第73話 服選び
亜梨栖の知り合いにバレるという事件を乗り越え、彼女と共に来たのは女性用の洋服店だ。
ほぼ男性入店禁止と言える店に、悟が足を踏み入れている。
その事実に肩身を狭くしていると、隣の亜梨栖がくすりと笑みを零した。
「兄さんは私の付き添いなんですから、堂々としてればいいんですよ」
「理屈は分かるけど、気まずいのは変わらないって」
悪い事などしていないが、なぜだか罪悪感が沸き上がり、周囲の視線がどうしても気になってしまう。
周囲の女性客から生暖かい視線を向けられているのがまだ救いだ。むしろ、応援するような視線な気がする。
排斥されない事に胸を撫で下ろすものの、居心地の悪さは変わらない。
「慣れですよ、慣れ。それに、周囲を気にするよりか私の服を選んで欲しいです」
「分かっ――いや、待て。何で俺が選ぶ事になってるんだよ」
あまりにも自然な流れでお願いされたせいで、つい頷いてしまいそうになった。
慌てて尋ねれば、亜梨栖が茶目っ気たっぷりに笑む。
「兄さんに選んで欲しいなって。駄目ですか?」
「……俺のセンスに期待するなよ?」
不安と期待を深紅の瞳に秘め、上目遣いで尋ねる姿は反則的に可愛らしい。
暴れ出す心臓を抑え込み、溜息をつきつつ遠回しに許可した。
女性の服など選んだ事はないと悟の発言から分かるのに、亜梨栖は花が咲くような笑顔を見せる。
「はい。兄さんの選んだ服なら、どんなものでも大丈夫です」
「滅茶苦茶期待してるじゃねえか。まあいいや、どれにするかな……」
瞳を輝かせる亜梨栖に肩を落とし、服を見繕っていく。
正直なところ、亜梨栖はスタイルが良いのでどんな服でも似合うだろう。
それと同時に、彼女の体質を気にしなければならない。
納得のいく服を探す為、悩みながら店内を物色する。
「分かっちゃいるけど、もう夏服が多いな」
「ぶっちゃけ既に半袖でも過ごせますし、服は季節を先取りしますからね」
「そうなんだよなぁ」
店をぐるりと一周したが、大半は夏物の半袖だ。
もちろん長袖もあるものの、生地が薄過ぎて亜梨栖の肌が焼けてしまわないか心配になる。
彼女とてしっかり対策しているし、今着ているものも割と薄着なので大丈夫なのだろう。
それでも、これといったものが決まらない。
「うーん……」
「兄さんを悩ませるつもりはなかったんですが、この調子だと難しそうですね」
「…………すまん」
女性からお願いされたにも関わらず、服一つ選ぶ事の出来ない情けなさに肩を落とした。
普通ならば怒るか呆れる所なのだが、亜梨栖は柔らかく笑んで首を振る。
「いえいえ。決められない程真剣に考えてくれてるって事ですし、むしろ嬉しいですよ」
「否定はしないけど、折角アリスがお願いしてくれたんだ。俺が選びたいんだよ」
許されたのは嬉しいが、一度決めた事を曲げたくない。
折れるつもりはないと真っ直ぐに告げれば、日に焼けていない頬に朱が差した。
「……ありがとうございます。でも全部の中からというのも難しいでしょうし、半袖を選んでくれませんか?」
「半袖? 外で着れないから駄目じゃないか?」
「そうですけど、着れないのは日中だけじゃないですか。だから大丈夫ですよ」
「分かった。ならきちんと選んでみせるよ」
「お願いしますね」
亜梨栖が条件を付けてくれたのだから、これ以上手を借りるのは駄目だ。
あれこれと悩みつつ、もう一度店内を巡る。
暫くして、ようやく納得のいく物を選ぶことが出来た。
「では試着しますから、そこで待っていてください」
「ああ」
亜梨栖が試着室のカーテンを引き、その向かいの壁に凭れ掛かる。
すると、一人の女子高生らしき人が近寄ってきた。
肩まで伸ばした明るい茶色の髪に、くりくりと大きな瞳。
活発な小動物を思わせる少女は初めて見たはずだが、なぜか既視感を覚えた。
「やっほー。こんにちは、お兄さん」
「……えっと。誰かな?」
店員でもない人に試着室の前で話し掛けられるなど、どう考えても普通ではない。
警戒しつつも柔らかな笑顔を心がければ、少女がころころと楽し気に笑う。
「そんなに警戒しないでくださいよ。怪しい人じゃありませんから」
「怪しい人は皆そう言うけどね」
「なるほど、これは一本取られました」
しまった、という風に片目を閉じる姿はあざとらしさすら感じる。
