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第66話 有給の効果的な使用方法

 久しぶりの電子音が悟の覚醒を促す。

 眠い目を擦りつつまぶたを開けて時刻を確認すれば、普段起きる時間よりも一時間前だ。

 予定通り起きれた事でホッと胸を撫で下ろし、背伸びをした。


「んー! アラームで起きるのも変な感じだなぁ」


 四月も半ばを過ぎており、もう亜梨栖ありすに起こされるのが当たり前になってしまっている。

 それでも、今日は早く起きる理由があるので後悔はない。

 平日ではあるものの憂鬱ゆううつな気分ではなく、顔を洗って歯磨きを終えた。

 すぐにキッチンへと向かい、冷蔵庫を開ける。


「こういう日くらいは俺が準備しないとな」


 最近では亜梨栖との触れ合いが増えているが、それ以外は彼女の世話になりっぱなしだ。

 なので今の悟を好きになってもらう、という努力があまり出来ていない。

 点数稼ぎと言われても仕方ないが、こういう日くらいは努力すべきだろう。

 気合を入れて料理しようとすると、ちょうど亜梨栖の部屋への扉が開いた。

 彼女がのそりと緩慢な動きで、ぼさぼさの銀髪を靡かせつつリビングへ入ってくる。


「おはよう、アリス」

「……?」


 微笑みながら挨拶すれば、こてんと首を傾げられた。

 澄んだ紅の瞳には光がなく、表情も全く動いていない。

 おそらく頭が回っておらず、状況を理解していないのだろう。

 普段よりも人形っぽさの強い亜梨栖に笑みを零し、料理を置いて彼女の元へ向かった。


「取り敢えず、顔を洗って歯を磨いて来い。髪はそのままでいいからな」

「…………はぁい」


 華奢な肩に触れるのを少しだけ躊躇ためらったが、今更だと割り切りをつけて洗面所へ誘導する。

 意外にも我儘は言われず、亜梨栖が舌っ足らずな返事をして従った。

 料理の準備だけをして待っていると、彼女が洗面所から出てくる。


「おはよう、ございます」

「おう、おはよう」


 ある程度の準備をした事で、きちんと覚醒出来たらしい。

 日に焼けていない頬にうっすらと朱が差しているのは、寝起きの姿を見られた恥ずかしさからだろう。

 何度か見た事があるので恥ずかしがらなくても良いと思うし、むしろ幼げで可愛らしい。

 しかし、そんな姿を見せたくないというのが乙女心のはずだ。

 野暮な指摘はせず、キッチンからリビングへ向かってクッションに腰を落とす。


「ほら、髪を整えるから来てくれ」

「……本当に昨日の宣言通りにするんですね」


 ぽんぽんと目の前のクッションを叩けば、悟への気遣いと呆れ、そして嬉しさを混ぜ込んだ視線を向けられた。

 その視線を受けて、恥じる事などないと堂々と胸を張る。


「もちろん。折角の休みなんだし、普段のお礼くらいさせてくれ」


 今日は平日にも関わらず、悟は会社を休んでいる。

 とはいえ特に用事などなく、去年はほぼ有給休暇を取らなかったせいで、休日が余っているからなのだが。

 まとめて取るのは流石に許されず、上司に「二ヶ月に一回で良いから休め」と言われれば、遠慮なく取るのが普通の人間だろう。

 仕事一筋とは言えないものの、出社だけはきちんとしていた事が嬉しい誤算だった。

 なので朝から亜梨栖のお世話をしようと昨日伝え、今に至る。 


「約半月前までだらけた生活を送った人の言葉とは思えませんね」


 亜梨栖がくすりと笑みを零し、からかいつつも悟の前に座った。

 寝癖がこれでもかとついている銀糸をくしけずりつつ、肩をすくめる。


「アリスが俺の生活を改善してくれたからだよ。ありがとな」


 一人の生活ならば間違いなく早起きなどせず、怠惰たいだを貪っていただろう。

 休日に関しては今もその通りなのだが、今日に関しては間違いなく亜梨栖のお陰だ。

