第72話 プレゼント
「よし、到着だ」
昼飯を終えて悟達が向かったのはアクセサリーショップだ。
行き先を告げずに亜梨栖を連れて来たからか、彼女が目をぱちくりとさせている。
「兄さんがアクセサリーなんて珍しいですね。今も着けてないでしょう?」
「正直、あんまり興味はないからな」
「じゃあどうしてここに来たんですか?」
「そりゃあ、アリスへのプレゼントを選ぶ為だ」
「へ? 何でですか?」
自分の為だとは思っていなかったようで、亜梨栖がきょとんと首を傾げた。
そんな姿も可愛らしく、悟の頬が勝手に緩む。
「普段のお礼だよ。何か形のある物をプレゼントしたいなって」
「兄さんはいつもお礼を言ってくれてますし、お金もかかるでしょう?」
「舐めんなよ? アクセサリーの一つも買えないくらい貧乏な社会人じゃないっての」
元々あまり散財しない事もあって、お金は余っているのだ。
少なくとも、アクセサリーを買うのに出し渋る程ではない。
余計な心配をするなと眉を顰めれば、亜梨栖の顔が悩まし気に曇った。
「それなら、私も兄さんにプレゼントしたいんですが」
「俺は何もしてないだろうが」
「いいえ、私を甘やかしてくれてます。ですから、兄さんがプレゼントしてくれるなら私もします」
澄んだ紅玉の瞳からは、絶対に譲らないという意思が伝わってくる。
高校生にプレゼントされる社会人、というのはいかがなものかと思ったが、年齢で片付けては駄目だ。
これは歳と関係なく、気持ちの問題なのだから。
「分かったよ。それじゃあ、一緒に選ぼうか」
「はい。ありがとうございます、兄さん」
亜梨栖は奏から小遣いをもらっているし、悟と同じく散財しないのでお金はあるはずだ。
しかし、高校生がアクセサリーを買うのは大変だろう。
少なくとも、亜梨栖が買えるような金額にしなければならない。
「お礼を言うのはこっちだっての。ありがとう、アリス」
「もう、これじゃあ終わりがありませんよ。ほら、行きましょう」
迷いなく買うと言ってくれた亜梨栖に感謝を伝えると、彼女が嬉しそうに唇をたわませた。
一緒に選ぶとなってテンションが上がったのか、亜梨栖が先に店に入っていく。
楽し気に揺れる銀糸に追いつき、良い物がないかとゆっくり店内を物色し始める。
すると、一つのエリアで亜梨栖が立ち止まった。
「ここらへんの物とか、どうでしょうか?」
「うん? 値段は手ごろだし、いいかもな。……ペアだけど」
「何か問題が? 学校に着けては行きませんし、こういう時に着けるとしても、詮索はされないでしょう」
「確かに。ならいいか」
お揃いの物を着けるだけなら、ギリギリ許容範囲だろう。
アリスの知り合いに会ったとしても、似たようなアクセサリーを着けているだけで恋人と判断はされないはずだ。
それに、買った時期など他の人には分からないので、偶々買ったものが似たデザインだったと言えばいい。
アクセサリーを選ぶだけで神経質になる必要はないと思いなおし、亜梨栖と選んでいく。
その中で、一つのアクセサリーが目に留まった。
「これとかどうだ? 面白い形してるし、ペアにしては形が違うからバレにくいだろ」
「こういうのもあるんですね。これにしましょうか」
ペアネックレス、というには少々特殊なものだが、だからこそ気に入った。
亜梨栖もお気に召したらしく、レジへと持っていく。
店員に微笑ましい目線を送られたものの、何か言われる事なく買い物を終えた。
「この後は何かありますか?」
「そうだなぁ……。特に無いからぶらついて帰ろうと思ってたけど、アリスはあるか?」
「ふむ。それなら――」
「あれ? 三城さん?」
亜梨栖との会話に、聞いた事のない女性の声が割って入ってきた。
大型ショッピングモールなので、可能性は十分にある。
だからこそ亜梨栖と触れ合う事は無かったのだが、本当に彼女の知り合いに会うとは思わなかった。
