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第75話 アリスの親友

「こんにちは、お兄さん!」


 ゴールデンウイーク二日目の昼時。悟の家に溌剌はつらつとした声が響き渡った。

 昨日見た茶髪の小動物的な女子に、納得と呆れの溜息を零す。


「やっぱり君かぁ……。あの時言ってくれれば良かったのに」

「どうせ明日会うし、思わせぶりな態度だと面白いかなって!」

「……まあ、こんな人です」


 少女をここまで連れて来てくれた亜梨栖が、諦めを顔に浮かべて肩を落とした。

 どうやら、亜梨栖の前でも彼女はこんな調子らしい。


「取り敢えず、上がってから話そうか」

「はい!」


 茶色に赤を混ぜたはしばみ色の瞳を輝かせつつ、少女が家に上がる。

 全員がリビングの椅子に座るが、彼女はきょろきょろを忙しなく部屋を見渡していた。

 亜梨栖とは全く違うタイプに見えるものの、この強引さと壁の無さが亜梨栖を仲良くなった理由かもしれない。


「部屋を見るのはいいけど、まずは自己紹介かな。松原悟、よろしく」

「おっと、すみません。柊真奈ひいらぎまなです!」

「柊に真奈、か」


 知り合いの名前にあまりにも似ており、雰囲気こそ正反対だが小動物を思わせる姿。

 先日は頭の片隅に引っ掛かる程度だったが、名前を聞いて点が線となる。

 おそらく、悟の考えは合っているはずだ。


「もしかして、姉が居ないかい?」

「そうですけど、何で知ってるんですか?」

「柊佳奈(かな)。俺の会社での後輩だ」

「えぇ!? まさかお姉ちゃんと知り合いだったなんて……」


 驚きに目を見開く姿が後輩にそっくりだが、その気持ちはよく分かる。

 友好関係が狭くなった悟の数少ない友人が、亜梨栖の友人の姉とは誰も思うまい。

 凄まじい巡り合わせに、納得を通り越して呆れてしまう。


「世間って狭いなぁ……」

「ですね。というか、松原さんがお姉ちゃんの……。なるほどぉ」


 苦笑に僅かながら悲しみを混ぜ、真奈が深く頷いた。

 そんな表情を取られる意味が分からず、首を傾げる。


「どうしたんだい?」

「いえ、何も。お姉ちゃん、頑張ったなって」

「はぁ……」

「あの。完全に置いてけぼりなんですが、何がどうなってるんですか?」

「ああ、ごめんな、アリス」


 真奈の言葉の真意は置いておき、顔に困惑を浮かべている亜梨栖に事情を説明した。

 悟が以前飲みに行った相手が友人の姉だと分かり、亜梨栖が透明な無表情で頷く。


「そうだったんですね。……喜んでいいのか、悲しんでいいのか悩みどころですが」

「お姉ちゃんに関しては、放っておくのが正解だよ。気遣ってくれてありがとね、アリス」

「お礼を言われる事なんてしてませんよ。それに、謝りもしませんからね」

「うん。そうしてくれると嬉しいな」

「次は俺が置いてけぼりなんだが?」


 要点の掴めない会話の応酬おうしゅうに、悟の頭はついていけない。

 説明を求めると、亜梨栖と真奈が悪戯っぽく目を細めた。


「ヒ、ミ、ツ、です。兄さんは知らなくて良い事ですよ」

「そうです。女の子だけが分かる会話ってことでお願いしますね」

「……二人が納得してるならいいけどさ」


 悟が知っては駄目だと言うのなら、これ以上の詮索せんさくはしない。

 物静かな亜梨栖と元気の良い真奈は普段の態度こそ正反対だが、こういう時は息がしっかりと合っていた。

 ただ、女子高生二人からはぐらかさせる社会人男性、という絵面に情けなさを感じてしまう。

 別に威厳いげんが欲しい訳ではないので、胸の内にとどめて真奈へと視線を向けた。


「その感じだと、俺とアリスが一緒に住んでるのは知ってたみたいだね」

「はい。と言ってもさっき駅でアリスに会った時に知りましたけどね」

「この事は――」

「もちろん、誰にも言いません。約束します」


 先程までの陽気な表情を消し、ゾッとする程に真剣な表情の真奈。

 こんな表情をされれば、疑う気持ちは消え失せてしまう。

 そもそも、五年前まで友人の居なかった亜梨栖が連れて来た人なのだ。

 その時点で信じるに値する人だろう。


「分かった。これからよろしくね」

「こちらこそよろしくお願いします! それと、私にもアリスに話すような口調でお願いします。滅茶苦茶子供扱いされてる気がしますので」

