第86話 他人から見た悟とアリス
「ねーアリス。私達お酒飲めないし、何か美味しいものが食べたいなぁ」
「堂々とねだるとは良い根性してますね。……まあ事実ですし、何か作りますか」
「やったね! アリスの料理は美味しいから楽しみー♪」
「あらあら。アリスちゃんの料理はそんなに美味しいの?」
「そうなんですよ! あんまり分けてくれないですけど、お弁当が絶品なんです!」
「なら私も食べてみたいわ。アリスちゃん、いいかしら?」
「え、ええ、まあ、構いませんが」
亜梨栖に真奈に美琴と、全くタイプは違うが、見目麗しい女性達がはしゃぎながらスーパーを物色する。
駅からスーパーへ行くまでに美琴が亜梨栖へ簡単な自己紹介を済ませたからか、亜梨栖の表情は最初に比べたら幾分か柔らかい。
亜梨栖が馴染めている事に胸を撫で下ろせば、隣から深い溜息が聞こえた。
「いいですよねぇあの三人。華があります」
「……否定はしないけど、落ち込む必要はないだろ」
羨望と嫉妬、そして諦めを込めた瞳で佳奈が亜梨栖達を眺める。
おそらくだが、自分の見た目に自信が無いのだろう。
悟からすれば佳奈も十分に可愛いのだが、亜梨栖という想い人が居るのに他の女性を真正面から褒めるのもどうかと思う。
なので遠回しに褒めたのだが、佳奈は濁った瞳で悟を見上げた。
「綺麗系、元気系、おっとり系。それぞれの最高峰を集めたかのような人達ですよ? 内一人は妹ですが、あの子には敵いません」
「……」
呪詛のような言葉に、どう返せばいいか分からない。
悟と共に佳奈を挟んで歩いている信之に「何とかしろ」と視線を送るが「既婚者の僕に他の女性を面と向かって褒められる訳がない」と返ってきた。
男性二人にはどうする事も出来ずに眉を下げると、真奈が急に振り返り、悟達へ視線を向ける。
仕方ないなぁという風な苦笑を浮かべて近付いてきて、素早く佳奈の腕を掴んだ。
「ほらお姉ちゃん! アリスが美味しいもの作ってくれるし、一緒に選ぼう!」
「え、えぇ……? でも……」
「でもじゃないの! ほら、行くよ!」
「ひゃあっ!?」
強引に連れられて、佳奈が亜梨栖達に合流した。
女性が全員居なくなった事で、男性二人がようやく正直な気持ちを口にする。
「柊は可愛い系だし、これで完璧だな。滅茶苦茶目の保養になる」
「眼福眼福。でも、あんなに可愛いのに勿体ないなぁ」
「容姿の整ってる妹がすぐ傍に居るんだから、自覚出来ないんだろ。後はまあ、仕事で怒られ過ぎて自信を無くしたかだな」
「どっちもな気がするね。でも、もう大丈夫そうだよ」
遠慮のない意見を交換しつつ彼女達を見れば、佳奈が三人から何かを言われ、顔を真っ赤にしていた。
ぶんぶんと首を振る姿も小動物的で可愛らしい。
もしかすると、悟達と似たような会話をしているのかもしれない。
同じ会社に勤める友人として手助け出来なかったのが心苦しいが、同性に囲まれるのも自信に繋がるだろう。
ホッと胸を撫で下ろしつつ、信之に目配せする。
「信之、分かってるよな?」
「もちろん。僕だって美琴に怒られたくはないからね」
今の話は無かった事にする。という約束を言外に取り付け、姦しくも華やかな女性達の後をついていくのだった。
スーパーでの買い物を終え、家に帰ってきた。
四人をリビングに招けば、信之が苦笑しつつ口を開く。
「ここが悟の家かぁ。……あんまり物を置かないのが悟らしいね」
「そういう性分なんでな。さてと、取り敢えず料理するけどいいか?」
悟はつまみがあれば良かったのだが、女性陣が盛り上がり、つまみも作る事になった。
とはいえ料理人は作ると言った亜梨栖と、家主である悟なのだが。