気を引き締めて声の方を向けば、数人の女子高生らしき少女が居る。
「ホントだ! 三城さーん!」
「ゴールデンウイークに会えるとは思わなかったよー!」
あっという間に亜梨栖が女子に囲まれてしまった。
当の亜梨栖はというと、一瞬だけ悟に視線を向けて目だけで謝り、彼女達へ対応する。
「こんにちは。お出掛けですか?」
「そうだよ! でも、三城さんもだよね?」
「はい。折角のお休みですし、偶には外に出ようかと」
「いいね! それで、そのカッコいい人は?」
やはりというか、亜梨栖と一緒に歩いていた悟が気になるようで、大量の興味の視線が向けられた。
どうしたものかと悩んでいるうちに、亜梨栖が眉を下げつつ口を開く。
「幼馴染なんです。無理言って着いて来てもらいました」
「へー! 三城さんに幼馴染が居るなんて知らなかった!」
「私も私も! あの、星爛じゃないですよね?」
「学校で見た事ないですし、どこの高校なんですか? というか、高校生なんですか? もしかして大学生?」
悟の事を調べようと、彼女達が口々に質問してきた。
ただ、彼女達の口ぶりからすると、どれほど年上でも大学生として見られているらしい。
若く見られた嬉しさはあるものの、悟の一言でこれから問題が起きるかどうか決定してしまう。
動揺と緊張を必死に抑え込み、柔らかな笑顔を向けた。
「大学生だよ。アリスの体質が心配だから、付き添いをしてるんだ」
嘘をつくのは申し訳ないが、社会人と正直に答えるのは危険が多すぎる。
あくまで他意はないと告げれば、なぜか彼女達の顔が華やいだ。
「わぁ! 大人だー!」
「いいなぁ。こんなカッコいい幼馴染が居るなんて」
「ねえねえ。というか、この人が居るから三城さんは学校で――」
「それ以上は駄目ですよ?」
柔らかな、けれど有無を言わせないような圧のある声が、彼女達の盛り上がりを抑える。
声を方を向くと、どこか作りものめいた笑顔をしている亜梨栖がいた。
「松原さんに迷惑が掛かりますから、余計な詮索はしないでくださいね?」
こてん、と小首を傾げる姿は本来可愛らしいもののはずだ。
しかし悟の目には、亜梨栖の姿が鬼のように見えている。
どうやら再会した初日に悟へ怒りをぶつけたのは、まだ軽いものだったようだ。
圧を向けられていない悟ですら少し怖いとすら思うので、彼女達はもっと恐怖しているかもしれない。
悟の予想通り、彼女達の体が一斉に震えた。
「う、うん、分かったよ!」
「ごめんね、三城さん!」
「ならいいんです。でも、これ以上余計な詮索をした場合、それを学校で広めた場合、どうなるか分かってますね?」
亜梨栖は目を細めつつも、瞳の奥が全く笑っていない。
おそらく、本気の警告なのだろう。
妙に明るく、けれど背筋を凍らせる声に、彼女達が何度も頷く。
「分かってる。大丈夫だから!」
「絶対に言い触らさないからね!」
「ならいいんです。では行きましょうか」
「お、おう」
あっさりと会話を終えた亜梨栖が悟の傍に来た。
彼女達とは別方向へと歩き出し、着いて来ていない事を確認する。
「なあ、あんなに怯えるのって変じゃないか? 何したんだよ」
亜梨栖の笑顔は確かに怖かった。しかし、彼女達があまりに素直過ぎる。
疑問に思って尋ねると、亜梨栖が凄みのある美しい笑みを浮かべた。
「あの人達にではないですが、昔ちょっと制裁をした人がいるんです。その時の事を思い出したんでしょうね」
亜梨栖が昔何かしらのトラブルに巻き込まれ、その際に誰かに報復をした事は何となく把握していた。
彼女達の怯えっぷりからすると、それは凄まじいものだったようだ。
聞きたいと一瞬だけ思ったが、亜梨栖とて嫌な事を思い出したくないだろう。
「……詳しくは聞かないでおくよ」
「賢明な判断ですね」
仕方がなかったとはいえ、他人を脅す事が出来るほどに強くなった亜梨栖に苦笑を零すのだった。




