掛かったような吐息を漏らす亜梨栖がどうしようもなく可愛くて、額に唇を触れさせるのだった。 

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― 新着の感想 ―
[一言] 本気甘えモードのアリスの破壊力のすごさもさることながら、悟の理性もさすがと言わざるを得ない。 さてさて、アリスは覚えているのかいないのか、反応が楽しみですっ
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