食材を大量に買い、その後の調理を悟達に任せるのが流石に申し訳ないのか、信之達が眉を下げる。
「作る量が多くなってごめんね。悟、三城さん」
「気にすんな。というか、俺とアリスが事前に準備していれば済む話だったからな。悪いのは俺達だ」
「それじゃあ先輩達の負担が大きすぎるので、皆で買い物に行くって話だったじゃないですか。謝らないでください」
「でも、結局負担が増えちゃったんだよねぇ……。アリスの料理が食べれるって、ついはしゃぎすぎちゃった」
「私も真奈ちゃんと同じです。ごめんなさい、二人共」
「いやいや、客が来たらもてなすのが当たり前だから」
準備に関しては確かに佳奈の言う通りだが、料理に関しては不満などない。
折角来てくれた客人達に調理させては、家主失格だ。
それは亜梨栖も同じなのだろう。柔らかな笑みを浮かべて頷く。
「兄さんの言う通りですよ。気にしないでください」
「「「……兄さん?」」」
六人で行動し始めてから亜梨栖が悟を呼ばなかったからか、突然の「兄さん」呼びに真奈以外が首を傾げた。
失言したと思ったのか亜梨栖が顔を顰め、瞳を不安に揺らしつつ悟を見つめる。
撫でて慰めたくなったが、流石にこんな場所では出来ない。
それに、今すぐ事情を説明すると料理が出来なくなるので、キッチンに向かいつつ信之達へ微笑を向ける。
「幼馴染だからな。ほらアリス、行くぞ」
「は、はい。みなさん、ゆっくりしていてくださいね。暇だったらゲームもありますから」
慌てて悟を追う亜梨栖が、信之達を気遣った。
彼女の言葉がただの幼馴染の発言ではなかったのに気付き、再び真奈以外が顔に疑問符を浮かべる。
「今の発言おかしかったよね? この家に住んでる風だったけど……」
「そうねぇ。でも、真奈ちゃんは驚いてないみたいだけど」
「秘密ですよ。私からは何も言えません」
「そっか。真奈は事情を知ってるのかぁ。家でも全然話してくれなかったし、気になるぅ……」
詮索したいが料理を頼んだ手前、聞くに聞けない。
そんなもどかしさを抱えているようだったが、一度家に来た事のある真奈がゲーム機のコントローラーを取り出した。
どうやら今日の為に自宅から持って来たらしく、皆の興味が悟達から逸れる。
内心で真奈に感謝しつつ、亜梨栖と料理に取り掛かった。
「鶏肉、揉み終わったぞ」
「こっちも準備出来ました。預かりますので、兄さんは次の準備お願いします」
「任せろ。……ジャガイモ潰すのって、大変だよなぁ」
「普通のサラダよりも手間が掛かるのが難点で、普段作りませんからね」
「そうしてくれ。美味しいのは良いけど、アリスに負担が掛かる」
「ふふ。ありがとうございます」
これまで、料理するのは必ずどちらか一人だけだったので、こうして二人でキッチンに並ぶのは新鮮だ。
昔とは違い、亜梨栖が悟のサポートをするだけではない事が、余計にそう感じさせているのだろう。
同じ料理が出来る者だからか、それとも昔からの付き合いだからか、スムーズに料理していく。
それが楽しくて、嬉しくて。勝手に頬が緩む。
隣の亜梨栖を見れば、彼女も蕩けた笑みをしていた。
「……ねえ。悟達の様子ってあれ幼馴染じゃなくて新婚じゃない?」
「懐かしいわねぇ。私と信之さんもあんな感じだったわ。残念ながら信之さんと松原さんでは料理のレベルが違うと思うけど」
「それを言われると痛いなぁ……。にしても、仲睦まじい事」
「……先輩が楽しそうで良かった」
「ほらお姉ちゃん! やるよー!」
「ああ、待って待って!」
信之達の会話は、料理が楽し過ぎて悟の耳に入って来なかった。