「そんなつもりは無かったんだけど……。なら、改めてよろしく」

「はい!」


 子供扱いというよりは大人として接しようと気を付けていただけなのだが、お気に召さなかったらしい。

 友人のような態度に変えれば、真奈が満面の笑みで頷いた。

 そして、彼女が亜梨栖へと視線を向ける。

 先程までの笑顔が、一瞬で意地悪気なものに変わった。


「にしても、アリスが松原さんを揶揄からかうとは思わなかったなぁ。お兄ちゃん呼びもしてるし、普段はあんな感じなんだ?」


 真奈の言葉から察するに、学校での亜梨栖は人を揶揄ったりしないようだ。

 かなり有名との事だが、昔と同じようにある程度は周囲と壁を作っているのだろう。

 悟が居るせいでつい普段のように振る舞ってしまった亜梨栖が、失敗したという風に顔を顰めた。


「う……。わ、悪い?」

「全然。むしろ、もっと見せて欲しいなー」

「…………嫌」

「そんな事言わないでよー! ねー、アリスー!」

「ち、ちょっと!」


 真奈が亜梨栖へと思いきり抱き着き、亜梨栖が戸惑いつつも真奈を受け止める。

 亜梨栖の性格なら、本当に嫌だった場合、容赦なく拒絶するはずだ。

 つまり、亜梨栖は悪態をつきつつも真奈を受け入れている事になる。

 この様子だと、普段から似たような事をしているかもしれない。


(あのアリスが、こんな風に……)


 たった一人すら同年代の友人が居なかった亜梨栖が、友人を作っていかにも女子高生のやりとりをしている。

 他人から見れば普通の事だが、悟にとっては素晴らしい光景だ。

 あまりの感動に胸に熱いものが込み上げ、目頭が熱くなった。


「良かったなぁ、アリス。柊を大事にするんだぞ」

「何を感動してるんですか!? 助けてくださいよ!」

「無理。こんな尊い光景を壊す事なんて出来るかっての」

「はぁ!?」

「おー! 松原さんの許可も出たし、遠慮なく!」


 気にするものがなくなったようで、真奈が亜梨栖の体を触りだす。

 流石に予想外だったのか亜梨栖の目が驚愕に見開かれ、細い喉がひくりと動いた。


「い、いやぁぁぁぁ!」

「学校だとあんまり過激な事は出来なかったけど、今なら出来る! おぉ、アリスの肌すべすべー♪」

「良きかな良きかな」


 少々過剰な接触になっているので、そろそろ止めさせるべきなのだろう。

 しかし、亜梨栖に接触してくれる人すら今まで居なかったのだ。

 どうにも止めさせる気が起きず、暫く真奈の好きなようにさせる。

 その後、真奈が亜梨栖を解放したのは、たっぷり十分が経ってからだった。


「はー! まんぞく!」

「うぅ……。酷い目に遭ったよぅ……」


 頬を艶めかせる真奈とは反対に、肩を抱いて震える亜梨栖。

 流石に罪悪感が湧いて来て、リビングの床にへたり込んでいる亜梨栖へと手を差し伸べた。


「だ、大丈夫か?」

「…………そう思うなら、助けてくれませんかね」

「いや、その、すまん」


 眉を寄せて視線と言葉で抗議され、素直に頭を下げる。


「でも、アリスが友達とはしゃいでるのが嬉しくてさ。本当に、良かったな」

「……まあ、ああいう人ですが、私の一番の友人ですからね。兄さんに言われなくても大事にしますよ」


 止めてくれなかった悟につんとした対応をしつつも、しっかりと亜梨栖は言葉にしてくれた。

 悪態をつける程に仲の良い友人が出来た事に改めて頬を緩めていれば、ニヤリと悪い笑みをしている少女に背後から亜梨栖が抱き締められる。


「アリスがそんな事を言ってくれるなんて嬉しいなぁ……。松原さんの前だと素直になるんだねぇ」

「ちょっと、ホントに止めてってば! はーなーしーてー!」


 堪忍袋の緒が切れたらしく、亜梨栖が全力で真奈を引き剥がしに掛かった。

 しかし、テンションが上がった真奈は必死で亜梨栖にしがみ付いている。

 二人が落ち着くまで、悟は夢にまで見た光景を目に焼き付けるのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど、お姉ちゃんでしたかー。そして名前は出さずともある程度お姉ちゃんサイドの話はしてて、アリスも知ってる系…全員でのハッピーエンドは難しいですなぁ
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