第7話 今更な感想
ラーメン店を後にし、次の目的地であるスーパーに着いた。
もちろん晩飯の為であり、亜梨栖が悟の持っている籠へと、次々に食材を入れていく。
「次は調味料ですね」
「醤油と砂糖は流石にあるはずだし、残りは料理酒にみりんだな。絶対に家に無い自信があるぞ」
「……どうして肉じゃがを作るって分かったんですか?」
「最初に入れた食材から予想したんだよ」
驚いたように瞳を大きく見せる亜梨栖に、肩をすくめながら答えた。
彼女が最初に籠へ入れたのは、人参にじゃがいも、玉ねぎに牛肉だ。
しかも迷いがなかったので、すぐに食べる可能性が非常に高い。
今は他の食材も入っているが、最初に入れた食材と合わせるならば、選択肢は限られる。
「……こういう時だけ知識を出さないでくださいよ」
自炊しなくなった悟に料理を把握されたのが悔しいのか、亜梨栖に非難するような視線を向けられた。
外食の時もあれど、小学生の半ばくらいから高校卒業まで、彼女と一緒に毎日ご飯を食べていたのだ。
その約十年間で得た知識を舐めないで欲しい。
とはいえ、今が酷過ぎるので胸を張れはしないのだが。
「ごめんごめん。調味料はこっちだ」
「何で知ってるのか気になりましたが、どうせ総菜を買うついでに覚えたんでしょう?」
「……正解だよ」
完全に悟の行動を当てられて、籠を持っていない手で降参の意を示す。
素直に認めたからか文句は飛んで来ず、代わりに一瞬だけ刺すような視線を向けられた。
無言で調味料が籠へと放り込まれ、必要なものがそろう。
「それで、後は?」
「買いたいものは殆ど買ったので、後はお米ですね。ちなみに、家には?」
「多分、無い」
「はぁ……」
家に米すら無いのかと、亜梨栖がこれ見よがしに溜息をつく。
「それでよく体を壊しませんでしたよね」
「これでも、会社の健康診断では問題無しだったんだぞ? 体重も平均より低いし」
「そう言えば、兄さんは太らない体質でしたね……」
「太らない、というよりは太れないんだけどな」
昔から悟はどんなに食べても太る事はなく、身長に対して体重が軽くなってしまう。
もちろん、毎日限界まで食べれば多少は太るのだろうが、そんな苦しい食事を望む人などいないだろう。
悟にとっては当たり前の体質に、亜梨栖がほんのりと唇を尖らせる。
「女性の敵ですね。有罪です」
「そう言われてもなぁ。というか、アリスは悩むような体型じゃないだろ。体が細いだけじゃなくて、スタイルも良いし。……というか、綺麗になったな」
「はぇっ!?」
隣から突然聞こえてきた素っ頓狂な声に、思考が冷えた。
機嫌を取らねばとつい口にしてしまったが、女性の体型や容姿に触れるのはマナー違反だ。
足を止めた亜梨栖の様子を窺えば、乳白色の肌を薔薇色に染めている。
それだけでなく、深紅の瞳をあちこちにさ迷わせ、居心地悪そうに体を揺らし始めた。
「あ、あの、その……」
デリカシーのない発言をしたのだから、悟は怒られて当然だ。
しかし亜梨栖の顔には怒りの感情など浮かんで来ず、慌てつつも頬を緩めている。
そんな仕草の理由を考えようとする思考を、強制的に停止させた。亜梨栖の感情を悟が知る必要はない。
「すまん、忘れてくれ」
「……あの、私、綺麗に、なりましたか?」
話を流して欲しいのに、亜梨栖に再び戻されてしまった。
紅玉のような瞳は潤み、おずおずと悟を見上げる姿が愛らしい。
どくりと心臓が跳ね、気まずさに視線を逸らす。
「忘れてくれって言ってるだろ?」
「久しぶりに会ったんです。成長を褒めるのは普通の事だと思いませんか?」
「……じゃあ、俺はどうなんだよ」
五年分の成長を褒めろという気持ちは理解出来る。奏とて悟を褒めてくれたのだから。
ただ、悟と亜梨栖はお互いに胸に抱えていたものがあり、再会した時に褒め言葉など口に出来なかった。
今はある程度蟠りが無くなっているとはいえ、素直に言えはしない。
逃げるように提案すると、未だに頬を熱くしたままの亜梨栖がくすりと小さく笑んだ。
「高校生の頃よりも大人びてて、凄くかっこいいです。だらしない生活には怒りましたけどね」
「う……」
てっきり駄目出しばかりが飛んで来ると思ったのだが、予想を外して真っ直ぐな剛速球が飛んできた。
お世辞だと分かっていても心臓が早鐘のように鼓動し、悟の頬にも熱が宿り始める。
「さあ、私は言いました。次は兄さんの番です」
「……凄く美人に、綺麗になった。正直、最初会った時に見惚れたよ」
あまりにも体と思考が熱く、余計な事を言った気がする。
けれど言葉にしたのだから、これ以上恥ずかしい思いはしないはずだ。
変な空気になってしまったが、ようやく終わったと安堵に肩を落とす。
亜梨栖はというと、思いきり顔を俯けていた。
銀糸から偶に見える小さな耳が、真っ赤に染まっているのが見える。
「……そうですか」
「……そうなんだよ」
亜梨栖の行動に名前を付けたくなくとも、羞恥という文字が頭に浮かんできた。そして、歓喜という文字も。
会話が途切れ、何を話せばいいか分からなくなってしまう。
気を紛らわせる為に周囲を見れば、生暖かい視線が向けられていた。
「し、しまった……」
スーパーの中で何をしているのかと、自己嫌悪が沸き上がる。
これ以上この場に居られず、慌てて亜梨栖の手を掴んだ。
久しぶりに握った彼女の手は驚く程に滑らかで、悟の心臓が再び鼓動を早める。
「ほ、ほら、行くぞ」
「は、はいぃ……」
亜梨栖は手を振り解こうとはせず、消え入りそうな返事をして悟に引かれるままだ。
早足で米売り場に辿り着き、ゆっくりと手を離す。
隣から「……ぁ」という残念そうな呟きが聞こえた気がしたが、先程は緊急事態だったのだ。もう繋いではいられない。
胸に走る痛みを堪えつつ、一番軽い米を指差す。
「これでいいか?」
「……はい」
籠を持っていない腕で米を持った事で、両手が塞がった。
心配になったのか、亜梨栖がおずおずと手を伸ばしてくる。
まだ内心では動揺しているらしく、僅かに頬が赤らんでいた。
「両方なんて無茶ですよ。片方持ちます」
「いや、こういうのって男の役目だろ」
「その意見には一理ありますが、兄さんが大変なのに何もしないというのが嫌なんですよ。私がそういう性格なの、知ってるでしょう?」
スーパーに入る際、悟は男が荷物持ちをするべきだと主張し、亜梨栖には籠すら持たせなかった。
しかしここまで大量の荷物になると、流石に申し訳なくなるらしい。
昔も今と同じで荷物の殆どを悟が持っていたものの、時折亜梨栖が必死に食材を持とうとした事を思い出し、懐かしさに頬が緩む。
「分かったよ。じゃあ籠を頼む」
ここで遠慮すれば亜梨栖が怒るのは目に見えているので、彼女に甘えて籠を渡した。
「任せてください」
籠には二人分の食材が入っているが、この程度の量ならば何も問題ないのだろう。
しっかりとした足取りで、亜梨栖が悟の隣に並ぶ。
役目を失った悟達の手が、二人の間で揺れていた。