 心からの感謝を送れば、細い背中がもぞりと揺れた。


「そう、ですか」

「そうなんだよ。はい、終わりだ」


 毎日亜梨栖の髪を触っているので、寝癖を直す程度は簡単に出来る。

 髪から手を放して立ち上がると、名残惜し気に深紅の瞳が悟を見上げた。

 しかし学校に行く準備をしなければならず、僅かに唇を尖らせつつ亜梨栖が立ち上がる。


「ありがとうございました。それじゃあ、準備してきますね」

「おう。その間に朝飯を作ってるよ」


 普段とは違うやりとりが、なぜだかくすぐったい。

 こんな日も悪くないなと思いつつ、料理に取り掛かる。

 ちょうど亜梨栖が準備を終えた所で、悟の方も料理が出来た。

 テーブルに運んで手を合わせる。


「「いただきます」」


 普段と同じ、何の変哲もない朝食。

 なのに亜梨栖は僅かに頬を緩ませて、ご機嫌に食べている。

 作り手冥利に尽きるなと悟も微笑を零すと、外からの音が耳に届いた。

 激しい雨音に昨日見た天気予報を思い出し、ぽつりと呟く。


「そっか、今日は雨だっけ」


 ほぼずっとカーテンを引いて日光を遮っているせいで、外の様子に全く気付かなかった。

 休日なのであまり関係はないが、通勤や通学をする人はさぞかし面倒だろう。

 しかし、亜梨栖は顔を綻ばせている。


「はい。日光も無いですし、今日は最高の日ですね」

「アリスは普段から傘を使ってるし、普段と変わらないもんな」

「ですね。むしろ過ごしやすいくらいです」


 亜梨栖の体質を考えれば、今日は快晴の日よりも過ごしやすい。

 ただ、それは服が濡れたり湿度の高い電車内の不快さより、体質を気にしないで良いという気楽さが勝っただけだ。

 そう考えると、悟が何の苦労もなくこれからのんびりするのが悪い気がしてくる。


「……送ろうか?」

「はい?」


 唐突な提案に、亜梨栖がきょとんとした顔で首を傾げた。

 いくら幼馴染とはいえ、あまりに話を飛ばし過ぎたと苦笑を零す。


「日光がないのはいいけど、登校するのは大変だろ? だから、学校の前まで車で送ろうかと思ったんだけど」

「大変なのは否定しませんが、そこまでしなくても大丈夫ですよ。そもそも、他の生徒に見られたらどうするんですか?」

「なら、学校から少し離れた所までにする。それに、バレても幼馴染に送ってもらったって言えば大丈夫だろ?」


 年が離れているとはいえ、幼馴染に学校まで送ってもらうのは禁止されていない。

 念の為に少し離れた場所にしようと思うが、親代わりという建前のある悟なら、例えバレたとしても大丈夫だろう。

 亜梨栖が悟を言いくるめる為に発した台詞をそのまま返せば、仕方ないなという風に端正な顔が綻んだ。


「ふふ。そう言われたら断れませんね。それじゃあ、お願いしていいですか?」

「任せてくれ」


 朝食を掻き込み、片付けを終わらせる。

 外出用の服に着替えて玄関に向かえば、亜梨栖が待ってくれていた。

 一緒に家を出て駐車場へ。

 先程よりも弱くなったものの、まだまだ雨音が激しい中、中古の軽自動車へと乗り込んだ。


「よし、それじゃあ行くか」

「はい。プチデートってやつですね」

「……ま、それもいいかもな」


 学校に亜梨栖を送るだけだが、悟が休みを取らなければ実現しない。

 そんな非日常を体験するのだから、デートと言ってもいいだろう。

 亜梨栖の華やいだ声に悟も胸を弾ませつつ、車を走らせるのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 有給とは、仕事の疲れを癒すためにとるもの。つまりアリスと一緒にいることが癒しであるという間接的なアピールという…という意図など特になく平日しかも学校に行くのも悟と一緒で嬉しそうなアリスかわゆ…
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