それでも嫌な気持ちにならないのは、彼女の明るい雰囲気がゆえだろう。
「まあ、すぐに居なくなるから気にしないでください。単に、珍しい事があったから見ておきたかっただけですから」
「珍しい事? 俺がこの店に居る事かい?」
「いえ、違いますよ。にしても、へぇ……」
彼女が悟の左右へと忙しなく移動し、じろじろと遠慮なく観察してきた。
流石にそんな事をされれば、不快に思ってしまう。
「そういう事は他の人にしないようにね」
「ごめんなさい、つい」
意外にもあっさりと謝る姿に毒気が抜かれる。
彼女は満足したようで、くるりと悟に背を向けた。
「満足しました。それでは」
「いや、待ってくれ。君は誰だい?」
名前も知らない少女だが、明らかに彼女は悟を知っている風だ。
立ち去ろうとする後ろ姿に声を掛ければ、くすりと楽し気に笑われた。
「ないしょです。でも、すぐに会えますよ」
「いや、だから――」
「アリスによろしくお願いしますね」
悟の言葉も聞かず、少女が去っていった。
嵐のような少女に呆然としていると、試着室のカーテンが勢いよく開かれる。
「あの、さっきまで柊さんと話してませんでしたか?」
「柊さん?」
「私と同じくらいの背の、茶髪の女の子です」
「あの子、やっぱりアリスの知り合いだったのか。俺の顔を見てすぐに居なくなったぞ」
少女――柊と言うらしい――の最後の言葉から察していたが、やはり亜梨栖と知り合いだったらしい。
事情を説明すれば、亜梨栖が大きく溜息をつく。
「まさか真奈にも会うなんて……。というか兄さんを揶揄ったなら、一言くらい私に声を掛ければ良かったのに」
「えっと、悪い子じゃないんだよな?」
亜梨栖も話をしたかったのだろう。落胆したように彼女が肩を落とす。
一番の心配事を尋ねれば、彼女が大きく頷いた。
「もちろん。ちょっと他人を揶揄うのが好きな困った人ですが、その点は大丈夫ですね」
「ならいいか」
「はい。気にしない方が良いですよ。それで、ですね。どうでしょうか?」
お互いに柊の事を脇に置き、くるりと回った亜梨栖の服を改めて眺める。
上は半袖で紺色のワンピースで、下はふくらはぎが露出した黒と白のチェック柄のスカートだ。
亜梨栖にしては肌の露出が多いものの、活発な印象が出て似合っている。
「うん、ばっちりだ。凄く可愛いぞ」
「ありがとうございます。じゃあ、これにしますね」
嬉しさを滲ませた微笑を浮かべ、亜梨栖が再び試着室に入った。
着替えを終えた亜梨栖と共にレジへと向かう。
彼女が財布を出そうとするが、それを手で制した。
「今回は俺が払うよ」
「え? 私の服ですよ?」
「だからこそだよ。アクセサリーはペアだったから折半だったけど、今回は俺が選んだんだ。払わせてくれないか?」
「う……。でも……」
本来であれば、アクセサリーは亜梨栖へのプレゼントだった。
しかしペアになってしまったので、これを亜梨栖へのプレゼントにしたい。
それに女性の服を選んだのなら、最後まで責任を持つのが男というものだろう。
整い過ぎている顔に歓喜が宿るものの、素直に奢られるのは納得が出来ないようで、眉が下がっている。
どうしたものかと悩んでいると、レジの店員が微笑ましそうに笑んだ。
「ここは彼氏に出してもらってはどうでしょうか。甲斐性、というものですよ」
「まあ、そういう事だ。いいか?」
ここで彼氏ではないと言えば、更に事態をややこしくしてしまう。
嘘をつく申し訳なさと当然のようにカップル扱いされた気恥ずかしさに、頬を掻きつつ尋ねた。
最初から周囲にカップルだと勘違いされていたものの、面と向かって言われるのは流石に恥ずかしいようだ。
白磁の頬を真っ赤に染め、亜梨栖が小さく頷く。
「……はい」
「じゃあ、これで」
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしておりますね」
生温い視線を受けつつ、店を後にした。
先程からずっと顔を俯けたままの亜梨栖を見れば、にへらと頬が緩んでいる。
「俺の方はこれで終わりだな、アリスは行きたい所があるか?」
「いいえ。もう満足しましたし、帰りましょう」
「了解だ」
アクセサリーと服を買っただけだが、亜梨栖は満足してくれたらしい。
デートも悪くないなと思いつつ、駐車場へ向かうのだった。




