第71話 幼馴染?
「何というか、視線が凄いな」
ショッピングモールを歩いていると、あちこちから視線が飛んできた。
幸い怪訝なものや不快そうにはものはほぼ無いが、あまりの多さに辟易する。
普段から注目を集めるだろう亜梨栖も、周囲を見て頬を引き攣らせた。
「確かに。スーパーに買い物に行った時よりも多いですね」
「昔からアリスと一緒に居たし、多少なら大丈夫なんだけど、これは多すぎだろ」
「でも、その理由は分かってますか?」
「は? アリスが綺麗だからだろ?」
家でラフな格好をしている時ですら、亜梨栖は見惚れる程の美少女なのだ。
それが気合を入れた格好をしているのだから、視線を集めるのも理解出来る。
当たり前の事を口にすれば、白磁の頬にさっと朱が入った。
「……こういう時はさらっと褒めてくれるんですね」
「別に何も感じてない訳じゃないぞ。一回褒めてるから言えるのと、アリスが綺麗なのは事実だからな」
「あ、ありがとうございます。でも、視線を集めてるのは私だけじゃなくて兄さんもですからね?」
「え? 俺もか?」
悟は特段変わった事などしていない。昔の服を引っ張り出しただけだ。
そして大学時代に友人達と出掛けた際は、そこまで視線を集めていなかった。
意外に思って目を見開くと、呆れたと言わんばかりの溜息が返ってくる。
「はぁ……。ホント、自覚がない人は怖いです」
「そう言われても、よく分からないんだが」
「では、周囲の会話を聞いてみてください」
「お、おう」
周囲の事などどうでも良かったし、視線が鬱陶しかったので景色としか思っていなかった。
改めて耳を澄ませば、あちこちから声が聞こえてくる。
「すっげぇ美男美女のカップルだな」
「かー。羨ましい限りだぜ」
「あの女の子、幸せそうだねぇ」
「うんうん。でも手を繋いでないし、付き合いたてなのかな?」
羨むような、微笑ましいものを見るような声に、頬が熱を持つ。
それでも悪意を向けられていないのは、どうやらお似合いだと思われているからのようだ。
嬉しくはあるものの、付き合っていると判断されては悟の考えが無駄になる。
「……何でカップル認定されてるんだよ」
「さあ? 私達は幼馴染の距離感なのに、おかしいですねぇ」
「もしかして、それが駄目なのか?」
小首を傾げ、軽やかに笑う亜梨栖はあまりにも可愛らしい。
悟の心臓が虐められ、周囲が色めき立つ。
もしかすると、勘違いされたのは肩が触れ合う距離で笑顔を向けられているからではないだろうか。
あるいは、先程から亜梨栖がご機嫌に隣を歩いているからなのかもしれない。
離れるべきかと思考すれば、彼女が悪戯っぽく目を細めた。
「私達は幼馴染ですから、離れたりなんてしませんからね」
「下手をすると、アリスの高校の人に勘違いされるんだぞ? 大丈夫か?」
「勘違いは勘違いです。いくらでも誤魔化せますよ。だって、私は何も言ってませんし、兄さんと触れ合ってもいません」
「……でも、後で大変な事になったらごめんな」
散々周囲の勘違いは厄介なものだと説明したはずだが、亜梨栖はどこ吹く風だ。
それに、彼女の言い分も一理ある。悟達は距離が近いものの、決して触れ合ってはいないのだから。
ただ、同じ高校の生徒にバレたら、大変な事になるのは確実だ。
奏の許可があるので問題にはならないだろうが、亜梨栖は苦労するに違いない。
小さく謝罪すれば、柔らかい笑顔で首を振られた。
「それは兄さんのせいじゃありませんよ。私達はただ出掛けているだけ。だから、謝らないでください」
一緒に出掛けるのは決して悪い事ではない。傍に居るだけで非難されるのは間違っている。
芯のある言葉が、悟の罪悪感を解していく。
一度だけ目を閉じて息を吸い込み、気持ちを切り替えて笑顔を向けた。
「分かったよ。折角外に出たんだ。楽しまないとな」
「その意気です。行きましょう」
相変わらず周囲からの視線は向けられているが、これまでと同じく意識から外す。
とろりと蜜のような甘さを帯びた笑みを浮かべる亜梨栖と、最初の目的地へと向かうのだった。
デートと言えば、まず昼飯だろう。
なので腹ごしらえに向かったのだが、目の前にどんぶりが現れた。
「豚骨味噌ラーメン二つです」
「「ありがとうございます」」
店員にお礼を言い、手を合わせて麺を啜る。
相変わらずというか、この時の亜梨栖は普段よりも感情豊かだ。
「んー! いつもの場所も良いですが、こっちも捨てがたいですねぇ」
「結構前だけど、ショッピングモールの中も厳選したからな。喜んでくれて良かったよ」
大学時代の功績が役に立ち、胸を撫で下ろす。
ただ、普段と変わらない昼食をリクエストした亜梨栖に苦笑を向けた。
「もっとおしゃれな場所に行っても良かったんだぞ?」
「別に良いですよ。兄さんと一緒にラーメンを食べる。これこそが至福の一時です」
「ズレた考えしてんなぁ……」
ラーメン好きなのはよく分かっていたし、正直なところ肩肘張らなくて済むので非常に助かる。
それでも女子高生からかけ離れた思考に肩を竦めた。
ただ、亜梨栖は後悔など無いようで、柔らかく目を細める。
「何が大事か、というだけです。好きな人と好きな物を食べるのが嬉しいのは当たり前でしょう?」
「それは嬉しいけど、食べ物がラーメンってのはどうなんだよ」
「むしろ誇らしいですね。言っておきますが、スイーツだとか何だとかで摂取するカロリーって馬鹿にならないんですよ? 下手をするとラーメンを超えます」
「……女子高生って、大変だな」
いかにもな女子高生の生活を謳歌するのは、かなりの努力が必要らしい。
亜梨栖も普段の食事の量は気を付けているので、彼女にとってはスイーツとデザートが同義なのかもしれない。
頬を引き攣らせて溜息を共に呟けば、亜梨栖も同じように息を吐き出した。
「そうですよ、因みに、一時期流行ったあの飲み物、何でしたっけ……」
「ミルクティーのやつか?」
「そうです。あれは一杯のカロリーがこれと同じですね」
「……マジ?」
ラーメンが好きな悟達とて一週間、もしくは二週間に一回食べるか食べないかなのだ。
大流行した際に、女子はラーメンと同等のカロリーの物を何度も飲んでいるだろう。
華やかな流行の裏に隠された事情に絶句してしまった。
そんな悟を見て亜梨栖がくすりと小さく笑みを零す。
「マジですよ。そういう訳で、どちらを取るかと言えばこちらを取りたいですね」
「納得したよ。でも、気が向いたら軽いデザートくらい食べてもいいかもな」
普段と変わらない食事も悪くないが、デートっぽいものもしてみたい。
もちろん幼馴染という建前のある悟達では、出来ない事もあるだろう。
それでも、一緒に食べる幸せというものはあるはずだ。
亜梨栖も興味はあるようで、深紅の瞳を僅かに輝かせる。
「そうですね。またデートする時には食べましょう」
「おう」
次の予定を自然と決めつつ、ラーメンに舌鼓を打つ悟達だった。




